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短編2

悪役令嬢に関わった結果

作者: 猫宮蒼
掲載日:2026/06/16



「ここどこ……?」


 気付けば真っ白な世界。と言っても雪景色だとかそういうわけではない。病室よりも何もない真っ白空間に少女は一人ぽつんと佇んでいた。

 どうして自分はこんな所にいるのだろう……?

 ここに来る前はどうしてたっけ……?


 そんな風に考えて、しかし直前に何があったのかが思い出せず少女の表情はどんどん不安げなものに変わっていく。


 周囲を見回しても誰もいない。

 声をあげても応えてくれる誰かがいない。


 わけがわからなくなって、泣きそうになるのを誤魔化すように「うー」と小さく唸る。


 その直後、少女の目の前で光が溢れた。

 わっ、と思って咄嗟に目を閉じる。何が起きるのかわからないが、目を開けたままでは眩しさにやられると思ったのだ。


 そんな少女の様子を見て、誰かが笑ったような気配がした。

 それから少しもしないうちに、少女の近くで声がする。


 声は言った。


 少女は事故に巻き込まれたのだと。


 少女が暮らす世界と、別の世界とが一瞬僅かに交差してその空間のブレにたまたま少女は居合わせてしまったのだと。世界そのものは本のページのように重なるようになっていたため物理的に世界同士が衝突したわけではないのだが、それでもその一瞬の影響によって少女の意識は失われ、少女の肉体は現在病院で眠りについているのだと。


 意識を失っただけで死んだわけではない。

 そのうち目覚める。


 声は確かにそう言った。

 けれども今少女の意識はここにあり、肉体に戻るまで少しばかり時間がかかるのだとも。


 これについては異世界という慣れない世界の気配を浴びてしまったせいであり、時間経過で異世界の気配が薄れるか、はたまた逆に慣れてしまうかすれば問題ないのだと言う。


 恐らく異世界の神と思しき声の言う事は、少女にとってやや難しい部分もあったけれど、とりあえずしばらくすれば目が覚めるし、後遺症に関しても問題ないとの事なので一先ず少女は安堵した。


「貴方に与えられた選択肢は二つ。

 ここで待つか、目覚めるまでの間しばし異世界に紛れるか」


 異世界にいる方が逆に目が覚めるまで時間がかかりそうではあるけれど、もしまたこのような事態に見舞われた時、次はすんなり目が覚める事になると言われたのもあって。


「えっと、ちなみにその異世界ってどんなところなんですか……?」


 少女はここで大人しく待つのも退屈そうだし、とちょっとした好奇心でもってそう問いかけていたのであった。



 そもそもの話、軸がずれていたとしても異世界と少女が住む世界が空間越しにすれ違うなんてそう何度もあってたまるか、という話でもあるのだが。

 その時の少女は自分は別に死んだわけではない、という言葉にすっかり安心して、またもうじき目覚めると言われたのもあって楽観的になっていたと言える。

 何もない真っ白な空間でただ待つのも退屈そうだし……それに異世界の気配に慣れたら次に同じようなのに巻き込まれても倒れたりしないで何事もなくスルーできるって事なら……予防接種みたいなものよね? なんて。


 そんな風にあれこれ脳内で理由を作るようにして、少女は異世界なんてリアルで関わる事なんて滅多にないし、と好奇心を発揮してしまった。こんな機会滅多にないんだから、じゃあ楽しんだ方がいいよね、と。


