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意識と本質-精神的東洋を索めて (岩波文庫)
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1991/8/8
- ファイルサイズ3.3 MB
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
登録情報
- ASIN : B071HD54G5
- 出版社 : 岩波書店
- アクセシビリティ : 詳細はこちら
- 発売日 : 1991/8/8
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 3.3 MB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- タイプセッティングの改善 : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 405ページ
- Page Flip : 有効
- Amazon 売れ筋ランキング: Kindleストア - 29,404位 (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- 岩波文庫 - 62位
- 思想 - 338位
- 哲学・思想 (Kindleストア) - 511位
- カスタマーレビュー:
著者について

1914年東京・四ツ谷生まれ。
1937年慶應義塾大学英語英文学科卒業、同大学文学部助手。
1941年『アラビア思想史』、49年『神秘哲学』。
1959年から2年間にわたって中近東・欧米でイラスーム研究に従事。
1961年マギル大学客員教授、69年同大学イスラーム学研究所テヘラン支部教授、75年イラン王立研究所教授。
1979年イラン革命激化のためテヘランから日本に帰国。『意識と本質』(1980-82年)、『意味の深みへ』(1985年)、『コスモスとアンチコスモス』(1989年)、『超越のことば』(1991年)、絶筆『意識の形而上学』(1993年)など代表著作を発表。
1993年北鎌倉の自宅にて逝去(78歳)。
カスタマーレビュー
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日本からのトップレビュー
- 星5つ中5つ
とにかく深い
2021年12月13日に日本でレビュー済み圧倒的な知識、経験、洞察力を駆使して東洋思想の大草原を縦横無尽に駆け巡る井筒俊彦の代表作。自らの狭い世界だけにとどまらず、より広い世界に目を向けることの重要さや楽しさを教えてくれる。異なる思想の比較や過度の一般化を批判する声もあるが、自らの学問を一般化して他の領域に適用することから得られるものは少なくないはずである。本書を読んでいてこれまでは考えたこともなかった多くの点に気づかされた思いである。
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全存在界のゼロ・ポイント
2025年5月10日に日本でレビュー済み本書には次のような文章が書かれています。
不思議なことに、万有の唯一の窮極的「本質」である「太極」は、同時にまた、あらゆる事物の「本質」が無に帰して消滅してしまう無「本質」の一点、全存在界のゼロ・ポイント、「無極」でもあるのだ。
このゼロ・ポイントに関して、田坂広志氏の「死は存在しない」という本には、次のような文章が書かれています。
「神」や「仏」や「天」とは、「ゼロポイント・フィールド」に他ならない。(中略)そして、もし、そうであるならば、昔から、世界の様々な宗教において「祈祷」や「祈願」、「ヨガ」や「座禅」や「瞑想」と呼ばれ、実践されてきた諸種の技法は、実は、この「ゼロポイント・フィールド」に繋がるための「心の技法」に他ならない。
このことに関して、末期ガンから奇跡的に生還されたアニータの「喜びから人生を生きる!」という本にも、次のような文章があります。
“中心にいる”ということは、自分の宇宙の中心にいて、自分の居場所に気づいているということです。そこは、私たちがいつもいる唯一の場所です。その中心にいて、自分があらゆるものの中心だと感じることが大切なのです。(中略)さらに私は、人はみんな、宇宙と一つであると直感的にわかりました。それゆえ、自分が身体にいる時も、クモの巣状の偉大な宇宙の中心にいると知ったのです。これは、自分のすばらしさや無限の存在とのつながりに気づいたのと同じでした。(中略)自分の内側にある無限の場所ーつまり全体ーとつながれば、病気は身体の中に存在できなくなるのです。
この中心が「ゼロポイント・フィールド」のことだと思いますが「その中心がどこにあるのか?」が、ずっと疑問だったのです。その疑問が氷解したのは、楽禅ヨガ創始者・有野真麻氏の悟りの本と、肥田式強健術創始者・肥田春充氏の「聖中心道」という本のおかげでした。
宇宙につながる中心(ゼロポイント)が、人体のどこにあるかということが、お二人の本にはハッキリと図示されていたからです(その中心をつかむためのボディワークも掲載されています)。
さらに有野氏が急性心不全から奇跡の復活を遂げた秘密もそれであると書かれていたのです。その中心を有野氏は「悟りゲート」と表現し、肥田氏は「聖中心」と表現しています(肥田氏は禅の悟りとはそれを得ることだと述べ、当代随一の禅僧も認めています)。
これらの本を読んだおかげで、より深く本書を理解することができたと思います。アニータの前掲書には「中心につながると誰もが宇宙からの贈り物にアクセスすることができる」とも書かれていますが、それは真実でした。というのも、それ以来、あまりにも多くの奇跡を体験するようになったからです。素晴らしい奇跡と学びを本当にありがとうございます。
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人類の未来への光明を感じる!
