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上方落語の復興をテーマに2006年から2011年の間に読売新聞に連載され、単行本化に際して大幅な加筆をほどこしたものである。
550頁近くの大作で、1934年の初代桂春團治の死から筆を起こし、1996年の三代目桂米朝の人間国宝認定まで、多くのエピソードを交えて書いているが、読むうちに、これは、単なる歴史の記録でもない、上方落語という貴重な文化遺産を絶滅の淵から残すべく奮闘した人々の叙事詩と感じた。
ここに出るのは、まず、多くの上方落語家たちの姿である。志半ばで逝った五代目松鶴、四代目米團治、二代目春團治に戦後長らく活躍した長老の圓都らの苦闘。三代目染丸と、四天王たちの努力と栄光。仁鶴、六代目文枝、枝雀、ざこば等の縦横無尽の活躍などが詳しく記述されている。しかし、この本の真価は、彼らを支えた芸能・マスコミ関係者や文化人、地域の名もなき支持者たちも網羅されていることである。彼らなくして復興はあり得なかったろう。就中、八代目桂文楽、桂小文治、二代目古今亭志ん朝ら東京の落語家らの功績を評価しているのに着目したい。襲名披露や高座復帰などにに尽力するなど、心から上方落語を愛した東京勢の献身的な姿勢には感動を覚える。
あと上方講談について、二代目、三代目の南稜父子の業績に触れていることも見逃せない。二人は落語よりも厳しい状況の下上方講談の灯を消すまいと活躍した。
なお、主要な落語会の演者と演目とを全て入れているのはありがたいが、もう少し見やすくしてはどうか。例えば、表にして横書きにしておけばいいにと思う。また写真が小さく、人物の表情が掴みにくいし、天満の繁盛亭や今里の四代目米團治記念碑などの資料写真も欲しかった。そんな気になるところは幾つかはあっても、本書の価値を損ねる程のものではあるまい。
定価は5000円近くと値は張るが、それだけの、否それ以上の価値のある本である。膨大な資料と聞き取りをもとに作り上げた著者の辛苦に敬意を表し、心して読むべきだ。
何や知らんけど、ずいぶん米朝師ばっかり持ち上げるなぁ…というのが正直な感想。
松鶴師の豪放磊落な演じ方が好きな当方は、米朝師の大学講義のような演じ方はあまり…。まあ、人それぞれの好みでっけども。
第二次大戦後、壊滅状態にあった上方落語は、六代目笑福亭松鶴(1918年~1986年)、桂米朝(1925年~)、五代目桂文枝(1930年~2005年)、三代目桂春団冶(1930年~)という4人の落語家たちにより奇跡的に再興された。この4人の落語家たちは、先輩名人たちの芸をギリギリのタイミングで引き継ぎ、自ら研鑽し、多くの弟子たちを育て、今日の上方落語の隆盛を築きあげた。本書は、これら四天王を中心に多くの人々の協力で復興した上方落語の戦後史を丹念に辿った本である。
著者は1963年生まれの作家であるので、本書は関係者への聞き取りや資料調査がベースと考えられ、自らライブで見聞したのは本書の後半のみと考えられる。それにも拘わらず、本書の記述は、人物名、出来事、場所などが極めて具体的で、老練な作者によるものとしか考えられないほどの出来である。上方落語の主要関係者挙げての協力と著者の綿密な取材、それに前著『随筆 上方落語の四天王』(岩波書店)の蓄積も大いに役立ったと考えられる。本書は、戦後の上方落語史の基本書として末永く読み継がれるであろうことは間違いない。
本書は、黎明期(昭和18年-25年)、凋落期(昭和25年-31年)、復興期(昭和32年-41年)、躍進期(昭和41年-50年)、興隆期(昭和51年-平成8年)の5期に分けて、戦後の上方落語の復興と挫折、そして再復興から今日の興隆までを辿っている。主要人物の苦闘、各界(新聞テレビ業界、興業、文芸批評など)との交流やその支援取り付けのいきさつ、主な落語会や独演会の番組表(演題と落語家名)、弟子の入門などが克明に記録されていて、臨場感が味わえる。関係者の熱意と粉骨砕身やそれを支援する人々(松岡容、古今亭志ん朝など)があって、今日の上方落語があることがよく理解できる。
平成9年以降は本書の範囲外で、簡単な年表が記されているだけであるが、桂三枝の上方落語協会会長就任と社団法人化、念願の上方落語定席「天満天神繁盛亭」開席、桂米朝の文化勲章受章、桂三枝の六代目桂文枝襲名など、興隆が続く。昭和47年に開席し上方落語復興の象徴だった島之内寄席も、若手の研鑽の場として現在も毎月開催されている。今年9月1日現在で、上方落語協会所属の落語家は230名、存続が危惧されていた下座(三味線)も14名とのことである。今後も上方からの個性的な落語家の輩出を期待したい。
昭和21年秋の二代目春團治さんが九州興行から大阪に戻ってくるあたりの記述が、二代目夫人や三代目春團治さんの言と不整合があるのが気になります(私は大分県の人間で、25年ほど前、三代目春團治さんにその辺のことをうかがったことがありますが、仰ってたことと違うような)。先に「六世笑福亭松鶴はなし」を記していることもあって、松鶴さんや米朝さんサイドの視点は書かれている感があるのですが、春團治さんサイド(露の五郎さんも含めて)や、先代文枝さんの視点が見えないのが残念です。こういった方への取材不足を感じます(「春団治はなしの世界」(東方出版)で三代目春團治さんに色々聞いているのであれば、と思うし)。
労作だとは思うんですが、もともと米朝さんに近い方でもあり、ニュートラルな視点で書いて欲しかった、とも感じます。
また、通史として書くのであれば索引などを付けて欲しいし、何に基づいて書いたか参考文献も詳述して欲しい。ということで厳しく評価した。
歴史なので仕方がないが講演題目の羅列が多く紙面を割いているのが頂けない。むしろその演目で
関心、評価などの寸評が記載されていれば、読み物としてもっと関心を持って精読できたのではと
思う。残念である。