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五行川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
五行川/勤行川
五行川(茨城県筑西市)
水系 一級水系 利根川
種別 一級河川
延長 52.4[1] km
平均流量 -- m3/s
流域面積 239.4[1] km2
水源 栃木県さくら市
水源の標高 -- m
河口・合流先 小貝川(茨城県筑西市)
流域 栃木県、茨城県

地図

地図

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 別名・勤行川(ごんぎょうがわ)
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五行川(ごぎょうがわ)または勤行川(ごんぎょうがわ)は、関東平野北部を北から南へと流れる一級河川。利根川水系小貝川の支流である。

地理

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栃木県さくら市の旧氏家町に源を発し南へ流れ、茨城県筑西市で小貝川へ合流する。

歴史

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往古鬼怒川は栃木県さくら市の旧氏家町付近を流れていた。江戸時代、徳川家康の命で利根川の流れを付け替えた際、利根川を鬼怒川に迎え入れるにあたり、鬼怒川の流路も変えて現在の形になる。以降も鬼怒川の水が伏流水となって氏家町の各所に湧き出ており、これが五行川をはじめ、大沼川・冷子川・井沼川などの水源となった。現在の五行川は、江戸時代に鬼怒川からの開削により作られた下野最大の用水「市の堀用水」の支流用水を主な水源としている。

名称

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仙台伊達藩が祖先の遺跡を調査した『延宝5年(1677年)処々見回覚書』には「観音寺[2]の東に流れ申候。観音寺法華三昧の時、この川にて垢離仕り候ゆえ、勤行川と申候」とあり、勤行川とされ、別名として五行川をあげている。

『元禄7年(1694年)蒔田、野、国府田、上中山4ヶ村と落合村の水論に関する幕府評定所裁定絵図』には御行川・五行川とある。

現在でも茨城県内に入ると、勤行川と表記されることが多い。

流域の文化・習俗

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五行川流域では、河川と地域社会との関わりを背景として、灯ろう流しや鮭の遡上に関連した活動などが行われている。

灯ろう流し

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  • 勤行川の灯ろう流し

筑西市下館地区の金井町側を流れる勤行川(五行川)で行われる灯ろう流し。1923年(大正12年)の関東大震災による犠牲者を供養するために始まったとされる。2006年の『広報筑西』では、震災から83年目にあたる同年にも開催されたことが記録されている。 現在も夏の行事として開催されており、2013年には「第90回灯ろう流し」が勤行川特設流し場(金井町側)で開催された。

鮭に関する活動

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  • 鮭の遡上と関連活動

勤行川(五行川)では、秋から冬にかけて鮭の遡上が見られ、筑西市は「鮭が帰ってくるまち、筑西市」としてその保全・観察を観光資源の一つとして紹介している。遡上はおおむね10月下旬から12月上旬にかけて見られ、11月中旬頃がピークとされる。 筑西市では、鮭の遡上観察のほか、鮭の生態について学ぶ催しや河川周辺の清掃活動なども行われている。

流域の自治体

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栃木県
さくら市、塩谷郡高根沢町、芳賀郡芳賀町、真岡市
茨城県筑西市
筑西市

支流

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  • 冷子川
  • 井沼川
  • 野元川
  • 行屋川
  • 江川

橋梁

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栃木県

茨城県

関連項目

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脚注

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  1. 1 2 鬼怒川・小貝川の紹介 - 国土交通省関東地方整備局(下館河川事務所)
  2. ↑ 観音寺は中舘村(現:茨城県筑西市中舘)にある、伊達氏ゆかりの寺院。
  3. ↑ 映画『またいつか夏に。』の関連冊子では、「五行川」でなく「勤行川」で記述が統一されている。

外部リンク

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