コンテンツにスキップ

パルマ・カルチョ1913

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(パルマFCから転送)
パルマ・カルチョ1913
原語表記 Parma Calcio 1913 s.r.l.
愛称 Crociati(十字軍騎士)
Ducali(公爵)
Gialloblù(黄と青)
Parmensi(パルマ人)
クラブカラー 白と黒 / 黄と青
創設年 1913年
所属リーグ セリエA
所属ディビジョン 1部(2026-27)
昨季リーグ順位 13位(2025-26)
ホームタウン パルマ
ホームスタジアム
スタディオ・エンニオ・タルディーニ
収容人数 22,352
代表者 アメリカ合衆国の旗 カイル・クラウス(英語版)
監督 スペインの旗 カルロス・クエスタ(英語版)
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ

パルマ・カルチョ1913(イタリア語: Parma Calcio 1913)は、イタリア・エミリア=ロマーニャ州パルマに本拠地を置くサッカークラブ。

歴史

[編集]

1913年7月27日、パルマ公国出身の音楽家ジュゼッペ・ヴェルディの名を取り、ヴェルディ・フットボール・クラブ (Verdi Football Club) として創設。

パルマAC

[編集]
パルマACのロゴ(1968年)

1968年にパルマAC (Parma Associazione Calcio s.p.a.) に改称。1985年にアリゴ・サッキを監督に招聘し、セリエBへと昇格[1]。サッキは1987年に退団したが、チームは以降もセリエBに留まり続けた。1989年にネヴィオ・スカラが監督に就任、1990年にパルマの食品会社パルマラット代表のカリスト・タンツィ(英語版)がオーナーに就任。1990-91シーズンからチームは初めてセリエAへ昇格[2]、セリエAの舞台で戦うための戦力として、ジョルジュ・グルン、トマス・ブロリン、セリエA史上初の外国人GKとなったクラウディオ・タファレルと3人の外国人選手を獲得した[3]。

1991-92シーズン、アルベルト・ディ・キアーラを補強、ディ・キアーラは1992年にイタリア代表に選出され、チームが排出した初の代表選手となった[4]。このシーズンのコッパ・イタリア決勝でユヴェントスを破り、クラブ初のメジャータイトルを獲得した[2]。1992-93シーズン、新たな外国人選手、ファウスティーノ・アスプリージャ、セルヒオ・ベルティを補強、当時無敗記録を続けていたACミランの無敗記録を止めると、このシーズン、決勝でロイヤル・アントワープを破って初の欧州タイトルとなるUEFAカップウィナーズ・カップを制した[2]。1993-94シーズン、ACミランを破ってUEFAスーパーカップを制した。カップウィナーズカップでは決勝でアーセナルに0-1で敗れた。

1994-95シーズン、フェルナンド・コウト、ディノ・バッジョ、ロベルト・ムッシらを補強し、リーグ戦では終盤までユヴェントスと優勝を争ったが失速し3位。一方でヨーロッパの舞台では、D・バッジョの活躍でユヴェントスを破ってUEFAカップを制した[5]。

1995-96シーズン、フリスト・ストイチコフ、フィリッポ・インザーギ、ファビオ・カンナヴァーロらを獲得したが、成績は思わしくなく、このシーズンでスカラが退任した。 1996-97シーズン、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポ、 リリアン・テュラムらを獲得、途中ジャンフランコ・ゾラがシーズン途中に退団したが[6]、リーグ戦では最後までユヴェントスと優勝を争うが、勝ち点2差で2位に終わった。

1998-99シーズン、マレサーニが率いたチームは、フアン・セバスティアン・ベロン、リリアン・テュラム、ディエゴ・フゼールらの大型補強を行い、コッパ・イタリア、UEFAカップの2冠を獲得した。2001-02シーズン、中田英寿、セバスティアン・フレイらが加入。コッパ・イタリア決勝でユヴェントスと対戦、2戦合計2-2ながらアウェイゴール差で優勝を果たした[7]。

