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数覚とは何か?: 心が数を創り、操る仕組み
- 本の長さ459ページ
- 言語日本語
- 出版社早川書房
- 発売日2010/7/1
- ISBN-104152091428
- ISBN-13978-4152091420
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登録情報
- 出版社 : 早川書房
- 発売日 : 2010/7/1
- 言語 : 日本語
- 本の長さ : 459ページ
- ISBN-10 : 4152091428
- ISBN-13 : 978-4152091420
- 商品の重量 : 433 g
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 327,874位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- 生物・バイオテクノロジー (本) - 4,528位
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カスタマーレビュー
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日本からのトップレビュー
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《 数は赤ちゃんの脳にどのように宿るか? 》から解き明かす斬新な視点
2019年10月22日に日本でレビュー済み著者ドゥアンヌについて、石田英敬が東浩紀との共著『新記号論』で優れた研究者だと触れていて、本書を手に取った。発刊から日は経つが、その視点は鋭く目から鱗が落ちた。数についてのこれまでの腑に落ちなさが氷解し、そのイメージを何ともすっきりさせることができた。素晴らしい書というしかなく、現在品切れ中らしいが、文庫でもいいからぜひ再刊して多くの人の目に触れてほしいと思う。
人間の赤ちゃんの数認知について、著者はピアジェ批判から始める。ピアジェは優れた学者だったが、時代的な限界もあり重大な誤謬を犯していた。
5ヶ月齢児の赤ちゃんは目の前にあるおもちゃに手を伸ばし興味を示すが、おもちゃをハンカチで隠すと途端に興味を失って手を伸ばすのを止め、おもちゃなど初めからなかったような様子になる。ピアジェはここから、赤ちゃんには物体が実在する(ハンカチの裏にはおもちゃがまだある)という認識(対象物の永続性)がなく、見えなくなったのはこの世から消えてしまったのと同じ、というレベルでいると想定した。
本書には最近の実験が紹介される。赤ちゃんの関心を視線の変化で(計測機器で)捉える。先の例でおもちゃを隠した障壁を取り去り、陰からおもちゃが再び現れるときと何も現れないときを比べると、赤ちゃんの視線がおもちゃのあった方向により集中するのは後者だ。おもちゃがあるのより、ないことに関心を惹かれたのだ。さらに、障壁の陰から1つではなく2つのおもちゃが現れても視線は集中する。つまり、1=0でも1=2でもなく、1=1だと赤ちゃんはちゃんと把握できて、まだ言葉もわからない段階で対象物の永続性を了解しているのだ。
ピアジェの示した観察結果に対して、著者は次のように指摘する。1歳未満の赤ちゃんは「手を伸ばす動きをコントロールする前頭前野が未成熟なせい」で「隠された物体に対して適切に手を伸ばすことができない。その観察例をもとにして、彼らがその物体はすでに消えてしまったと思っているとすることはできない」と。
そして、さらに驚くべき実験が紹介される。1台の赤いトラックのおもちゃを障壁で隠した後、その陰から唐突にトラックではなく緑色のボールを1つ登場させたら、赤ちゃんの視線はどうなるか? 大人なら当然驚いてボールを見つめるだろう。3歳児くらいでもびっくりするはずだ。ところが、5ヶ月齢の赤ちゃんは驚かない(視線を集中させない)。形状や大きさや色が変わっても、1個が1個であれば、つまり1個が2個とか0個にならなければ、赤ちゃんには何の不思議もないらしいのだ。
この結果は、私たちを驚愕させる。私たちは、そしてピアジェらも、赤ちゃんはおもちゃとかボールとかの具体物にたくさん触れながら時間と経験を積むことにより、1台の赤いおもちゃのトラックや1個の緑色のボールに共通する抽象的概念として、数なるもの“1”を認識していくと考えていたのではなかったか。具体から抽象へという方向で、数は誕生したのではなかったか?