2023年1月2日に日本でレビュー済み本書を読むのは三回目になる。読むたびに気づく点が違うということは、読み手として多少進歩しているのだろう。
私には妙な仮説がある。
それは、イランのスーフィズムにおける意識の深層段階の深層部(≒元型、本質)が、ユダヤ教のカバラのセフィロート(≒元型)と似ているということから、この対立する二つの民族は深層のところで響き合えば共鳴し合うのではないか、というものだ。
前者は『イスラーム哲学の原像』に詳しく、後者は『意識と本質』に詳しいので、それぞれを読み比べながら読むということになる。
自らが一次情報を読む力がないため、井筒俊彦氏の頭の中(「元型」を一種独特の「本質」と考える立場)を介して、この仮説を検証してみると、やはり、似ているのである。
ついでに、この本の以下の文によって、さらに宿題を抱えることになってしまった。
1)概念的普遍者ではなく、実存的普遍者としての「本質」が、いかにして実存する個体の個体的「本質」でもありえるのか。言いかえれば、「不易」がいかにして「流行」しえるのか。
2)精神分析におけるマンダラ体験の意義を強調したユングは、密教的教養とはおおよそ無縁の患者が、夢や異常心理状態において、不思議な心象図形を経験し、それを絵画に書くのを見た。それらの絵画が驚くほど密教のマンダラに似ていた。
1)は松尾芭蕉の不易流行、2)は空海の真言密教からの一文になる。
ということで、『意識と本質』の4回目の読書は、松尾芭蕉と空海の真言密教に触れた後になりそうだ。
井筒俊彦氏の本質が元型であるという考えは、ユダヤ教(カバラ)やイスラーム(スーフィズム)だけでなく、本書にもある「易」や「老荘思想」、「不易流行」「真言密教」のすべてを串刺しできる。学問を縦割りで捉えないからこそ生まれた東洋哲学だが、ここらに人類の未来への光明を感じるのは私だけではないだろう。
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意識のゼロポイント
2025年4月14日に日本でレビュー済みすごく勉強になりました。
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本著の全体の構成を認識して読もう!!
2025年4月12日に日本でレビュー済み本著の「意識と本質」の章を読み始め進めると、難しくて分けが判らなくなる。そういう人の為に本著全体の構成を書いてみたい。その前に井筒氏は「意識と本質」は『思想』(岩波書店)に二回ぐらいで終わりにする積もりだったとある(415頁)。事実、「Ⅰ」~「Ⅲ」は型に分類する前の記述で、本質について「マーヒーヤ」と「マウィーヤ」を使って論述している。恐らくここで終わりにする予定だったのではないか。しかし、書き続けざるを得なかったために、71頁に「紛糾する事態を構造的に整理するために、以下私はマーヒーヤ肯定論を三つの主要タイプに分けて記述しようと思う」と宣言している。この文言が重要で、72頁に「マーヒーヤ肯定論」を三つ分けている。以下、三つの型=「第一の型・第二の型・第三の型」に分けて論述している。その構成は次の通りである。
(1)「第一の型」は「Ⅳ」~「Ⅶ」で「本質」肯定論である。但し「Ⅵ」と「Ⅶ」は本質論否定の禅的な思惟の形成について書いてある。なぜ、ここに本質論否定の禅を入れたのか納得がいかない。
(2)次の「第二の型」は「Ⅷ」~「Ⅺ」で「本質」肯定論である。中でも「Ⅷ」と「Ⅸ」は密教的な思惟形成が書いてあり、「Ⅹ」は「元型」的「本質実在論」が書いてある。
(3)最後の「第三の型」は「Ⅻ」で「本質肯定論」である。
以上が構成である。本書の「Ⅰ」と「Ⅹ」は特に重要である。
司馬遼太郎が「私は井筒先生のお仕事を拝見しておりまして、常々、この人は二十人ぐらいの天才らが一人になっているなと存じあげていまして」(司馬遼太郎『十六の話』中公文庫)と言っているが、その通りだと思う。言語だけでも30数言語を使いこなしたと言われる。あの日絨毯につまづきさえしなかったなら、もっと多くの事実を教えて下さったのではないかと思うと、残念で残念でしかたがない。
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著者を尊敬して買いました。
2018年4月25日に日本でレビュー済み読んだけれども、眺めただけに終わってしまったかと思われる。いずれ再読したい。
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本当に素晴らしい
2021年11月28日に日本でレビュー済み確も分かりやすく、意識と本質という壮大なテーマの真理に迫るこの1冊を、母国語である日本語で読めて本当に良かったと思います。
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初心者には、お薦めしません
2019年7月26日に日本でレビュー済み自戒を込めて、断言します。
哲学の世界にあまり詳しくない方は、本書を読むと、おそらく挫折感を味わいます。
文体はさほど難しくないですが、古今東西の哲学、宗教、文芸などを含め、縦横無尽に、いや「共時的」に井筒ワールドが展開されています。
しかし、ひとつひとつが深すぎて、生半可では、読みこなせません。
とはいえ、サルトルの「嘔吐」体験や、本居宣長や芭蕉の句など、断片的にではありますが、感性的に理解できる箇所も少なくありません。
井筒ワールドのあらましを知りたければ、まずは、若松英輔の「井筒俊彦 叡智の哲学」(慶応大学出版会)からはいるのがよろしいかと思います。
「意識と本質」についても1章がさかれ、そこで若松氏は、井筒にとっての「意識」とは、自分の外へ滑り出すこと(「脱自」)であり、「外」で「意識」を待ち構えているのは、「本質」である。脱自と同時に「神充」が起こる。と紹介している。これは観念論ではなく、井筒の個人的体験にも根ざしているとか。
「意識と本質」は、1回読んだ(眺めた?)だけでは、私のような浅学の徒には理解できなかったため。現在は、★4つだが、何年か後には、★5つになっていることを期待したい。
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