パルマFC

[編集]

2003年にパルマラットが破産、クラブは破産管財人の管理下に置かれ、財政難から主力選手たちが続々とチームを去った[7]。2004年にパルマFC (Parma Football Club SpA) に改称。2005年に前レアル・マドリード会長のロレンソ・サンスが買収を試みるも、資金不足が露呈し買収は不成立。また、スイスの起業家であるガエターノ・バレンツァや、ACカルペネドロ(英語版)の元オーナーで鉄鋼業を営むトンマゾ・ギラルディ(英語版)などの名前が挙がり、競売の末に2007年1月24日にギラルディが買収した。

2007-08シーズンにセリエBに降格したが、2008-09シーズンは、フランチェスコ・グイドリン監督の下で、1年でセリエAへ復帰した。

2013-14シーズンに創立100周年を迎え、エンブレムに「100」を加えた。リーグ戦は6位となりUEFAヨーロッパリーグへの出場権を獲得したが、所得税の納付遅延を理由にイタリアサッカー連盟はUEFAライセンスを認可せず、リーグ戦7位のトリノFCが繰り上がりで出場した[8]。この決定を不服としたギラルディは、会長職の辞任とクラブの売却を表明した[9]。

2014年12月にロシア・キプロスの複合企業に買収された[10] が、財政難は解消されず、給料未払いを理由にアントニオ・カッサーノ、フェリペら合計8人の選手が2014-15シーズンの冬に移籍した[11]。

2015年2月、ジャンピエトロ・マネンティがクラブを買収して会長に就任[11] したが、2月22日のウディネーゼ・カルチョ戦の試合開催費用が払えず(試合は延期)、資金の逼迫が表面化[12]。3月19日に破産を申請した。負債総額は2億1,844万6,754.61ユーロ(約281億円)[13]。なお、破産後も公式戦は開催された[14]。

経営面でのサポートを請け負ったデメトリオ・アルベルティーニは、2015-16シーズンにセリエBからスタートできるように手を尽くすとした[15] が、6月22日午後2時の締め切り時刻までに負債の弁済に目処が付かなかったため破産が確定し、「パルマFC」は消滅した[16]。

「パルマFC」の消滅に伴い所属選手は、全員リーグの規定により自由契約(移籍金発生なし)となった。同様の事例としてACFフィオレンティーナ(2002年)、SSCナポリ(2004年)がある[17]。

SSDパルマ・カルチョ1913

[編集]

2015年7月、ネヴィオ・スカラが代表者となってSSDパルマ・カルチョ1913 (Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913) が創設され、セリエD(4部)へ所属することとなった[18]。

2015-2016シーズンは、28勝10分0敗の成績で優勝し、レガ・プロ(3部)へ自動昇格した[19]。2016-2017シーズンはレガ・プロのジローネBで2位となり、昇格プレーオフに進出。プレーオフ決勝ではUSアレッサンドリア・カルチョ1912に勝利して、セリエBへの昇格を決めた[20]。

2017年6月、中国のデスポルツ(Desports)グループがクラブの株式の6割を取得した[21]。これによりリーガ・エスパニョーラのグラナダCFも保有するデスポルツグループがオーナーとなり、クラブの会長には代表の蒋立章(英語版)(Jiang Lizhang)が就任した。2017年7月にはクラブOBで歴代最多得点者である元アルゼンチン代表のエルナン・クレスポが副会長に就任することが発表された。

