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抵抗の拠点から 朝日新聞「慰安婦報道」の核心
緊急出版!
慰安婦報道の「戦犯」と呼ばれた植村隆、市川速水、若宮啓文、本多勝一ら朝日関係者に徹底取材。報道の現場から問題の全真相をルポルタージュし、バッシングの背後にうごめく歴史修正主義をえぐり出す。
闘うジャーナリストが、右派の跳梁に抗する画期的な一冊!
■異様な「朝日バッシング」当事者たちの赤裸々な証言!
「反動の時代。ひとことでいえば、そういうことだろうね」――本多勝一(元・編集委員)
「僕はやっぱり虐げられた側というか、人権を侵害されている人たちの側から発信したいというのがあった」――植村隆(「従軍慰安婦」報道の火付け役と言われた元・記者)
「朝日が膝を屈したと僕は考えていない。魂を売ってしまったとかいうことでは決してない」――若宮啓文(元・主筆)
「最初は自分が左翼かと思って戦後補償問題をやりはじめたんだけど、やってみたら右翼だと思いました。日本がアジアのリーダーとして、立派な国であってほしいと思った」――市川速水(前・東京本社報道局長)
「だから朝日が変わるということは、戦前の歴史を考えると、とても大きな意味を持つ可能性がある」外岡秀俊(元・東京本社編集局長)
- 本の長さ253ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2014/12/17
- 寸法13 x 1.8 x 18.8 cm
- ISBN-104062193434
- ISBN-13978-4062193436
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商品の説明
著者について
一九六六年長野県生まれ。共同通信入社後、成田支局、大阪社会部など経て、東京社会部では公安担当。オウム真理教事件、阪神淡路大震災はじめ様々な事件・事故取材に携わる。二〇〇二年から四年間、ソウル特派員。〇六年退社し、フリーとなる。主な著作に『日本の公安警察』(講談社現代新書)、『絞首刑』(講談社)、『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』(小学館)、『国策捜査』(角川書店)、『誘蛾灯』(講談社)、『青木理の抵抗の視線』(トランスビュー)などがある。テレビ・ラジオなどのコメンテーターとしても活躍している。
登録情報
- 出版社 : 講談社
- 発売日 : 2014/12/17
- 言語 : 日本語
- 本の長さ : 253ページ
- ISBN-10 : 4062193434
- ISBN-13 : 978-4062193436
- 商品の重量 : 300 g
- 寸法 : 13 x 1.8 x 18.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 1,124,049位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- メディアと社会 - 603位
- ノンフィクション (本) - 135,134位
- 文学・評論 (本) - 244,068位
- カスタマーレビュー:
著者について

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カスタマーレビュー
日本からのトップレビュー
- 星5つ中4つ
現代ジャーナリズムへの警鐘
2017年12月5日に日本でレビュー済み慰安婦問題と福島第一原発所長のいわゆる吉田調書問題の朝日新聞報道とそれに関する訂正と謝罪をめぐる、同じメディアによる朝日新聞バッシングについての朝日新聞社関係者への取材ノートのようなもの。
タイトルや内容紹介にある「バッシングの背後にうごめく歴史修正主義をえぐり出す」というのはやや大袈裟。
しかし、確かに朝日新聞バッシングは異常だった。朝日新聞も悪かったが、ここぞとばかりに他のメディアがよってたかって叩きまくる構図は、日本のジャーナリズムってどうなってるの?と呆れるばかりであった。
確かに朝日新聞は日本一の正義漢を自任しているのか上から目線で意地の悪い鼻につく記事が多く、そういう朝日の一面は嫌いだ。
だが慰安婦問題の本質、日韓の歴史的関係を顧みることなく朝日をたたくメディアはジャーナリズムの役目を放棄しているということも間違いないこと。
本書は朝日新聞問題とは何だったのかということを全体像として捉えてまとめたという点でジャーナリズムに対する警鐘として大いに意味がある。
著者も朝日新聞の味方という立場でなく客観的に問題を捉えてジャーナリズムの危機に警鐘を鳴らしているという点で評価できる。
これらの「事件」の後、朝日新聞の論調がいかにも穏当なものに終始し続けているのはまた、朝日新聞の役目を忘れているともいえるのは残念。
内容的には最初の部分に繰り返しが多いこと、問題の核心に切り込んだとは言えないので星4つ。
9人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しください - 星5つ中5つ
物語は深い そして講談社は偉い
2015年1月1日に日本でレビュー済みものすごい朝日バッシングに違和感を抱いていた。
もやもやしていたことを青木氏がうまく言葉にしてくれた。
簡単に言うと、ナショナリズムとジャーナリズムを一緒にするな、ということです。
読んで目の前が少し明るくなりました。
