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ムナ山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ムナ山(ムナさん、モンゴル語: ᠮᠣᠨᠠ
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キリル文字転写: Муна уул)は、中華人民共和国内モンゴル自治区西部、陰山山脈に属する山である。モンゴル語で古くより「ムナ・オーラ(Muna aγula)、オーラは山の意」として知られていたが、現在は後半を漢字表記した烏拉山としても知られている[1]

概要

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ムナ山は陰山山脈の中でも黄河北岸に近接する位置にあり、行政区画上は内モンゴル自治区バヤンノール市ウラド前旗から包頭市まで延び、東西の長さは94キロメートル、南北の幅は20キロメートルである。ムナ山の平均標高は1900~2000メートルで、主峰は標高2324メートルである。南麓は急峻で植生はまばらだが、北斜面は緩やかで草木が繁茂している。

古くよりモンゴル高原の遊牧民が拠点とした地として知られており、漢文史料の『周書突厥伝や『唐書郭子儀伝では「木頼山」、『遼史』地理志では「牟那山」、『元史』文宗本紀では「木納火失温」、『明実録』では「母納山」などと表記される[1]。『蒙古源流』などのモンゴル年代記ではムナ・ハン(Muna qan、モンゴル語でハンは山の意味でも用いられた)とも表記され、遠征先の西夏で死去したチンギス・カンの遺体がモンゴル高原に向かう途上に通った地として言及される[2]

歴史上ではモンゴル高原中央部での政争に敗れた勢力が逃げ込む地とされることが多く、オイラトトゴン太師に敗れたアルクタイ太師や、後金ホンタイジに敗れた内モンゴルの部衆がムナ山に逃れたとの記録がある[1]

脚注

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  1. 1 2 3 烏蘭 1998, p. 42.
  2. 烏蘭 1998, p. 41.

参考文献

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  • 烏蘭「17世紀蒙古文史書中的若干地名考」『中国辺疆史地研究』、1998年第4期