 声の言う異世界は、一見すれば中世ヨーロッパを軸に作られたファンタジー作品にありそうな世界だった。

 所々に少女が知る現代の便利な機能もあるようで、ご都合主義感のある異世界ファンタジー作品で一杯みたような世界。

 ただ見学するだけなら、特に危険もなさそうだと思った。


 そもそも今の少女は意識だけの存在だ。であれば、その世界の住人に見られるような事もなく、ただ幽霊のようにこっそりと、それでいて堂々と見るだけで済む。

 そんな風に思っていたのだが、声は言った。


「意識だけで異世界になんて行ったらそのままそちらに馴染みきって戻ってこれなくなりますよ」

「えっ、じゃあどうするの?」

「貴方と同じような目に遭ってしまった人があちらの世界にもいるので、貴方が望むのならその身体を一時的に借りて動く事になるかと」

「えっ、それいいの?」

「えぇ、問題ありません。その間、以前までのその人と違う言動になったとしても違和感を周囲がおぼえないように計らいましょう」

「えっ、じゃあじゃあ別にその人になりきらなくてもそのままでいいって事?」

「そうなります」

「わっ、楽しそう! 行きたい行きたい、異世界なんてリアルで行く機会まずないし!」


 行きたい、なんて思ってもまずもって行く事ができないのが異世界だ。

 創作物の中ではいくらでも異世界は存在するが、しかし少女は身体こそ別物であっても自身がその異世界に行ける機会を得た。

 特殊なアトラクションや観光みたいなノリで、少女はその言葉に飛びついたのである。


「いくら周囲が違和感をおぼえないようにすると言っても、人に危害を加えたり世間一般での犯罪はしないで下さいね」

「わかってるよぅ、そんな事していざ元の本人に戻ったらその人に迷惑だもんね」

「あと、あまりその身体の持ち主が望まないような事もしないように」

「望まないって言われてもな……家族と意味もなく喧嘩するとか、そういう感じ? そういうのだったらしないよ」


「その人の身体を貸す間、貴方の身体も貸し出す事になりますが本当によろしいですか?」

「病院にいるんだよね? 貸しても何もできないんじゃ? 別に大した事できないだろうし、その、犯罪をしたりしないっていうのは向こうもそうなんだよね?」

「えぇ」

「だったらいいかな。あんま友達もいないし家族とも揉めるような事ないし、あ、でも私のお小遣い残り少ないからそういうのに手をつけるのはちょっと」

「伝えておきましょう」

「なら、いいかなぁ……?

 こっちだって異世界観光するわけだし」


「そうですか、わかりました」


 声はあっさりと頷くように言って、少女もまぁプライバシー見られるのはちょっと恥ずかしいけどでもこっちもそれは同じだしなぁ……と思ったので、やっぱりやめます、大人しくここで待ちます、とは言わなかった。


 肉体は直接的に自分のものではないし、何かあっても自分が傷つくわけじゃない。

 その人と異なる言動をしていても、それはこの声の主が周囲におかしいと思われないようにしてくれるって言うんだから、じゃあいっか。


 そんな軽い気持ちで、少女は深く考えなかった。

 それが後に大変な事になるだなんて、夢にも思わずに。


 真っ白だった視界が一転黒く染まる。

 そうして次に目を開けてみれば、そこにいたのはとんでもない美少女だった。


「あれ……?」


 たまたま室内に置かれていた鏡に映るその美少女を見て、少女はふと既視感に見舞われた。


 どこかで見たような……あっ、これって!


「えっえっ、うそうそ、異世界って言ってたけどまさかここって……!?」


 咄嗟に少女が借りている身体の持ち主についてわかりそうな物がないかと室内を漁る。

 机の上に置かれていた日記を見て、少女の「もしかして……!?」は「やっぱり!」という確信に変わった。


 少女がここ最近やり込んでいた乙女ゲーム。

 その中に登場する悪役令嬢。

 それが、この身体である。


 日記の内容も全部ではないが、一部はゲームでも明かされていた。

 そしてその内容がここで確かに一致しているのだ。


 乙女ゲームのヒロインに対して事あるごとに立ち塞がるライバルキャラ。

 ヒロインを敵視するあまり、最後は断罪されてしまう悪役令嬢。


「えっ、でも、じゃあ、私……断罪回避とかできちゃうんじゃ……?」


 日記の内容的にゲームでの出来事はまだ途中までしか起きていない。

 であれば、ここからなら巻き返しは可能だ。


 ビジュアル的にヒロインよりも悪役令嬢の方が好みだった少女は、だったらこの機会に自分が彼女を幸せに導こうと思ってしまった。

 今現在やり込んでのめり込んでいた乙女ゲームと同じ世界。そこに自分が悪役令嬢として存在している。

 自分の言動が悪役令嬢らしからぬ事になったとしても、周囲がそれに対して違和感を覚える事はないのなら。


 いくらだってやりようはある。


 そう思って、少女はむん! と気合を入れるように両手の拳を握りしめた。


 悪役令嬢ポジションとはいえ、別にヒロインに対して嫌がらせをしただとか、そういうわけではないのだ。

 なのにヒロインが攻略対象と結ばれた時、ヒロインの身に起きた様々な不幸がまるで悪役令嬢が主導でやらかしたみたいに思われたのである。

 実際は違うが、状況証拠があまりにも揃いすぎていたし、また悪役令嬢の言動がそれらの状況証拠と共に彼女がヒロインを追い詰めた犯人であると見なされたのだ。


 別にヒロインがピンチに陥ったのだって悪役令嬢のせいではない。

 他に黒幕がいたわけでもない。ゲームをやり込んだ少女はシナリオの大半を記憶している。

 一つ一つはなんて事のないものでも、それらがピタゴラスイッチのように連鎖してそうなってしまった。

 真の悪役がいれば真犯人はこの人です! とやればいいが、いるわけではないので余計に悪役令嬢が実は悪役令嬢をしたわけではない、と実証するのが難しくなってしまったのである。

