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玉川祐子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
玉川(たまがわ) 祐子(ゆうこ)
本名 中村 りよ
生年月日 (1922-10-01) 1922年10月1日(104歳)
出身地 日本の旗 日本・茨城県西茨城郡北山内村(現・笠間市)
師匠 鈴木照子
弟子 港家小そめ
名跡 1. 鈴木照千代
2. 高野りよ
3. 玉川祐子
活動期間 1940年 -
活動内容 曲師
家族 玉川桃太郎(夫)
所属 日本浪曲協会
公式サイト 玉川祐子
備考
現役最高齢芸人

玉川 祐子(たまがわ ゆうこ、1922年〈大正11年〉10月1日 - )は、浪曲曲師。現役最高齢の芸人である。

経歴

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1922年茨城県西茨城郡北山内村片庭(現笠間市)に生まれる[1]。小学校卒業後、子守奉公へ行き[1]、 1940年に浪曲師の鈴木照子に入門[1]。1941年三ノ輪の三友亭で初舞台を踏む[1]。1942年に曲師へ転向し、 1972年曲師として木馬亭に初出演した[1]。

結婚後も曲師を続けていたが、三男の病気をきっかけに休業。1970年代に曲師に復帰した。曲師への復帰に反対していた夫とは、この頃に離婚した[2]。

1975年コンビを組んでいた浪曲師の玉川桃太郎と再婚した[2]。

2018年、友人であった浪曲師の五代目港家小柳が死去し、小柳の弟子の港家小そめを預かり弟子として迎えた。

2022年に「祝・百寿記念 玉川祐子の会」が開催[3][4]された。

2023年9月30日に、地元・笠間市で80年ぶりの凱旋公演「落語と浪曲を楽しむ夕べ~祐子百歳、笠間に帰る~」笠間稲荷神社稲光閣で開催された[5]。

2024年2月、かさま応援大使に就任[6][7]。

人物

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  • 息子の病気を機に創価学会に入会している[8]。
  • 祐子に若手浪曲師として可愛がられている玉川太福が、祐子に生活の世話をした・された時のエピソードを「祐子のスマホ」「祐子のセーター」として創作浪曲として演じている。ネタにされた祐子自身が曲師として演奏することも多い。
  • 玉川スミは祐子より2歳年上の1920年(大正9年)生まれであり、生前は最高齢の曲師であった。祐子はそれに次ぐ年長者であったが、スミが2012年に92歳で死去して以降、祐子が最高齢の曲師となった。

著書

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出演

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映画

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テレビ

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ラジオ

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  • 一之輔・太福・伯山そろい踏み! ザッツ・演芸テインメント(2025年9月15日、NHKラジオ第1) - ゲスト

脚注

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外部リンク

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