2017-18シーズンのリーグ最終節で、スペツィア・カルチョを2-0で下したことで2位となり、3シーズンぶりにセリエAへ復帰することが決定した[22] が、その試合前にFWエマヌエーレ・カライオ(イタリア語版)がスペツィアの2選手に「激しいコンタクトプレーは避けてくれ」とテキストメッセージを送ったことが八百長行為であるとイタリアサッカー連盟がイタリア連邦裁判所に提訴、7月23日、同裁判所により八百長が認定され、カライオ本人には2年間の出場停止と罰金2万ユーロ、クラブには2018-19シーズン開幕時に勝点5を減点する厳罰が科された。クラブはこの判決を不服とし、即座に再審請求を行った[23]。その後、イタリアサッカー連盟は勝点5を減点する処分を撤回し、カライオに対する2年間の出場停止も4か月に期間が短縮された。勝ち点減点が取り消される代わりに、クラブに対しては2万ユーロの罰金、そしてカライオには3万ユーロの罰金処分が発表された[24]。

2024年7月15日、ベルギー1部シント=トロイデンVVから鈴木彩艶が完全移籍で加入[25]。

タイトル

[編集]

国内タイトル

[編集]

国際タイトル

[編集]

過去の成績

[編集]
シーズン リーグ戦 コッパ・イタリア
ディビジョン試勝分敗得失点順位
1945-46 セリエB2212463620283位
1946-47 4014101641453814位
1947-48 34121483328387位
1948-49 4212131742593719位
1949-50 セリエC・ジローネB40219106428522位
1950-51 38217105732493位
1951-52 34211037524522位
1952-53 34148124731366位
1953-54 3417984523431位
1954-55 セリエB3481793740339位
1955-56 341081636462815位
1956-57 349131233383112位
1957-58 345141525492418位
1958-59 3810121641643218位2回戦敗退
1959-60 389161338503414位ベスト32
1960-61 3812111536363513位ベスト32
1961-62 389171225333512位1回戦敗退
1962-63 3812111532443513位1回戦敗退
1963-64 388161431433215位ベスト16
1964-65 38792223542320位ベスト16
1965-66 セリエC・ジローネA343191215282517位
1966-67 セリエD・ジローネC34141193929396位
1967-68 セリエD・ジローネB341014102823346位
1968-69 348131321312914位
1969-70 3423654015521位
1970-71 セリエC・ジローネA381413115039415位
1971-72 セリエC・ジローネB38171654826402位
1972-73 セリエC・ジローネA38191454015521位
1973-74 セリエB38101993932395位GS敗退
1974-75 389151430373020位GS敗退
1975-76 セリエC・ジローネA38161484225462位
1976-77 セリエC・ジローネB38161484633462位
1977-78 38161485037464位
1978-79 セリエC1・ジローネA34161264316482位
1979-80 セリエB387131827492719位GS敗退
1980-81 セリエC1・ジローネA348141225323013位
1981-82 34913123032319位
1982-83 341014102826346位
1983-84 34181244720481位GS敗退
1984-85 セリエB386141825472618位準々決勝敗退
1985-86 セリエC1・ジローネA34161533914471位GS敗退
1986-87 セリエB38111893026407位準々決勝敗退
1987-88 38920933333811位ベスト16
1988-89 3882192931379位GS敗退
1989-90 38161484930464位1回戦敗退
1990-91 セリエA34131293531386位2回戦敗退
1991-92 34111673228386位優勝
1992-93 3416994734413位準々決勝敗退
1993-94 34177105035415位準決勝敗退
1994-95 3418975131633位準優勝
1995-96 34161084431585位2回戦敗退
1996-97 3418974126632位2回戦敗退
1997-98 34151275539575位準決勝敗退
1998-99 34151095536554位優勝
1999-2000 34161085237585位ベスト16
2000-01 34168105131564位準優勝
2001-02 341281443474410位優勝
2002-03 34151185536565位2回戦敗退
2003-04 34161085746585位準々決勝敗退
2004-05 3810121648654217位ベスト16
2005-06 38129174660457位ベスト16
2006-07 3810121641564212位準々決勝敗退
2007-08 387131842623419位ベスト32
2008-09 セリエB42191946534762位ベスト32
2009-10 セリエA381410144651528位ベスト32
2010-11 3811131439474612位準々決勝敗退
2011-12 381511125453568位ベスト32
2012-13 3813101545464910位ベスト16
2013-14 381513105846586位ベスト16
2014-15 38682433751920位準々決勝敗退
2015-16 セリエD・ジローネD38281008217941位
2016-17 レガ・プロ・ジローネB38201085536702位
2017-18 セリエB42219125737852位2回戦敗退
2018-19 セリエA3810111741614114位3回戦敗退
2019-20 381471756574911位ベスト16
2020-21 383112439832020位ベスト16
2021-22 セリエB3811161148434912位2回戦敗退
2022-23 381710114839604位ベスト16
2023-24 38211346635761位ベスト16
2024-25 セリエA387151644583616位1回戦敗退
2025-26 3811121528464513位ベスト16
2026-27 38位

