玉川祐子
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| 本名 | 中村 りよ |
|---|---|
| 生年月日 | 1922年10月1日(104歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 鈴木照子 |
| 弟子 | 港家小そめ |
| 名跡 | 1. 鈴木照千代 2. 高野りよ 3. 玉川祐子 |
| 活動期間 | 1940年 - |
| 活動内容 | 曲師 |
| 家族 | 玉川桃太郎(夫) |
| 所属 | 日本浪曲協会 |
| 公式サイト | 玉川祐子 |
| 備考 | |
| 現役最高齢芸人 | |
経歴
[編集]1922年茨城県西茨城郡北山内村片庭(現笠間市)に生まれる[1]。小学校卒業後、子守奉公へ行き[1]、 1940年に浪曲師の鈴木照子に入門[1]。1941年三ノ輪の三友亭で初舞台を踏む[1]。1942年に曲師へ転向し、 1972年曲師として木馬亭に初出演した[1]。
結婚後も曲師を続けていたが、三男の病気をきっかけに休業。1970年代に曲師に復帰した。曲師への復帰に反対していた夫とは、この頃に離婚した[2]。
1975年コンビを組んでいた浪曲師の玉川桃太郎と再婚した[2]。
2018年、友人であった浪曲師の五代目港家小柳が死去し、小柳の弟子の港家小そめを預かり弟子として迎えた。
2022年に「祝・百寿記念 玉川祐子の会」が開催[3][4]された。
2023年9月30日に、地元・笠間市で80年ぶりの凱旋公演「落語と浪曲を楽しむ夕べ~祐子百歳、笠間に帰る~」笠間稲荷神社稲光閣で開催された[5]。
人物
[編集]- 息子の病気を機に創価学会に入会している[8]。
- 祐子に若手浪曲師として可愛がられている玉川太福が、祐子に生活の世話をした・された時のエピソードを「祐子のスマホ」「祐子のセーター」として創作浪曲として演じている。ネタにされた祐子自身が曲師として演奏することも多い。
- 玉川スミは祐子より2歳年上の1920年(大正9年)生まれであり、生前は最高齢の曲師であった。祐子はそれに次ぐ年長者であったが、スミが2012年に92歳で死去して以降、祐子が最高齢の曲師となった。
著書
[編集]- 『100歳で現役! 女性曲師の波瀾万丈人生』 玉川祐子、杉江松恋(光文社)2022年8月 ISBN 978-4-334-95324-9
出演
[編集]映画
[編集]テレビ
[編集]ラジオ
[編集]- 一之輔・太福・伯山そろい踏み! ザッツ・演芸テインメント(2025年9月15日、NHKラジオ第1) - ゲスト
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 「玉川祐子」日本浪曲協会
- 1 2 「100歳目前の今も現役「あっという間だった」…浪曲の三味線「曲師」玉川祐子さん 波瀾万丈の人生とは」東京新聞
- ↑ 玉川祐子 港家小そめ (2023年3月1日). “浪曲が好き!その愛が、師弟を繋ぐ<前編>”. 婦人公論.jp. 2023年3月1日閲覧。
- ↑ 港家小そめ (2022年9月19日). “本日は「祝・百寿 玉川祐子の会」ご来場いただきまして、厚く御礼申し上げます。”. twitter. 2023年3月1日閲覧。
- ↑ 「100歳の芸 観客を魅了 笠間市出身の現役浪曲曲師・玉川祐子さん(茨城・笠間市)」『よみうりタウンニュース』2023年10月15日。
- ↑ “スライド 1”. 笠間市. 2024年4月5日閲覧。
- ↑ “101歳玉川さんが応援大使に 茨城・笠間市が委嘱状交付 現役の浪曲・曲師「最高」”. 茨城新聞クロスアイ. 2024年4月5日閲覧。
- ↑ (日本語) 【ブラボーわが人生】玉川祐子さん 2024年4月5日閲覧。
外部リンク
[編集]- 玉川祐子 - 日本浪曲協会
- 【イケてるおばあちゃんに密着】#8演芸界の至宝 103歳の三味線奏者・玉川祐子(2025年12月5日)- youtube