著者の主張は、赤ちゃんはおもちゃとかボールとかの形状や大きさに関わらず、五感にも依存せず(赤ちゃんは太鼓が2回鳴ったという回数がわかり、それが2個のおもちゃの2と同じとかもわかる)、感覚を超えたものとして抽象的な1とか2を知っているという驚くべきものだ。ものの形状とか大きさとか色への認知の方が、この数的な表象を土台にしつつ時間をかけて獲得されていくことになる。
従って、赤ちゃんの数的表象とは経験から獲得されるものではなく、進化の過程で獲得されたもの、すなわちDNAに刻まれたものであり、類人猿や知能の高い哺乳類や鳥類に共通するものである、というのが著者の考えなのだ。
ただ、ここで押さえておくべきは、赤ちゃんは2個と3個の弁別はできるが、3個と4個の弁別はたまにしか成功せず、4個と5個とか4個と6個の弁別はできないことだ。すると、赤ちゃんは(赤ちゃんの脳は)やがて5や6をどうやって獲得するのか? これは、本書を手に取り、調べていただいた方がいいのだろう。
さらにその記述の先には、他のレビュアーが触れているように、まだまだ多くのことが本書には展開されている。広く読まれてほしいと願わずにはいられない。
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数と脳の関係を探るポピュラーサイエンス
2014年6月8日に日本でレビュー済み原題『The Number Sense』(1997)
これはかなり面白い。
数学に関する本で数式などは無いポピュラーサイエンス。
人間はなぜ数を理解できるのか、数を理解するという能力、数学的認知能力、数覚(ナンバーセンス)に、認知科学、神経科学、心理学の実験を駆使して迫っていく。
数に関する興味深い話が盛りだくさんとなっている。
人間の脳には生得的に数を理解する機能があること、元々は数を先天的にアナログな連続量を認知する脳が、可塑的後天的にデジタルの離散量として認知すること、
貧困層の数学の成績の悪い子供でも、楽しくわかりやすく数学に触れさせる授業を行えば、一般的な生徒をはるかに凌ぐ結果をだせるようになるということ、
人間の脳は段階的に数覚を獲得していくため、根性論や精神論で数学を教えようとしたり、原理主義的に教えようとしても失敗するという事などなど
フォン・ノイマンも数学について理解は後から付いて来るといった事を言っていたはずだが、科学的にもやはりそのようだ。
後半の部分では数学とは何かという哲学的な問題も扱っていて、数学的プラトン主義にも脳科学の立場から言及していておもしろかった。
数学に興味のある人、学習しているひと、数学の教育に関わる人全てにオススメできる。
惜しむらくは原著が1997年と、結構古く内容にも時代を感じる部分がある。
訳者が多忙だったそうだが、こんなに面白い本が15年も邦訳されずにいたという事がかなり痛ましい。
本書は現在でもこの分野のまとめとして有用な本であるらしいが、原書の出版から今日までには新たに分ったこともあるだろうから、進展がどうなっているのか気になる所だ。
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「数覚」とは聞き慣れない言葉であるが、確かに存在する。
2013年1月18日に日本でレビュー済みサバン症候群の人たちは数に対し異常な才能を発揮する。
タメットは、「僕には、数が風景に見える」と表現した。
本来、脳はアナログの性質を持つが数とはデジタルである。このため、脳はアナログ的に進化した脳の各部位を連合させてデジタルとして使い回ししているらしい。(これが巧くいかないで数学嫌いとなるのであろう)
傑出した数学者は、数・数覚世界の存在を彷彿とさせる言葉を発している。
.インドの天才青年ラマヌジャンの数式を見た英国の最も優れた数学者ハーディーは、「この式は正しくなければならなかった。というのは、正しくないとしたら誰もこんなことを思いつく想像力は持っていなかった」と言った。
.「ここに来るときに乗ったタクシーのナンバーは1729だった。つまらない数だな」とハーディーが言うと、ラマヌジャンは「ハーディー、それは違うよ、それは魅惑的な数だよ。1729は、二つの数の三乗の和を二つの異なる方法で表現できる最小の数だよ」
.アインシュタインは、「私の思考プロセスに単語と言語は何の役割も果たしていないように思われる。思考のための土台として役に立っているのはある種の記号や図像であり、私はそれらを自由に作り出したり再統合したりすることができる」
.ポアンカレは、「数学的結果が正しいことは直観でわかるのだが後で、それを形式的に証明するのには何時間も計算しなければならない」。