インタビューが、本音をよく引き出している。
朝日嫌いの人は、なんだこれ、って感じでしょうが、私は実に生産的なインタビューと思いました。
だってこれ、朝日新聞にも文春にも載らないでしょう。
ジャーナリズムでいちばん大切なのは多様性への敬意だと思います。
出版した講談社には、敬意を払うべきだ。
さすがである。オトコですね。
本田靖春著作集を買って読んだが、あれも講談社であったか。
一方的な世論の攻撃があれば、それに「逆ばり」する姿勢というのは言論のかがみです。
ただしこの本、わたしのように50歳を超え、
政治や警察や経済を見てきた人間ならそれなりに理解できますが、
若い人にはなかなか得心できないかもしれませんね。
若いジャーナリストや学生さんたちにとってはどうだかなあと、ちょっと心配します。
青木さんは原稿の端々に若者や一般読者に歩み寄るリップサービスチックな言辞をいれていますが、
功を奏すことを期待します。
朝日問題と簡単に言いますが、その真相は深いとおもいます。
実は新聞全体の問題であり、一番の真実は「経営問題」だとわたしは思います。
どの新聞社も売れないから、この機に乗じて朝日を潰そうとしています。
少ないパイをちょっとでも奪おうとしているのです。
朝日を弁護するつもりはさらさらありませんが、
たとえば読売新聞の拡販攻勢にはほんとうにうんざりしています。
「A紙作戦」とやらで我が家にはいるリーフレットは邪魔です。
私はわりと新聞を読みますが、読売の誤報と誤報の放置はひどいものです。
ほっかむりはしょっちゅうですから。
(信じられないなら、読売をとって読んでください。
政局ネタの予想なんかあまりあたらないし、
事件報道の逮捕前の見立てなんて「書き得」そのものです。
間違っていたら「当時はそういう見方があった」って開き直ります。
最初に読んだとき私らは「そういうもんか」と思うわけだから、
間違っていたらやはり訂正して謝ってほしいものです)
その読売の記者が朝日社長の記者会見で「朝日には自浄能力ない」と詰め寄っていたというのですから、
どの口がいうてまんねんって世界ですね。
ジャイアンツの清武問題や裏金問題だって、どういうことなんでしょうか。
全体的に言うとこの本は、実は論評するのが難しいです。
多くの内容があって、簡単に要約できないからです。
星を5つつけたのは出版物としての価値があると思うからです。買って読むべき本です。
142人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しください - 星5つ中3つ
有用な書評は、残念ながら、殆ど無い!
2014年12月28日に日本でレビュー済み今日、書店で、20、30分くらい、立ち読みをしました。
書籍は、以下のように、2種類に大分類できる。
(1) 例えば、「Acrobat X の使い方」 のような書籍で、著作者の個人的な意見・人生観・等々が、余り入らないもの。
(2) 例えば、本書 「抵抗の拠点から」 のような書籍で、著作者の個人的な意見・人生観・等々が、かなり入るもの。
第一分類に属する 「Acrobat X の使い方」 のような書籍を例に取れば、例えば、内容に「しおりの使い方」が欠落している場合には、書評として、単に、「多くのユーザーが使う所の“しおりの使い方”が欠落していて望ましく無い。改訂版では是非とも入れて欲しい。」 と書けば、それで 「良い書評」 となる。
ところで、第二分類に属する 「抵抗の拠点から」 の如き書籍を例に取れば、著作者は、例え、数多くの取材に基づいて記述していても、どうしても、著作者の人生観・等に基づく視点が入る。これを避けようと思うと、当該書籍の主題に“賛成”・“反対”・“中立”の個人的意見を有する(可能な限り)数多くの人々(例えば、数千人)にインタビューし、一切の手を加えずに、100% 生の情報を、(完全に)その生のまま掲載すれば良い。これに拠り、書籍は、例えば、100,000 ページ以上となっても仕方がない。その代り、中立性が保てる (然しながら、誰も書籍を買わないでしょうが・・・・・)。従って、この第二分類に属する書籍を出版して販売しようと思えば、どうしても、著作者の人生観・等に基づく視点が入らざるを得ない。
それで、以下は、この第二分類に属する書籍に対する書評を如何に行うかの要点です:
(A) 著作者の意見に対する評論は、(賛成・反対・中立に拘わらず) 一切、行わない事。
(B) 書籍の記述内容の間違いだけに対して行う事。
この場合には、評論者自身が自分の手を汚し (自分の身銭を切って) 事実関係を (直接的に) 検証し、その検証結果からだけ (書籍の記述内容の間違いだけに対して) 評論を行う事。
(C) この #(B) では、他人の調査結果は、例え “参考” でも、絶対に、流用しない事。
必ず、(評論者自身が身銭を切って) 自分の手を汚しての直接的検証結果だけを使用する事 [註:メディアも、ネットも、TVも、新聞も、何もかも、信じるに足るものは、世の中に、全く存在しないので、自分の身銭を切っての・自分の手を汚しての直接的に (目で見た) 検証結果だけを使う]。
この第二分類に属する書籍に対し、上記の全てを遵守しないで書評を行う人を、「ネットのゴロツキ/ゴキブリ/ウジムシ」 と言い、又、この種の人を 「人間のカス」 とも言う。
蛇足:他人の人生観に対して、賛成・反対・中立の意見表明をする事は、完璧に無意味 (もしも行いたいのなら、毎日、日夜に亘って、10 年位の間、反芻熟考し、10 年後に、自分の意見を、自費出版すれば良いのです)!