欧州の成績

[編集]
シーズン 大会 ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
1991-92 UEFAカップ 1回戦 ブルガリアの旗 CSKAソフィア 1–1 0–0 1–1 (a)
1992-93 UEFAカップウィナーズカップ 1回戦 ハンガリーの旗 ウーイペシュト 1–0 1–1 2–1
2回戦 ポルトガルの旗 ボアヴィスタ 0–0 2–0 2–0
準々決勝 チェコスロバキアの旗 スパルタ・プラハ 2–0 0–0 2–0
準決勝 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 0–1 2–1 2–2 (a)
決勝 ベルギーの旗 ロイヤル・アントワープ 3–1
1993 UEFAスーパーカップ イタリアの旗 ミラン 0–1 2–0
(a.e.t.)
2–1
1993-94 UEFAカップウィナーズカップ 1回戦 スウェーデンの旗 デーゲルフォシュ 2–0 2–1 4–1
2回戦 イスラエルの旗 マッカビ・ハイファ 0–1 1–0 1–1
(3–1 p)
準々決勝 オランダの旗 アヤックス 2–0 0–0 2–0
準決勝 ポルトガルの旗 ベンフィカ 1–0 1–2 2–2 (a)
決勝 イングランドの旗 アーセナル 0–1
1994-95 UEFAカップ 1回戦 オランダの旗 フィテッセ 2–0 0–1 2–1
2回戦 スウェーデンの旗 AIK 2–0 1–0 3–0
3回戦 スペインの旗 アスレティック・ビルバオ 4–2 0–1 4–3
準々決勝 デンマークの旗 OB 1–0 0–0 1–0
準決勝 ドイツの旗 バイエル・レバークーゼン 3–0 2–1 5–1
決勝 イタリアの旗 ユヴェントス 1–0 1–1 2–1
1995-96 UEFAチャンピオンズリーグ 1回戦 アルバニアの旗 テウタ・ドゥラス 2–0 2–0 4–0
2回戦 スウェーデンの旗 ハルムスタッズ 4–0 0–3 4–3
準々決勝 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 1–0 1–3 2–3
1996-97 UEFAカップ 1回戦 ポルトガルの旗 ヴィトーリア 2–1 0–2 2–3
1997-98 UEFAチャンピオンズリーグ 1回戦 ポーランドの旗 ヴィジェフ・ウッチ 4–0 3–1 7–1
グループA チェコの旗 スパルタ・プラハ 2–2 0–0 2位
トルコの旗 ガラタサライ 2–0 1–1
ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 1–0 0–2
1998-99 UEFAカップ 1回戦 トルコの旗 フェネルバフチェ 3–1 0–1 3–2
2回戦 ポーランドの旗 ヴィスワ・クラクフ 2–1 1–1 3–2
3回戦 スコットランドの旗 レンジャーズ 3–1 1–1 4–2
準々決勝 フランスの旗 ボルドー 6–0 1–2 7–2