そして、これらは脳の中での閉じた思考ではなく「進化」という身体を介した脳と環境とのやり取りの中で可能となっているのである。私たちは「環境の力」を生かしながら思考している。数学者の思考は、日常生活をおくる他のどのような人間とも同じように環境に対して開かれている身体化されたプロセスである。
欧米人の手になるこの種の本は、大部のものが多いが優れた編集者が介在していれば三分の一程度で切れ味鋭い仕上がりとなっていたのではと思う。索引がないのも不便である。
しかし、余り知られていない数の世界と数覚という感覚を一般に紹介した力作である。
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赤ちゃんもラットも足し算引き算ができる
2014年11月12日に日本でレビュー済みこれまで読んだサイエンス系ノンフィクションでベストの本だった。 “脳生理学ミステリ”の趣があり、謎の解決へ至る描写には鳥肌が立つようなスリルがある。
私にとっては、積年の悩みをようやく解消してくれた本でもある。
高校の終わり頃だったと思うが、1+1=2 は正しいのか? という疑問にとり憑かれた。知覚できる現実世界に、この式が示す事象は存在しないと気づいたからだ。林檎1個と梨1個を合わせると、ほら2個ですね、という先生の説明は欺瞞だ。
経験的に証明できないのになぜ正しいと言えるのか、しかも現実世界に適用して何の問題も起きないのはなぜか、それがわからず悩んだ。
恥ずかしいので人に訊けなかったが、発明王エジソンが子供のとき、「2+2=4 ですね」と教える先生に「嘘だ! 絶対に違う」と反発し、それ以降、学校に行かなくなったというエピソードを知ったときには、大笑いしつつも密かに安心した。
その後、この疑問は結局、林檎1個と梨1個を同じ「1」という「数」に抽象化する人間の能力の問題だと気がついた。が、それを正しいと保証するものは何かがわからなかった。
本書(の第一部)はその能力の由来を明快に説明する。
認知心理学の実験が明らかにしたのは、人間の生後6ヶ月の赤ちゃんもサルもラットも「知覚対象を数へ抽象化する」能力を持ち、数を認識し、簡単な足し算引き算ができるという衝撃的な事実だ。
それは脳が進化の過程で獲得した能力だった。なぜならそれが生存に有利だからだ。量と比較の認識は、例えばより多くの餌を間違いなく手に入れることを可能にし、生き残って子孫を繁栄させる可能性を高める。
我々は(サルもラットも)その子孫だから、この能力を先天的に持っているのだ。
この能力には「1から3まで」という制限があり、「4」以上になると認識が途端に怪しくなるというのも興味深い。ほとんどの言語で「4」以上の数詞表記がいきなり複雑になる理由だ。膨大な数学体系が「1、2、3」というシンプルな三つの概念だけを基礎に組み上げられた不思議に驚く。
その結果である数学体系がなぜ物理的世界と矛盾しないのかという問題は本書の後半で検討され、我々の常識を根底から覆すような驚くべき解釈がなされる。
本書はまた、数学の天才たちの不思議な精神世界を伝え、脳と数と数学に関係する数多くの興味深いトピックを提供している。読むべき本だ。
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盛りだくさんの内容で一気読みしてしまいます
2013年10月11日に日本でレビュー済み著者は数学から神経心理学に入ってきた人。
オリヴァー・サックス、V・S・ラマチャンドラの著書が
面白い方に特にお勧め。
第7章の「数覚の喪失」がピンポイントでそういう事例を
取り上げています。
日本語の数字の読みが短いことが円周率暗唱に有利という話は
知っていましたが、普段の計算でも差が出ていることが驚き。
ローマ数字表記で計算なんかできるかっ!というのはいたって同感。
数字の読みは、単にそういう名詞だと思い込んでいましたが
明らかに脳内で他の名詞と処理するところが違うというのも驚き。
個人的に驚いたのがサヴァン症候群の計算の達人たちも
あれは彼らなりの努力の結果だということ。えっ。
頭の中の映像通りに絵が描けるとか教わった通りに体が動かせるとか
とは別のものだったのか。
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なぜ私たちは数を数えられるのか
2012年3月22日に日本でレビュー済み心理学者デイヴィッド・ビョークランドはかつて、赤ん坊は生まれたときには目が見えず「見ることを学習して」視覚を身につけると教わった、と書いた。しかし目が見えないはずの赤ん坊が見ることを学ぶとはどういうことだろう?著者も同じ疑問を呈する。「数を全く無視する生き物がどうやってそれらを認識するようになるのか?」。
