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街道をゆく 34 大徳寺散歩、中津・宇佐のみち (朝日文庫 し 1-90)
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- 本の長さ311ページ
- 言語日本語
- 出版社朝日新聞出版
- 発売日2009/4/7
- ISBN-104022644885
- ISBN-13978-4022644886
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登録情報
- 出版社 : 朝日新聞出版
- 発売日 : 2009/4/7
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- 本の長さ : 311ページ
- ISBN-10 : 4022644885
- ISBN-13 : 978-4022644886
- 商品の重量 : 1 g
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 14,947位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について

1923年大阪市生まれ。大阪外国語学校蒙古語部卒。「ペルシャの幻術師」で講談倶楽部賞、『梟の城』で直木賞を受賞。『竜馬がゆく』『国盗り物語』『坂 の上の雲』『空海の風景』『翔ぶが如く』など構想の雄大さ、自在で明晰な視座による作品を多数発表。この他『街道をゆく』『風塵抄』『この国のかたち』な どの紀行、エッセイも多数。’96年逝去(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 司馬遼太郎と寺社を歩く (ISBN-13: 978-4334747213)』が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
日本からのトップレビュー
- 星5つ中5つ
禅と茶の湯と大徳寺
2025年12月22日に日本でレビュー済みそもそも禅宗と他の宗派の違いすら分かっていない程日本史嫌いをこじらせてしまっていたのですが、そんな自分でも、慣れ親しんだ司馬先生の語り口で、その片鱗くらいは覗き見れたような気がします。鎌倉時代から戦国時代の人物が中心になっていて、聞き覚えはあるのだけれど…という人物が実際どのように生きたのかがよく分かり、ためになりました。
いつもの街道をゆくシリーズとは違って、大徳寺境内を少しずつ散策しているだけなのですが、禅あり、茶の湯あり、作庭あり、と内容は多岐に渡ります。恐らく大徳寺の中に普段の街道一本分程の歴史が詰まっているのでしょうね。いつもの紀行文も好きなのですが、今回もそれに劣らず楽しめました。禅に興味が無いという人にも、教養として知っておくのにいい一冊だと思います。
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知識欲を満たしてくれる。
2024年7月26日に日本でレビュー済み博識な司馬さんの歴史蘊蓄を楽しむシリーズ。今巻は余り知らない分野なので、読む前少々不安だった。
結論を言えば全く杞憂で、十分楽しむ事が出来た。一つには、一休、後醍醐天皇、黒田官兵衛、福沢諭吉など、自分の知ってる人物が多く出て来た事。又、名前を聞いた事はあるが、ほとんど知らなかった小堀遠州について、詳しい知識を得たのも、収穫であった。
残り少ない人生、こういう知識欲を満たしてくれる読書を大切にしていきたい。やっぱり特に日本史については、後悔のないよう、知っておきたいからね。
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歴史の視点を通した紀行文書
2025年4月19日に日本でレビュー済み司馬遼太郎さんの紀行文書で司馬さんのバさんの目を等して、探求された事柄が楽しくて過去に全巻を読み通しましたが
再度購入して楽しんでおります。
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期待通り
2019年10月21日に日本でレビュー済み期待通りの司馬さん節でした。
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一休宗純と沢庵宗彭
2014年2月21日に日本でレビュー済み週刊朝日1989年4月7日~11月3日号に連載