 それに、その一つ一つの小さななんて事のないものの中には、確かに悪役令嬢が関わってしまったものもあった。それ一つだけなら、別にヒロインを陥れるためのものではないとわかり切っているのだけれど。


 偶然が重なりすぎた結果、と言ってしまえばそうだ。


 だがだからこそ、少女はそれらを上手く回避すればいけると判断した。


 そうして少女は悪役令嬢――クラリッサとして彼女の未来を明るいものにしようと奮闘するために行動を開始したのであった。何故なら少女にとってこの悪役令嬢クラリッサは推しなので。



 ――結果として少女の目的は達成された。

 クラリッサが悪役となる事もなく、断罪だってされなかった。故に、彼女は最終的に臣籍降下予定の王子と結婚し、家を盛り立てるべく女主人として華々しく活躍する。


 クラリッサをあえて陥れようとする者もなく、であれば少女が思い描いていたクラリッサのハッピーエンドは約束されたようなもの。


 やり遂げたと満足するクラリッサのすぐ近くから、姿は見えないが「そろそろ時間ですよ」と声が聞こえて、それが少女がここに来る切っ掛けとなった神のものであると知る。


 あぁ、彼女が、クラリッサがここに戻ってきたのなら。

 きっと喜んでくれるはず。


 そう信じて、少女はゆっくりと目を閉じた。



 ――そうして再び目を開ければ、見慣れた天井が視界に映る。


 神の話では病院に運び込まれたと言っていたはずだが、少女がクラリッサの中に入り込んであれこれやっている間に、こちらも時間が経過していたらしくどうやら退院していたらしい。見慣れた天井に戻って来たんだ……と思いながら身を起こして。


「…………え?」


 それから室内を見て、思わず声が出た。


 部屋の中はすっかり様相を変えてしまっている。

 漫画やゲーム、それ以外でも自分の好きな物を集めて飾っていたはずの部屋は、しかし今はあまりにも殺風景なものに変わっていた。


 けれども所々に残された物は、自分の物だ。


「えっ、何? どういう事……?」


 わけがわからないなりに、少女は一先ず部屋を出た。なくなった物について家族に聞いてみれば何かわかるかもしれないと思ったのだ。


 しかし。


 部屋を出てリビングへと向かえば、そこにいた母はさっと少女から目を逸らした。


「お母さん……?」

「……なぁに? もうあんたの言う事に口出しなんてしないわ。好きにすればいいじゃない」

「え?」

「自分の事は自分でなんとかするって言い切ったんだから、もう頼らないで」


 言うなり母はソファからさっと立ち上がって少女の身体を押しのけるように廊下へと出て。


「ちょっ……!?」


 呼び止める間もなく母は両親の寝室へと入り――


 ガチャリと。

 内側から鍵のかけられる音がした。


「えっ、何……?」


 わけがわからない。

 けれども母にこれ以上何かを言おうにも、母がこちらとの会話を拒絶している状況だ。

 不安になりながらも家の中をうろついて、廊下から洗面台の方を見て。


「えっ……誰」


 鏡には見知らぬ女がいた。

 いや、鏡なのだから、そこに映し出されているのは自分である。

 けれども少女はそれが自分であるとすぐに認識できなかった。


 伸ばしていた髪はバッサリと短く揃えられ、染めていなかった黒髪は今では派手としか言いようのない色に染められている。今まで気付きもしなかったが、両耳にはピアスがバチバチにつけられており、見ているだけでも痛くなりそうなくらいだ。