準決勝 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 2–1 3–1 5–2
決勝 フランスの旗 マルセイユ 3–0
1999-00 UEFAチャンピオンズリーグ 予選3回戦 スコットランドの旗 レンジャーズ 1–0 0–2 1–2
UEFAカップ 1回戦 ウクライナの旗 クルィヴバス・クルィヴィーイ・リーフ 3–2 3–0 6–2
2回戦 スウェーデンの旗 ヘルシンボリ 1–0 3–1 4–1
3回戦 オーストリアの旗 シュトゥルム・グラーツ 2–1 3–3
(a.e.t.)
5–4
4回戦 ドイツの旗 ヴェルダー・ブレーメン 1–0 1–3 2–3
2000-01 UEFAカップ 1回戦 北マケドニア共和国の旗 ポベダ・プリレプ 2–0 4–0 6–0
2回戦 クロアチアの旗 ディナモ・ザグレブ 2–0 0–1 2–1
3回戦 ドイツの旗 1860ミュンヘン 2–2 2–0 4–2
4回戦 オランダの旗 PSV 3–2 1–2 4–4 (a)
2001-02 UEFAチャンピオンズリーグ 予選3回戦 フランスの旗 リール 0–2 1–0 1–2
UEFAカップ 1回戦 フィンランドの旗 HJK 1–0 2–0 3–0
2回戦 オランダの旗 ユトレヒト 0–0 3–1 3–1
3回戦 デンマークの旗 ブレンビー 1–1 3–0 4–1
4回戦 イスラエルの旗 ハポエル・テルアビブ 1–2 0–0 1–2
2002-03 UEFAカップ 1回戦 ロシアの旗 CSKAモスクワ 3–2 1–1 4–3
2回戦 ポーランドの旗 ヴィスワ・クラクフ 2–1 1–4
(a.e.t.)
3–5
2003-04 UEFAカップ 1回戦 ウクライナの旗 メタルルフ・ドネツィク 3–0 1–1 4–1
2回戦 オーストリアの旗 アウストリア・ザルツブルク 5–0 4–0 9–0
3回戦 トルコの旗 ゲンチレルビルリイ 0–1 0–3 0–4
2004-05 UEFAカップ 1回戦 スロベニアの旗 マリボル 3–2 0–0 3–2
グループB スペインの旗 アスレティック・ビルバオ N/A 0-2 3位
ルーマニアの旗 ステアウア・ブカレスト 1-0 N/A
ベルギーの旗 スタンダール・リエージュ N/A 1-2
トルコの旗 ベシクタシュ 3-2 N/A
ラウンド32 ドイツの旗 シュトゥットガルト 0–0 2–0 2–0
ラウンド16 スペインの旗 セビージャ 1–0 0–0 1–0
準々決勝 オーストリアの旗 アウストリア・ウィーン 0–0 1–1 1–1 (a)
準決勝 ロシアの旗 CSKAモスクワ 0–0 0–3 0–3
2006-07 UEFAカップ 1回戦 ロシアの旗 ルビン・カザン 1–0 1–0 2–0
グループD デンマークの旗 OB N/A 2-1 1位
オランダの旗 ヘーレンフェーン 2-1 N/A
フランスの旗 ランス N/A 2-1
スペインの旗 オサスナ 0-3 N/A
ラウンド32 ポルトガルの旗 ブラガ 0–1 0–1 0–2