大徳寺散歩、中津・宇佐のみち
紫野/高橋新吉と大徳寺/念仏と禅/真珠庵/思慕とエロス/「狂雲集」/禅風/金毛閣/松柏の志/大仙院/風さん水宿の譜/
肥後椿/陽気な禅/小堀遠州/八幡大菩薩/みすみ池/宇佐八幡/宇佐の杜/宇佐の裏道/如水と中津/花イバラ/百助のことなど/お順さん/中津の諭吉/山国川
大徳寺は禅宗臨済宗の総本山である
室町以降は幕府の庇護のもと発展し一休さんとして知られる一休宗純や侘び茶の始祖村田珠光を輩出した
一時衰微の危機に陥るが戦国期以降においては堺商人や秀吉の帰依により復興した
千利休は狂気と化した秀吉の命により切腹させられたが、その一抹も禅寺としては華美すぎる大徳寺三門金毛閣の建設も絡んでいるらしい
江戸期に入り沢庵も輩出する名刹である
大徳寺は1325年大燈国師の開山以来、管長は525世を数え 司馬の歴史散歩で語りきれないだろう
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歴史に学び、風に触れる
2015年12月14日に日本でレビュー済みかねてから欲しかった司馬遼太郎さんの街道シリーズを格安でゲットでき満足しています。国内を旅行する際には、予め読んで旅をするようにしています。
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細川氏の処世術について考えさせられた
2019年5月22日に日本でレビュー済み<大徳寺散歩>
京都には臨済宗の大本山が6寺あるが、街道をゆくで著者がわざわざ大徳寺だけをピックアップし、丹念に語っていることが注目に値する。大徳寺は、山内の一部を除いて見学はできず、厳しい禅風を保っているところが著者の気に入った点なのであろう。
大徳寺の塔頭の一つである大仙院について著者が語っている箇所で、思わず笑ってしまった。「大仙院は、まことにいい(中略)。入ると、「拝観料金」と大きく出ていて、一般の大人が三百五十円で、団体(三十人以上)だと十円の値引きがある。式台をあがると、何人かの俗人がいて、「三福茶はいかがですか」とすすめてくれる(中略)一服二百円という」。著者がわざわざこんなことを書いたのは、大仙院が大徳寺らしからず観光に力を入れていることに落胆と痛烈なおかしみを感じたためだろうと推測した。そのあとに続く「喝」の話も面白く、声を出して笑ってしまった。
大徳寺にはいつまでも厳しい禅風を保ち続けてほしい、と、著者が強く望んでいることが読んでいて伝わってきた。
<中津・宇佐のみち>
八幡信仰の由緒、総元締である中津の薦神社、宇佐の宇佐神宮についての話は勉強になった。八幡神はもともとは朝鮮半島からの渡来人である秦氏の神だったという。日本古来の神ではないと知り、目からうろこが落ちた。
中津は、黒田官兵衛、福沢諭吉の話も良いが、細川氏のことをあれこれ考えさせられた。
関ヶ原の合戦後、中津には細川氏が約40万石の大名として封じられた。藩祖忠興は、城下近くの山国川に堤防をつくり、浸水被害を防ぐことで後世にわたって貢献した。その際、堤防の名称を「三斎(忠興のこと)堤」としたらどうかとの周囲からの提案を忠興は容れず、「この堤の利は長久である。名など、どうでもいい」という意味のことを言ったらしい。
著者は、忠興の父である藤孝(幽斎)について、国盗り物語のあとがきで、「幽斎は、その一代で、足利、織田、豊臣、徳川の四時代に生き、しかもそのどの時代にも特別席にすわりつづけた。もはや至芸といっていい生き方の名人であろう」と賞賛している。
「大徳寺散歩」の章で、忠興が大徳寺開祖大燈禅師の贋の書を入手し、当時の大徳寺僧3人に披瀝した話が出てくるが、その後始末の良さ、さらに忠興の子忠利が熊本に転封となり、熊本城に入城する際、加藤清正の霊を頂き、あなたの城を預からせていただきます、と拝礼したこと等、細川氏の処世術には感服させられる。今もって、熊本、熊本城と言えば加藤清正の名前しか出て来ず、江戸時代の2百年超の期間を細川氏が治めていたことさえ知らない人も多い。これも細川氏の処世術が連綿と続いている証左かもしれない。
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街道をゆくシリーズの中でもお気に入りです
2013年3月1日に日本でレビュー済み昨年3月より1年かけて全巻読破中ですが、寺院の庭巡り仲間に勧めるために34巻目を3冊購入しました
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