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誠実な仕事
2015年4月28日に日本でレビュー済み自国の人権感覚の低さを棚に上げて「慰安婦問題」を対日外交のカードにし続ける隣国に対する、感情的な反発は私にも確かにあるし、朝日に対しては、権威の上に胡坐をかいていたイメージを持ってもいる。しかし、今の朝日バッシングの異様さは、報道のあり方を問うというより、小学生のイジメの構造に似ているのではないか。過去の記事を丹念に分析しながら関係者に突っ込んだインタビューをしている筆者の仕事ぶりに敬服すると共に、大きな声でバッシングをしている人たちのどれほどが、慰安婦報道の経緯や時代背景を認識しているだろうか。恥ずかしながら、自分もイメージだけで判断していたように思う。
筆者の取材対象に対する同業者意識がちょっとだけ鼻についたので☆一つ減らしたが、マスメディアの役割を考える上で、誠実な仕事だといえるだろう。
29人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しください - 星5つ中5つ
主張の趣旨に賛同します。
2015年10月4日に日本でレビュー済み朝日新聞が「従軍慰安婦」の問題を、過去に日本という国が犯した罪として報じるに当たり、証拠として挙げた事実に一部誤りがあったことは、確かに見逃せない問題だったと思います。
しかし、その謂わば「枝葉」の部分の間違い一つを、まるで鬼の首でも取ったように最大限活用して、恰も日本の国家権力が大きく関与して従軍慰安婦制度を運営したという大局的な事実までなかったように主張(=「歴史修正主義」の一例)するのは、理性と論理性を欠いた言論であると感じます。
昨年8月に始まった、感情的に激した朝日新聞批判は、そういう理性と論理性を欠いた言論が、日本の社会の中で大手を振って罷り通るようになってしまったことを象徴的に表しているという点に於いて、一つの「歴史的事件」と位置づけられていいという著者の主張に、私は全面的に賛同します。
国が大きく関与した従軍慰安婦制度の存在を認めることが「売国」「反日」に当たると過激なレッテルを貼って、非難を煽る人達は、私の目には「誇り」や「自尊心」の本当の意味を理解していないように見えます。
自分が過去に実際に犯した罪を「黒を白と言いくるめて認めない」ことが、誇り高い人間のやる行動ではないと思います。
いいところばかりの人間、一つも間違いを犯さない人間など、現実に存在しません。国も同じでしょう。
自分のいいところを誇ることも、もちろん「自尊心」の一つだと思います。
しかし自分の悪いところや誤ちを潔く認め、今後は同じ誤ちを決して犯さないと強く決意し、誓うことも、もう一つの大事な「自尊心」の持ち方であると、私は考えています。
また本当に誇り高い人間(国)の条件の一つは、自分の誇りだけでなく、他人(他国)の誇りも大事にすることだと思います。
多数派の日本人、できればすべての日本人が、もう一度冷静に心を澄まして、そういう本物の深い「自尊心」に立ち返って欲しいと、切に願ってやまない気持ちです。
35人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しください - 星5つ中1つ
ジャーナリズム村の虚妄
2014年12月19日に日本でレビュー済み大ジャーナリスト(言うまでもなく、皮肉である)青木理の朝日新聞完全擁護本である。
この本のレビューは、''2点を付けておられる方の内容にはぼ同意である。
ただ、私がこの本を読んで考えたのは、
ジャーナリズムの世界にあまりにもとじている、ということである。
植村隆の書いた慰安婦の記事は、スクープでもなく、大した記事でもなかった、
逆に、東京電力の吉田所長の「吉田調書」の記事は、紛れもなく、スクープ記事だった、と
報道する側のことしか書かれていないからである。
新聞記事は、言わずもがなであるが、読まれるものである。
そのような視点が一切存在しない。
植村隆の書いた慰安婦の大した記事でもないものが何故このようなことになったのか?