 それだけではない。少女が着ている服は露出が高く、晒されている腕にはタトゥーが存在していた。

 肩から二の腕あたりに華やかに存在を主張している。


 行き過ぎたパンクファッション、と言えばいいだろうか。それ以上、この姿をどう説明すればいいのか少女にはわからなかった。


 少女は今までおとなしく目立たない存在だった。

 学校の成績は普通。漫画やアニメ、ゲームが好きで外にいるより家にいる方を好む、典型的なオタクと言える。

 オシャレに興味はあったけど、それよりも趣味にお金を使いたいから外見に手をかけるのは最低限。

 ピアスなんて穴をあける勇気がなくて自分には無縁のものだと思っていたくらいだ。


 それが何故だか今はピアスは両耳にバチバチについていて、あまつさえ腕にはタトゥー。


 ビフォーアフターが凄すぎて、そりゃあ母も関わりたくないと思うのかもしれない。

 どう見たって非行に走った図である。


 というか、よくよく見れば体型もスッキリしている事に今更気付いた。


 少女は学校が終われば友達と遊ぶ事がない時はすぐに家に帰ってきて、そうして自室でゲームをするような、軽度の引きこもりみたいな存在だった。周囲からは太っていると面と向かって言われたりはしなかったけれど、それでも友達と自分とを見比べて、少しぽっちゃりしてるかなぁ……とは思っていたのだ。

 だがしかし今はそんなぽっちゃり加減が消失し、すらっとしたスレンダーな身体になっている。

 そのせいで余計このファッションが馴染んでいるように思えた。


 何が何だか分からなくなって、少女は踵を返して再び自分の部屋へ飛び込んだ。


 殺風景になったとはいえ、何もかもがなくなったわけでもない。

 それどころか、見慣れない物もいくつかあった。

 今までの自分だったら買わないような化粧品が置かれていたり、服だって自分だったら買わないような――今の自分の外見のような――物がクローゼットに入っていた。今まで自分が着ていた服はどうしたんだろう……と思いつつもどこにもない。


 衣服を漁ってみれば、服だけではなく下着もガラリと変わっていた。

 自分でさえ思わず目を逸らしそうになるくらいド派手なもの。


 自分の部屋のはずなのに自分の部屋ではない気がして、他に何かないかと少女は更に室内を漁っていく。


 机の引き出しを開ければ、そこには見慣れない封筒が置かれていた。隣には通帳もある。


 自分の通帳がないわけじゃなかった。けれど、この銀行の通帳はなかったはずだ。

 一体なんだろうかと思って手に取り、通帳を確認する。


「……は」


 その中には、少女が予想していた以上の金額が入っていた。

 いち、じゅう、ひゃく……と桁を数えていって、一生遊んで暮らせるような大金ではないが、それでもしばらくの間は生活ができそうな金額。

 そんな大金が一体どうして……?


 その答えがきっとここにある。

 そう確信して、少女は封筒に手を伸ばした。


 手紙に書かれていた最初の一文は酷いものだった。



『貴方の貧相な財布の中には手をつけていません。

 神から伝えられた禁止事項はそれくらいでしたので、それ以外は好きにさせていただきました』


「なに、それ……」


 確かに神に身体を交換する形になると言われた時に、犯罪などやっていけない事はしないようにと言われていた。それ以外にしてほしくない事は、と聞かれた時にお小遣いが少ないからそれは残しておいてほしいと言った記憶は確かにある。


 けれども、お小遣いを使わなくたって生活に関しては親が面倒を見てくれるし、衣食住揃っているも同然なのだ。であれば嗜好品さえ我慢するだけで済むだろうと思っていたのだけれど……


 読み進める。


『最初は大人しくしているつもりでした。ですが、部屋に置かれていたゲームなるものを見て。貴方の手書きだろう書き物を見て気が変わりました。

 どうやら私が住んでいる世界と似たものが描かれたゲーム。試しにそれを遊んでみて、それから貴方の書いた物を見て。

 貴方が私の住む世界をこのゲームと混同しているであろうと想像するのは容易いものでした』


 書き物……という部分を見てハッとする。


 そういえば、確かに書いた気がする。

 ゲームをプレイして、どうしたって断罪される悪役令嬢クラリッサが可哀そうで。

 だから、そんな彼女が幸せになれそうな、少女が思い描いた最高のエンディング。

 二次創作と言ってしまえばそれまでだ。気恥ずかしいからネットにあげるような事はできなかったし、ただの自己満足だからこそそっと紙に書いて自分だけが楽しむつもりで記した物。


