五行川
| 五行川/勤行川 | |
|---|---|
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| 水系 | 一級水系 利根川 |
| 種別 | 一級河川 |
| 延長 | 52.4[1] km |
| 平均流量 | -- m3/s |
| 流域面積 | 239.4[1] km2 |
| 水源 | 栃木県さくら市 |
| 水源の標高 | -- m |
| 河口・合流先 | 小貝川(茨城県筑西市) |
| 流域 | 栃木県、茨城県 |
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| 別名・勤行川(ごんぎょうがわ) | |
五行川(ごぎょうがわ)または勤行川(ごんぎょうがわ)は、関東平野北部を北から南へと流れる一級河川。利根川水系小貝川の支流である。
地理
[編集]歴史
[編集]往古鬼怒川は栃木県さくら市の旧氏家町付近を流れていた。江戸時代、徳川家康の命で利根川の流れを付け替えた際、利根川を鬼怒川に迎え入れるにあたり、鬼怒川の流路も変えて現在の形になる。以降も鬼怒川の水が伏流水となって氏家町の各所に湧き出ており、これが五行川をはじめ、大沼川・冷子川・井沼川などの水源となった。現在の五行川は、江戸時代に鬼怒川からの開削により作られた下野最大の用水「市の堀用水」の支流用水を主な水源としている。
名称
[編集]仙台伊達藩が祖先の遺跡を調査した『延宝5年(1677年)処々見回覚書』には「観音寺[2]の東に流れ申候。観音寺法華三昧の時、この川にて垢離仕り候ゆえ、勤行川と申候」とあり、勤行川とされ、別名として五行川をあげている。
『元禄7年(1694年)蒔田、野、国府田、上中山4ヶ村と落合村の水論に関する幕府評定所裁定絵図』には御行川・五行川とある。
現在でも茨城県内に入ると、勤行川と表記されることが多い。
流域の文化・習俗
[編集]五行川流域では、河川と地域社会との関わりを背景として、灯ろう流しや鮭の遡上に関連した活動などが行われている。
灯ろう流し
[編集]- 勤行川の灯ろう流し
筑西市下館地区の金井町側を流れる勤行川(五行川)で行われる灯ろう流し。1923年(大正12年)の関東大震災による犠牲者を供養するために始まったとされる。2006年の『広報筑西』では、震災から83年目にあたる同年にも開催されたことが記録されている。 現在も夏の行事として開催されており、2013年には「第90回灯ろう流し」が勤行川特設流し場(金井町側)で開催された。
鮭に関する活動
[編集]- 鮭の遡上と関連活動
勤行川(五行川)では、秋から冬にかけて鮭の遡上が見られ、筑西市は「鮭が帰ってくるまち、筑西市」としてその保全・観察を観光資源の一つとして紹介している。遡上はおおむね10月下旬から12月上旬にかけて見られ、11月中旬頃がピークとされる。 筑西市では、鮭の遡上観察のほか、鮭の生態について学ぶ催しや河川周辺の清掃活動なども行われている。
流域の自治体
[編集]支流
[編集]- 冷子川
- 井沼川
- 野元川
- 行屋川
- 江川
橋梁
[編集]栃木県
- 五行橋(国道293号)
- はなわ橋
- 烏山線
- 五行橋(栃木県道10号宇都宮那須烏山線)
- 太田橋
- 五行橋(栃木県道176号杉山石末線)
- 両郡橋(栃木県道64号宇都宮向田線)
- 名称不明
- 金井橋
- 五行橋(栃木県道69号宇都宮茂木線)
- 天神延生橋
- 奈賀橋
- 五行橋(栃木県道165号上根北長島線)
- 小太郎内橋
- 五行橋(国道123号)
- 前田橋
- 拝望橋
- 東漆原橋
- 若橋
- 御堂橋
- 両国橋
- 昭和橋
- 花の木橋(国道121号)
- 犬主内橋
- 田島大橋
- 三石橋
- 中郷橋
- 神明橋
- 五行川橋梁(真岡鐵道真岡線)
- 御橋(栃木県道61号真岡那須烏山線)
- なかよし学童橋
- あさひ橋
- 妹内橋
- 長瀬橋(茨城県道・栃木県道257号西小塙真岡線)
- 田町橋(茨城県道・栃木県道45号つくば真岡線)
- 三の宮橋
- 鷲宮橋(国道294号
- 湯前橋
- 北関東自動車道
- 横田橋
- 高畦橋(栃木県道187号物井寺内線)
- 五行さくら大橋
- 小城橋
- 車橋
- 石島大橋
- 大根田橋(栃木県道166号西田井二宮線)
茨城県
- 桂橋(茨城県道・栃木県道216号岩瀬二宮線)
- 天王橋
- 上野橋(こうづけばし)
- 蒔田橋(まくだばし)
- 上中山橋
- ふるさと勤行川橋
- 高島橋
- 中館さくら大橋(国道50号下館バイパス)
- 仙在橋
- 仙在大橋
- 新橋
- 大橋
- 勤行大橋(ごんぎょうおおはし)(茨城県道7号石岡筑西線)
- 中島橋(茨城県道7号石岡筑西線)
- 大和橋
- 水戸線
- 下岡橋
- 田谷堰橋
- 東榎生橋(ひがしよのうばし)