答えは赤ん坊は数にかんする(最低限の)能力を持って生まれ数を無視しない、だ。数の概念が完全に文化によって生み出されたもので、経験と学習によってのみ身につくという考えを著者は否定する。確かに著者の立場を支持する証拠は多いように思える。「なぜすべての言語は少なくともいくつかの数の言葉を持っているのだろうか?なぜ誰もが7,8,9の掛け算を習うのをとびきり難しく感じるのか?」。数にかんする言語にはさまざまな共通点がある。いくつかの言語では小さな数を小さなマークの足しあわせで示す(I,II,IIIとか)。しかし4以上になるとこの単純な法則は用いられなくなる。これは瞬間的に認知できる数が3までという能力の反映だろうという。文化差については数詞の表現が、数の記憶や計算能力の発達に関わることを示している。ファイブよりゴという方が速く発話できる。そして短い音の方が多くの桁を暗記できるらしい。これは大きな数の記憶は、(心の中で唱えることで)音によって行われていることを示している。いっぽう数学能力の個人差については、遺伝的寄与には懐疑的だ。しかし努力や情熱を遺伝的要素と対比するものとして扱い、それら自体遺伝の影響を受ける可能性を無視しているのは論理的にまずい。
数学と人間の関係について、認知科学だけでなく分科や学習の視点からも解説した、非常に優れた書。
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「数」の視点で人間を見つめ直せる良書
2011年1月3日に日本でレビュー済み”動物もアナログ的に数を数えることができ、そして人間も動物と同程度にしか数えることはできない。”
人が数を操る能力とはどのようなもので、如何なる脳のメカニズムによって為されているのか。そしてその限界とは。認知心理学者であり神経科学者でもある著者が「数」の視点から人間の脳の本質を明らかにしていく中で、多くの驚くべき事実が明かされてゆき、読者に人間について深く考えるきっかけを与えてくれる。
数々の実験結果に基づく最新の知見を交えつつ、その文章は一般読者にも十分理解できるよう配慮されており、ボリュームはあるものの、最初から最後まで息切れする事なく読みとおせた。
我々が今後どうやって数と付き合っていくかに関して、かなり多くの学びがあった。
2010年に出版されたサイエンス系書籍ではベスト。
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アキュレーターとしての脳の計算
2021年7月21日に日本でレビュー済み本書は、「人間の脳はなぜ数学が出来るのか」を探求した本である。
内容は、最近出た数の発明――私たちは数をつくり、数につくられたに近い。ただしエヴェレット書は色々な民族による実験などを重視しているのに対し、本書は脳科学的なアプローチをとっているところが違いである。
数については「3以下の数を正確に数える能力」と「それ以上の大きな数の大小関係を大雑把に把握する能力」とを先天的に持っている。
そのため、4以上の大きな数については動物や赤ちゃんは色々と誤りも犯しうる。
赤ちゃんは「数の把握:はしても「物体の同一性」は関心を向けていないということはなかなか面白い。例えば人形を一つずつついたての後ろにおく実験では、ついたてを退けると人形一つになっていると赤ちゃんは驚くが、ボール二つになっていても驚かないという。
二つの数(二桁ぐらい)の数の大小比較にかかる時間が、数が離れるほどおおよそ連続的に速くなる(容易になる)というのも面白い。65と69の大小比較にかかる時間は、65と71の大小比較とあまり時間は変わらず、65と79の場合へとおよそ連続的につながるのは意外であった。
また、自然な尺度として対数的なものが心の中にある(例えばランダムっぽい数の出現と感じられるのは、数が対数的に出ている場合だという)、という指摘も面白い。
緩やかな記憶のつながりを連想的に思い出すメカニズムが、数学ではマイナスだというのもなるほどという指摘である。ライオンに対する記憶をトラに出会ったときに思い出すのは有効だが、3×4を計算したいときに3+4や3×5の結果が頭に出てくるのは迷惑である。
後半は天才の脳や脳障害のある人の算数の状況の記述だが、この辺りは割と見たことがあるような話や想像できる話を繰り返している感じで、そこまで面白いとは感じなかった。
自分の中では前半がヒットして後半はイマイチという感じだったが、これは個人差も大きいと思う(筆者の真骨頂であろう脳にフォーカスした話は後半に多いし)。
人間の数学の能力の背景に関心がある人は、数の発明――私たちは数をつくり、数につくられたと併せて読んでみるといいと思う。
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