 まさか自分がクラリッサになるとは思っていなかったからこそ、それをクラリッサ本人に見られたと知って気恥ずかしくなる。叫びたい衝動に駆られ、けれどもどうにか堪える。


『まさかあのゲームと同じだと思ったりはしていないと思いたかったけれど。でも少しして女神に確認してみれば貴方は本当にこの妄想を実現させようとしていたと知って。

 冗談ではないと思いました。

 私はあの第二王子との結婚を望んでなどいなかったのに。あのままいけば周囲は勝手に誤解して私はあんな場所からいち早く抜け出せると思っていたのに。


 お前が私の何を知った気になってあれが幸せだと思ったのかを理解しようとは思いません。

 けれど、私は私にとっての幸せを貴方によってぶち壊されました。

 であるのなら。

 私は私なりにお返しを。


 ご安心を。犯罪などはしておりません。

 えぇ、貴方の貧相な財布の中身にだって手を付けてはいない。

 けれど、それ以外には言及されていなかったのでそちらには手を付けました。

 こちらの世界は中々に便利ですね。インターネット、でしたか。上手く利用すれば財を成すのも手軽でした』


 はっ、と息が漏れたのは無意識だった。


 自分が良かれと思ってやった、最高のハッピーエンド。

 彼女が断罪されず、第二王子と結婚する未来。


 だがしかしそれをクラリッサ本人は望んでなどいないと記している。

 女神。

 あの声だけの神様はどうやら女神だったらしいと知るも、まさか声をかければこちらの様子を確認できたのか。今更知るも、本当に今更だった。だって少女は自分が推しであるクラリッサになっていると知った時点で、勝手に使命に燃えていたのだから。神様の存在なんてすっぽ抜けていたのだ。


『お前は私が感謝すると思ったのかもしれませんが、それこそ思い上がりも甚だしい。

 好きでもない男と結婚し初夜を迎える。それがどれ程苦痛であるか、貴方は考えた事がありますか?

 自身の立場を捨てる事になってもその先に幸せがあると知っていたからこそ、私は以前からコツコツと種を植えていたというのに。その種は貴方の思い上がりによって全て台無しにされました。


 であるのなら、私もお前の人生を台無しにしてやりましょう。たかが平民の小娘が私に成り代わり好き勝手やったのだから、それくらいは覚悟の上と見なします。


 お前の部屋の物をいくつか売り払いそれを元手に更に増やし、そうして一生ではなくともしばしの間生きていけるだけの金を稼いでおきました。それを元にお前は家を出て一人で生きていく、という事になっております。

 今更撤回したところで、以前の関係には戻れないでしょうね。


 見た目も勝手にさせてもらったわ。貴方が私の人生を勝手に作り替えたように、私もお前の外見に手を加える事にしたの。失敗したとしてもそれは私の身体じゃないからどうだっていい。望まぬ人生をいかに今後取り戻していくべきか、という点でお前も私も同じなのだから。


 それから学校。この見た目はどうやら規則違反らしいけれどそれについては成績で黙らせておいたわ。

 ただ平民を放り出すのも哀れかと思ったから、今のうちに取れる資格もいくつか。

 もっとも、それを活かせるかまではわからないけれど。

 内定というのも既に獲得してあるわ。


 私の人生を滅茶苦茶にしてくれた貴方。

 貴方の事を私、一生許さないわ。

 平民風情が貴族に手を出した事を精々後悔する事ね』


 手紙は何度目を動かしてもそこで終わっていた。


 少女にとってクラリッサは推しで、幸せになってほしい存在だった。

 だから、彼女が幸せになるだろうと思ったルートを開拓し、そちらに進ませた。


 ところが実際はどうだろう。

 あのゲームのクラリッサと、少女が身体を借りる形になっていたクラリッサは別モノだ。

 クラリッサは少女が描いた幸せなど望んでいなかった。

 それどころか、似合いの相手だと思っていた第二王子の事さえ疎んでいる。


 もしゲームのようにクラリッサが断罪され、そうして修道院へ追放されていたのなら。

 もしかしたらそれがクラリッサの望みのうちだったのかもしれない。

 けれどそれをぶち壊した。クラリッサのためと思い込んだ少女が。


 クラリッサは、少女の動きを神に問い、ある程度把握していたらしい。

 今後自らの人生を軌道修正するために、クラリッサは裏で暗躍するのだろう。結婚した夫はもしかしたら何らかの不幸な事故に遭うのかもしれない。



 部屋の中にあったお気に入りは、いくつかはプレミアがついていた物もあった。それが勝手に手放されてしまった事に、憤らないわけじゃない。勝手になんて事を! と思った。

 だってまさか、勝手に売られるだなんて思わなかったのだ。


 事前にそうしないように言っておけば、クラリッサはそれについては従ってくれたようなので言わなかった少女が悪いと言ってしまえばそれまでだ。現に少女のお財布の中のお金は一円たりとも減っていない。


 入手するのに苦労したグッズも、クラリッサからすればどうでもよい物である。思い入れのない品なのだから当然だろう。


 それどころか、クラリッサは少女がいずれこの家を出て独り暮らしをするように仕向けている。

 今更母にやっぱ無しで……と言ったところで、先程の母の態度からそれが受け入れられるとも思えない。


 今までの私は私じゃなくて、別の人が中に入っていたの。

 そう言ったところで、信じてもらえるだろうか?