朝日新聞が韓国にとって一番信頼されている新聞である、ということもあるだろう。
その他に思い出したのは、もう30年、或いは、40年前であるが、「イエスの方舟事件」
というのがあり、政治社会学者の栗原彬がロラン・バルトのエッセイ「雑報の構造」
をもとに、千石イエスの「イエスの方舟」バッシング事件を分析している論文である。
これを書いた青木理には、是非図書館で栗原彬の本を探して一読をお勧めしたい。
朝日新聞は、確かに、日本が世界に誇る、リーディング・ニュースペーパーかもしれない、ジャーナリストは、常に政権監視を義務付けられ、権力に対峙するべき存在としてのジャーナリスト論が、
青木理の口から語られるのであるが、
果たして、そうなのだろうか?と終始
疑問が拭えなかった。
これは、読み齧りの知識に過ぎないが、
新聞記者は、戦前は、着物ゴロと言われ、世間から冷たい眼で見られる存在であり、それが現在では、新聞記者といえば、エリートが就くことの出来る職業である反面、時には、世間の人々の不幸を
もとにメシを食っている職業ではないか、ということを考えていたのであるが、そのような記述は一切なく、とても違和感を感じてしまった。私は、新聞記者、あるいは、新聞社に所属している、自称ジャーナリストは、その職業意識の中に何か得体の知れない、多少、後ろめたい気持ちを持っているのではないか、と想像していたのであるが、それは、私の妄想だったのであろうか?
この本は、青木理のように、どうしても朝日新聞を擁護したい、批判する者は、
歴史修正主義者だ、とレッテルを貼りたい人々だけが読めば良い本である。
私は、青木理が、嫌味たらしく言えば、予定調和的に、朝日新聞の関係者に話を聞くのではなく、朝日新聞の報道に批判的な西岡力氏、慰安婦問題に詳しい、現代史家の秦郁彦氏にインタビューをした、徹底的な討論を読みたかったとつくづく思う。
青木理には、朝日新聞を批判する者を「歴史修正主義者」などと一括りにレッテルばりして、片付けるのではなく、
朝日新聞を批判する者の実像を丹念に取材し、その多様性を明らかにする仕事をしてもらいたい、と切に
願うものである。
(追記)
ジャーナリストの青木理は、取材対象と距離が近すぎると思うのである。
朝日新聞記者に対する親和性が強すぎる、と思う。
青木理もあらかじめ仮説を持ってインタビューしているのだが、
そのインタビューに緊張感がないのである。
韓国のソウルに滞在経験のある青木は、植村隆が、韓国では、
「慰安婦」のことを「挺身隊」と言ってましたよね、と発言すると、
それを肯定し、それ以上のツッコミはないのである。
これが、韓国の新聞ならば、良いのかもしれないが、日本で読まれる新聞なのである。
韓国では、こう言っていました、と書くだけならば、ジャーナリストではなくても出来ることなのではないだろうか。
上にも書いたが、新聞は、読まれるものである。読者にこう読まれたい、と記者が考えても、間違って、読まれてしまうことも多々あるのではないだろうか。解釈権は、読者の掌中にあるのである。
この問題は、たぶん、幾ら当時の朝日新聞記者個人を取材しても、
だめなのではないか、と推測している。既に、個人の力では遠く及ばないところまで行ってしまっているからである。
以下は、完全な戯言である。
元朝日新聞記者の植村隆氏は、朝日新聞を早期退職し、大学に再就職できた訳であるが、それほど、大した実績もなく?
