コンテンツにスキップ

バラエティ (アメリカ合衆国の雑誌)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Variety (magazine)から転送)
バラエティ
Variety
ジャンル エンターテイメント
刊行頻度 週刊
発売国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
出版社 Penske Media Corporation
ISSN 0042-2738
刊行期間 1905年 - 現在
ウェブサイト variety.com ウィキデータを編集
テンプレートを表示
創刊号表紙

バラエティ』(Variety)は、アメリカ合衆国の出版社ペンスキー・メディア・コーポレーション英語版が発行する、エンターテイメント業界専門の専門誌

どこよりも早く情報を伝える点が特徴の1つに挙げられ、映画業界関係者をはじめ、映画監督やハリウッドスターにも愛読されており、アメリカの芸能人の約90 %に読まれている[1]

1905年12月16日、ニューヨークサイム・シルバーマン英語版によりヴォードヴィル週刊誌『ウィークリー・バラエティ』として創刊された。その後1933年ハリウッドで日刊紙『デイリー・バラエティ』、1998年東海岸向け日刊紙『デイリー・バラエティ・ゴッサム』と電子版『Variety.com』、2007年には電子版の日本語版『バラエティ・ジャパン』がそれぞれ創刊されたが、『デイリー・バラエティ』は、2013年3月18日発売の号をもって廃刊となった。

歴史

[編集]

1916年、「シカゴジャズバンドが結成」と報じた。このことを契機にジャズという言葉が普及していった[2]

1974年12月18日付の号で初めて日本映画が取り上げられ、「千葉真一主演の『激突! 殺人拳』が、1974年11月12日からセントルイスアトランタニューオーリンズワシントンD.Cなど主にアメリカ中南部の都市18館で封切られ、3週間で同時期に上映されていた『エアポート'75』『オデッサ・ファイル』『星の王子さま』などの大作を抑えてベスト5に躍り出た」と紹介された[3]

1997年、掲載の北米(米国・カナダ)映画興行成績を配給収入から興行収入(通常は、配給収入の約2倍の金額)に切り替えた[4]。移行年の1997年には、各映画の配給収入と興行収入が併記された[4]

1940年以降の映画の配給収入の数字を『バラエティ』の年鑑から手に入れることが可能[4]。年鑑は毎年改訂更新が行われ、数年後に配給収入の推測値が修正されることもあった[4]。例えば、公開時『マイ・フェア・レディ』は配給収入3200万ドルとなっていたが、10年後、1200万ドルに下方修正された[4]

菊地凛子は、2007年2月25日に開催された第79回アカデミー賞授賞式に出席した際、現地滞在はわずか4日間だったにもかかわらず、帰国するころにはもう自分のことが記事になって発売されていたというエピソードを明かしている[1]

脚注

[編集]
  1. 1 2 日本テレビNEWS ZERO』2007年10月22日放送回
  2. 下川耿史 著、家庭総合研究会 編『明治・大正家庭史年表:1868-1925』河出書房新社、2000年、413頁。ISBN 4-309-22361-3
  3. 「本家ブルース・リーをしのぐ千葉真一」『報知新聞』報知新聞社、1974年12月27日、朝刊。
  4. 1 2 3 4 5 Finler, Joel Waldo (2003) (英語). The Hollywood Story. Wallflower Press. p. 363. ISBN 978-1-903364-66-6 2024年2月12日閲覧。

外部リンク

[編集]