現所属メンバー

[編集]
2026年9月2日現在[27]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
3 DF セネガル アブドゥライ・ンジャイ ★
4 MF スイス ヴァンサン・シエロ
5 DF アルゼンチン ラウタロ・バレンティ ()
7 FW スペイン ウスマン・ディアロ(英語版) ()
8 MF アメリカ合衆国 ベンハミン・クレマスキ ()
9 FW アルゼンチン ダビド・ロメロ(英語版) ★
10 MF スペイン アドリアン・ベルナベ
11 FW スウェーデン ポントゥス・アルムクヴィスト
14 DF イタリア エマヌエーレ・ヴァレーリ
15 DF イタリア エンリコ・デル・プラート
16 MF ベルギー マンデラ・ケイタ ()
19 FW マリ共和国 エル・ビラル・トゥーレ ()
20 FW クロアチア マティヤ・フリガン
22 GK イタリア シモーネ・ギドッティ(英語版)
No. Pos. 選手名
23 FW フランス ネスタ・エルフェージュ(英語版) ()
25 FW アルゼンチン トマス・デ・マルティス(英語版) ★
27 DF スイス サシャ・ブリッチギ(英語版) ()
29 DF アルゼンチン フランコ・カルボーニ ()
30 GK イタリア ジョヴァンニ・ダッファーラ(英語版)
32 MF アルゼンチン クリスティアン・オルドニェス(英語版) ()★
34 DF ブラジル ジエゴ・カルロス ()
37 DF アルゼンチン マリアーノ・トロイロ(英語版) ★
40 GK イタリア エドアルド・コルヴィ
41 MF イタリア ハンズ・ニコルッシ・カヴィーリャ
47 MF セネガル アブドゥ=サラム・コナテ ()
72 DF スロベニア ドミニク・ドロブニッチ
76 MF イタリア シモーネ・ロンターニ(英語版)
80 MF イタリア ジョヴァンニ・ファッビアン

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

※は現キャプテン

※6番はアレッサンドロ・ルカレッリ 永久欠番。

ローン移籍

[編集]
in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
19 FW マリ共和国 エル・ビラル・トゥーレ (アタランタ)
25 FW アルゼンチン トマス・デ・マルティス(英語版) (ラヌース)
No. Pos. 選手名
34 DF ブラジル ジエゴ・カルロス (フェネルバフチェ)
80 MF イタリア ジョヴァンニ・ファッビアン (フィオレンティーナ)
out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
-- GK イタリア フィリッポ・リナルディ(英語版) (カターニア)
-- DF ドミニカ共和国 マルロン・メナ(英語版) (アレッツォ)
-- DF イタリア ニコラス・トラブッキ (ドロミーティ・ベッルネージ)
-- MF イタリア アレッサンドロ・カルディナーリ (スペツィア)
-- MF イタリア ラシッド・コウダ(英語版) (マントヴァ)
-- MF イタリア エリーア・プリッコ (サンベネデッテーゼ)
-- MF デンマーク オリヴァー・ソーレンセン(英語版) (セルティック)
No. Pos. 選手名
-- MF イタリア エドアルド・ティガーニ (オスピタレット)
-- FW ポーランド マテウシュ・コヴァルスキ(英語版) (ドロミーティ・ベッルネージ)
-- FW ポーランド ダニエル・ミコワイェフスキ(英語版) (ルツェルン)
-- FW スウェーデン ヤコブ・オンドレイカ (フローニンゲン)
-- FW ラトビア ダリオ・シッツ(英語版) (ドルトレヒト)
-- FW モロッコ アイメン・ズイン (カーザ・ピア)

歴代監督

[編集]

歴代所属選手

[編集]

GK

[編集]

DF

[編集]

MF

[編集]

FW

[編集]