韓国語が分かるというだけで、大学の教壇に立つことが出来るというのは、やはり、朝日新聞記者だったからだろうか?と穿った見方をついしてしまう。しつれいであるが、産経新聞出身の記者は、どうなのだろう。そんなことを考えてしまった。
(追記2)
レビュー5点満点をお付けになった方から、「ネトウヨ」呼ばわり・・・・とは、呆れてしまいますね。青木と同様に、「ラべリング」がお好きなんですね。
(追記3)
誰にも読まれないレビューなので、このような追記は無用であろうけれど。
この青木や朝日新聞元記者の植村の話を読んで、思い出したのは、
朝日新聞のジャーナリスト宣言なるコピーである。
曰く、言葉は感情的で、残酷で、時に無力だ。それでも信じている、言葉のチカラを。
私は、このコピーの中の、言葉は残酷、という表現に注目したい。
青木は、マスコミは、第四の権力だ、とちらっと触れながら、そこは素通りして、
上に書いたように、政権を監視し、権力に対峙する存在としての
ジャーナリズム論を展開しているのだが、自分たちが使う「言葉」が一旦"凶器"
にでもなりうることについて、どれだけ自覚的なのだろうか。
私は、そういう点について本書を読んで、疑問が拭えなかったのである。
また、この書名の「抵抗」、朝日バッシングという言葉についてであるが、
これは、自分達が、不当な圧力をかけられている、被虐者、弱者、被害者である、という意味であろう。
これにも、とても違和感を感じているのである。自分達は、間違いのない正義の人であり、その正義の人が不当な圧力をうけている、ということであろう。笑止千万である。
青木や植村は、加害者にもなりうる存在(だった)のである。
青木は、共同通信社の元記者でテレビ番組のコメンテーターとして、公共の電波を通じて
モノを言え、ラジオ番組でもモノを言う事が出来るのである。その影響力はいくばくか?
と思う。大変怖い事である。このような拙劣なレビューなど、それに比べれば、完全に無力である。
蟷螂の斧であろう。
なお、たぶん、この本に5点を付け、そのレビューが役に立ったという人は手にして、読むこともないであろうが、
只今発売中の「正論」2015年2月号の西岡力の植村手記(月刊文藝春秋掲載)への反駁文を読んで頂きたいものである。
しつこい追記。
この本は、優れたメデイア論なのだろうか?
私には、読者像無きメデイア論である、と考えている。
朝日新聞をバッシングする者に、ジャーナリズムとナショナリズムを一緒にするな、と言うことを、青木が言っているのだとしたら、朝日新聞よ、自分のジャーナリズムによって、韓国(或いは、中国)の悪しきナショナリズムに余計な火をつけるな、また、朝日新聞よ、ジャーナリズムと市民運動を一緒にするな、と言いたいところである。
そもそも「ジャーナリズム」などと大文字の言葉を使うのがいけないのである。
私は、ジャーナリズムについて全く勉強したことも、学んだ事もない大馬鹿者であるが、
この言葉を紐解いてみよう。それは、人が事実をヒトに聞き、調べて、書き、伝えることであろう。
ただ、その周りには、色々なインフラがあり、組織や個人が複雑に入り組んでいる。
訳もわからず、そのようなものではないかと漠然と考えている。
そのような「ジャーナリズム」については、青木などのジャーナリストにとっては、自明なことなのだろう。しかし、
ジャーナリズムの外側にいる人間にとっては、必ずしも自明ではあるまい。
私は、その辺の紐解きを期待していたのである。これは、全くのないものねだり、と言ってよかろう。
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朝日新聞社こそが「正史を改竄」した責任を糾弾され続けるべき存在
2014年12月29日に日本でレビュー済み筆者のいう慰安婦報道の核心というのは歴史修正主義 - historical revisionism - に朝日新聞が屈したことなのだそうだが、それを言うなら、吉田清治の詐話を暗黙の前提として放置したまま報道を続け、客観的な視点を逸脱した報道を、松井やよりの時代から通算すると30年余りも継続した朝日新聞社こそがhistory をrevisionしたのではないのか。もしも朝日新聞社の視点あるいは世界観が戦勝国史観に過剰に阿ったものであるとするならば、確かに朝日の主観的にはrevisionに見えてもおかしくはないが。
それは、マイク・ホンダのような人物がアメリカ国家に対し溢れんばかりのパトリオティズムを発揮するあまり示す史観ともまた異なる、早い話が事大主義である。朝日新聞社は戦前戦中は軍国主義とも呼ぶに値せぬ念力主義に過度に寄り添い、戦後になるとNHKからラジオ放送される今ではネガティブな評判の方が高い「眞相箱」という洗脳番組の台本作成に荷担している。いくらなんでも、それが同じ新聞のすることだろうか。
