安易な投薬が生む薬物依存、患者の人権を無視した隔離・拘束など、精神医療がらみの信じられないニュースが連日メディアを騒がせています。日本の精神医療は、薬にばかり頼った結果、脱出困難な袋小路に入り込み、史上最大級のピンチに陥っています。そんな中、薬物治療偏重の大波にのまれながらも踏み止まり、患者の「こころ」と向き合い続けた名医たちがいます。今回は、発達障害を中心に診療する精神科医、原田剛志さん(パークサイドこころの発達クリニック院長)にお話をうかがいました。
※本記事は佐藤光展の『心の病気はどう治す?』から抜粋・編集したものです。
手首を切ったら境界性人格障害?
発達障害の名医として知られる原田剛志さん。見た目はイカツイですが、情が厚く、悩みを抱える患者たちに全力でぶつかる昭和の熱血漢、といったところでしょうか。あふれるパワーを生かせる職業はたくさんありそうなのに、なぜ精神科医になったのか。そこから質問を始めました。
「子どもの頃の俺は空気を読むのが苦手で、『王様は裸だ』とすぐに言ってしまうタイプでした。だからよく思われなくて浮いてしまって、それでいろいろと悪さもして、『なんでこんなふうになるんだ』という思いがずっとあったんです。高校生の時には、彼女が手首をすぐに切るような状態で、支えているつもりなのに治らない。愛を注いでいるつもりなのに良くならない。これは何なのか。どうすれば良くなるのか。そういう経験が関係したのでしょうね」
原田さんは、1997年に福岡大学医学部を卒業。同大学病院精神神経科に入局して精神分析などを学びました。この頃、各地の精神科病棟には「境界性人格障害」と診断された女性たちが多く入院していました。いわゆるボーダーラインと呼ばれた人たちです。手首をよく切る女性たちが、軒並みボーダーラインと診断されていた時代です。背景に何があるのかを見ずに、主に症状の数で病名を決める米国発の診断基準(DSM)が、日本でも20世紀末から活用されるようになり、杓子定規な診断が増えていきました。安易な病名づけは現在も続いていますが、この当時はボーダーラインがブームだったのです。