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. ↑ “Arrigo Sacchi, il 'Profeta di Fusignano' che ha rivoluzionato il calcio italiano: dal grande Milan alla Nazionale”. GOAL (2023年4月1日). 2023年8月15日閲覧。
  2. 1 2 3 “Nevio Scala: "Il mio Parma stima reciproca e tanta intensità"”. 2023年9月7日閲覧。
  3. ↑ “Le grandi trattative del Parma - 1990, lo sconosciuto Brolin strega Scala al Mondiale italiano”. Tutto Mercato (2020年5月13日). 2023年9月27日閲覧。
  4. ↑ “La storia del Parma calcio, dalla sua fondazione (1913) ad oggi: rose, classifiche, fotografie e cronaca di ogni stagione.” (イタリア語). Perjalanan Tim Parma Liga Calcio Italy. 2011年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月29日閲覧。
  5. ↑ “Mengenal Baggio Lain Yang Ada Di Italia”. GOAL (2022年3月18日). 2023年8月1日閲覧。
  6. ↑ “Enrico Chiesa, il bomber di Mignanego che faceva impazzire i difensori”. GOAL (2022年12月29日). 2023年9月7日閲覧。
  7. 1 2 “Junior, il campione del mondo che diede al Parma l'ultimo trofeo: oggi ha un ristorante”. GOAL (2022年1月20日). 2023年9月27日閲覧。
  8. ↑ “パルマ、欧州L出場権剥奪”. 日刊スポーツ. 2014年5月31日. 2014年6月1日閲覧.
  9. ↑ “パルマ会長が激怒しクラブ売却へ「恥を知れ。私は自分の村に戻る」”. サンケイスポーツ. 2014年5月31日. 2014年6月1日閲覧.
  10. ↑ “財政難のパルマ、クラブの売却がようやく決定”. Qoly Football Web Magazine (2014年12月12日). 2015年2月10日閲覧。
  11. 1 2 “瀕死の名門 2カ月間で2度も1ユーロで売却されたパルマ”. SoccerMagazine ZONE WEB (2015年2月10日). 2015年2月10日閲覧。
  12. ↑ “クラブ存続危機か…パルマ、試合開催費用捻出できず延期決定”. ゲキサカ (2015年2月21日). 2015年2月22日閲覧。
  13. ↑ “名門の凋落…パルマの破産が決定 負債総額は281億円”. ゲキサカ (2015年3月20日). 2015年3月20日閲覧。
  14. ↑ “失う物はないパルマ、ドローの次は勝利…ウディネーゼを下す”. goal.com. 2015年4月9日. 2015年6月23日閲覧.
  15. ↑ “アルベルティーニ氏、パルマ支援に尽力「セリエBからの再出発に全力尽くす」”. サンケイスポーツ. 2015年4月4日. 2015年6月23日閲覧.
  16. ↑ “パルマが破産発表。来季からアマリーグの4部へ”. フットボールチャンネル. 2015年6月22日. 2015年6月23日閲覧.
  17. ↑ “セリエAの名門パルマが破産 来季アマリーグ出直し”. 日刊スポーツ (2015年6月24日). 2015年7月23日閲覧。
  18. ↑ “パルマ破産から4ヶ月……新クラブ「パルマ1913」が4部から再出発”. フットボールチャンネル (2015年7月28日). 2015年8月17日閲覧。
  19. ↑ “破産のパルマ、4部でスゴかった!無敗でグループ優勝→3部に昇格”. Qoly (2016年5月13日). 2017年6月18日閲覧。
  20. ↑ “破産でセリエDに降格していたパルマ、2シーズン連続昇格でセリエBへ!”. SoccerKING (2017年6月18日). 2017年6月18日閲覧。
  21. ↑ “破産から急上昇中のパルマ、中国資本が筆頭株式に”. サッカーキング (2017年6月22日). 2017年7月14日閲覧。
  22. ↑ パルマのセリエA昇格が決定…2015年の破産、4部再スタートからわずか3年で1部復帰 - Goal.com 2018年5月19日
  23. ↑ “セリエAに激震! 昇格組パルマがイタリア人FWの「八百長認定」で勝点はく奪!”. サッカーダイジェストweb. 日本スポーツ企画出版社 (2018年7月24日). 2018年7月24日閲覧。
  24. ↑ “八百長疑惑パルマの勝ち点剥奪処分が撤回に、関与選手も処分短縮”. AFP通信 (2018年8月10日). 2020年6月20日閲覧。
  25. ↑ “21歳の日本代表GK鈴木彩艶がセリエAパルマに完全移籍! かつてブッフォンがゴールを守ったクラブで新たな挑戦”. サッカーダイジェストWeb. 日本スポーツ企画出版社 (2024年7月16日). 2026年6月26日閲覧。
  26. ↑ イタリア勢のEL制覇は、パルマから四半世紀経過した2023-24シーズンにアタランタBCが達成するまでなかった。
  27. ↑ “Parma Squdra Maschile”. 2026年9月22日閲覧。

外部リンク

[編集]