少なくとも朝日新聞社は8月5日の「検証記事」で、世界中に拡がっていた吉田清治関連の記述に基づく史観を虚偽と判断し、16本の記事すべてを取り消し、調査報道をおこなう能力の欠如を自ら示した。あるいは今般の第三者委員会による評価でも「慰安婦」と「挺身隊」の区別なら他の社もついていなかったという記述で韜晦を試みているが、他ならぬ朝日新聞社自身、戦中、具体的には1945年2月16日付の朝鮮版朝日新聞や1944年5月3日号のアサヒグラフなど多くの新聞や出版物で「慰安婦」と「挺身隊」につき明瞭に区別した記事を出しているという動かぬ事実がある。
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慰安婦問題そのものは現在も存在し続けている
2022年10月10日に日本でレビュー済みまずは、本書に関する事件の大きな流れです。
「朝日新聞」大阪本社版は、1982年9月(昭和57)、いわゆる吉田証言(吉田清治さんによる証言)を記事にしました。
「かつて朝鮮人の強制連行の指揮に当たった運動部長(レビュアー注:吉田さん本人)が、悲惨な「従軍慰安婦狩り」の実態を証言した」というのです。
しかしながら、吉田証言は、その後デタラメであると考えられるようになります。
そうした中で、時の最高権力者による次のような発言もありました。
「自民党の安倍晋三総裁が2012年11月の日本記者クラブ主催の党首討論会で「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本がまるで事実かのように日本中にと伝わって問題が大きくなった」と発言」。(本書内から引用)
それからさらに2年後、「 朝日」は、2014年8月(平成26)になってやっと、 特集記事「慰安婦問題を考える」上下を掲載しました。
その主な内容は、吉田証言を虚偽と判断し、過去の記事16本を取り消す、というものでした。
報道に誤りは付き物です。
しかし、「朝日」の訂正の決断と実行はあまりにも遅すぎました。
さらには、一連の出来事に対するお詫びの言葉一つありませんでした。
とはいうものの、全ての記事をなかったことにするのが正解だったのでしょうか。
「朝日」の危機管理そのものにも疑問が残ります。
残念ながら、こうした動きの中で、慰安婦問題そのものの存在が否定されたわけでもなく、まして解決に近づいたわけでもありません。
著者は、本書の目的について、"はじめに"冒頭で次のように述べています。
「朝日新聞に浴びせられた異常かつ過剰なバッシング(一部略)の問題点と弊害、そしてその時代的意味などを考察すること」。(本書"はじめに"冒頭より)
そのため著者は、「朝日新聞「慰安婦報道」の核心」(副題)に触れるインタビューを、朝日の直接の関係者(もちろんOBを含む)数名に行っています。
インタビュー対象者には、かつてのスター記者・本多勝一さんも入っていました。
私は、以前から、本多さんについてある疑念を持っていました。
『中国の旅』において、中国政府当局の絶対的監視下で、きちんとした取材が果たしてできたのだろうか、あるいは、朝日の看板を外した後の本多さんの活動とは、どのようなものであったのか、私なりの結論は出ていなかったのです。
そこで、アマゾンに記載されていた「徹底取材」の対象の一人として、本多さんのお名前が上がっていたことも、本書購入の動機の一つでした。
そして、それはある意味期待外れでもあり、予想どおりと納得できる面もありました。
著者は、「すでに80歳を超えた本多氏は、昨今の朝日バッシングや自身への批判などをほとんど目にしていないし、気にもかけていないから論評のしようがない、と繰り返すだけだった」(本書内から引用)として、本書では、インタビュー対象として重きを置いていません。(他の人と比べて記載量が極端に少ない)
それでも、返ってきた言葉の中から、次のフレーズが採用されています。
「反動の時代。ひとことでいえば、そういうことだろうね」――本多勝一(元・編集委員)
著者は、「かつては当たり前のようにできたことが、いまは異常なこととして罵られるようになっている」と言います。
つまり、今の時代に、本多さんの『中国の旅』は書けないだろうと言う意味です。
さて、本多さんについて、筆者は「現在40代後半の私も、同世代の記者たちがおそらくそうであったように、かなり多大な影響を受けた」としています。
その本多さんに対して、現在の筆者は、「相当懐疑的な考えを抱いている」と言います。ある事件があり、本多さんが「自己の絶対無謬性に固執するその姿勢に私は嫌気がさしてしまった」と言うのです。
非常に興味深い本多評になっています。
最後に、書き下ろし部分以外で繰り返しが多いので、星一つ減。
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