 急に人が変わったようになっても神の力で違和感を持たないようにされていたのなら、信じてもらえる可能性は低い。それどころか今更になって適当言い出したと思われるかもしれない。

 言わなければ信じてもらう以前の話だが、話した結果頭がおかしくなったと思われて精神病院にぶち込まれたらどうしよう……!?

 信じてもらえないのも悲しいが、仮に信じてもらえたとして。


 身体に開けたピアスの穴が塞がるわけでもなければ、いれたタトゥーが消えるわけでもない。


 学校の成績でもって教師を黙らせた、と書かれている一文に少女は憂鬱になる。

 少女の学校での成績は良くも悪くも中間で。


 今までそこまで悪くもなかった成績が上がって、同時に見た目も変わって。

 けれど見た目は変わらず成績だけが落ちたのなら、生活指導は免れない。

 もしかしたら親も既に呼び出されたのかもしれない。

 神によって中身が少女ではなくクラリッサだと思われていないのなら、クラリッサは少女が変わったように思わせて少女の生活をぶち壊す事などきっと容易い事だった。


 資格だって、いくつかとったなんて言われても少女の記憶にはその資格をとるための知識なんてあるわけがない。その知識を持っているのはあくまでも少女の身体を使っていたクラリッサだ。


 少女が住むこの国では貴族も何もあったものではないけれど。

 それでも彼女はれっきとした貴族だ。住む世界が異なろうとも。


 彼女はきっと、少女の身体で様々な知識を身につけた。向こうに戻って役に立てられそうだと判断したものは確実に。それが、少女の知るクラリッサだ。

 新たな知識を携えて、クラリッサはきっと向こうの世界で自分の人生の軌道修正をはかろうとしている。


 少女だってそうするべきなのだろう。

 だが少女は向こうの世界で得た物などほとんどないと言ってもいい。

 あちらで得た知識なんて特にないし、人間関係のいくつかに着手したくらいだ。その人脈は当然こちらでは役に立たない。


 ハイスペック令嬢から平凡な少女に中身まで戻ってしまえばあとに残されたものは、親元を離れる事が確定した挙句ずっと一人で生活できるわけでもないそこそこの金、使おうにも知識すらない形だけの資格。

 学校を卒業した後家を出るにしても、いくら資格を持っていると言っても。

 活かせない以上、それらを使える職についてもすぐさまクビになるだろう。


 助けを求めるように室内を見回して、そうしてカレンダーが視界に入る。


 残された時間は僅か。

 卒業まであとたったの数日。


 

 クラリッサは内定も獲得したと記してあったが、一体どこの企業なのか。

 それ以前に、自分がそんなところに入ったとしてやっていけるのか。


 わからない。

 何もわからなかった。



 真の悪とは、周囲にそうと悟らせない……と何かで見た事を思い出す。

 悪役令嬢と呼ばれていても、実際彼女はそんな存在じゃないと思っていた。そう思いたかった。


 けれども、本当にそうだったのか?

 冷ややかにこちらを見下ろすクラリッサの幻が見えた気がして。



 少女はただ茫然と立ち尽くすしかなかったのである……

 恩を仇で返すというよりは小さな親切余計なお世話系。

 幸せの形は人それぞれだからね、勝手に人の幸せ決めつけるのは良くないよね、っていうだけの話。


 次回短編予告

 結婚式を間近に控えた娘は、自身の優秀さを買われての結婚だと言われても自分自身、その優秀さを認められなかった。このまま結婚して、本当に大丈夫なのかしら……そんな不安が胸いっぱいに広がっていく。自分以上に優秀な姉がいて、自分はそれに及ばない。

 けれど姉は言うのだ、貴方なら大丈夫だと。


 次回 たとえ信頼されていても確認はして下さいね

 なんかなろう界隈で言われるAI小説の特徴とかエッセイで見かけたのでそこからこういう感じの話か? とミリしら状態で書いてみました。合ってますかね?

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