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聖女候補の面接で「志望動機は?」と聞かれました

作者: あゆと
掲載日:2026/06/02

6.17

連載版を開始しました。

こちらもお読みいただけると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n7052mi/


────


「では、弊神殿を志望された理由をお聞かせください」


 ミナは、祈りの間ではなく、白い壁の小部屋で固まっていた。


 目の前には長机があり、その向こうには大神官様、眼鏡の神官、年配の女性神官が並んで座っている。机の上には聖杯も祝福の水盤もなく、羊皮紙の束と羽根ペンがきっちり三本置かれていた。


 王都神殿へ呼ばれた時、ミナは覚悟していた。神の御前で膝をつく覚悟。聖女の資質を試される覚悟。場合によっては、村へ帰される覚悟。


 けれど、神殿の小部屋で志望動機を聞かれる覚悟はしていなかった。


「時間は三分程度でお願いいたします」


 時間まで区切られた。


 ミナは膝の上で、母が縫い直してくれた白いワンピースの裾を握った。布が汗で少し湿っていく。口を開いたのに、最初に出たのは声ではなく、かすれた息だった。


「人を、助けたくて……です」

「具体的なエピソードを交えてお願いいたします」


 ミナは面接官たちの顔を見た。


 誰も怒っていない。むしろ丁寧だ。だから余計に逃げ場がない。


 神の愛とか、慈悲の光とか、清らかな祈りとか、聖女候補らしい言葉を探したが、頭の中に浮かんだのは村のロザおばあちゃんの背中だった。


「冬に、ロザおばあちゃんが寝込んで……背中が赤くなっていました。床ずれになりかけていたので、藁を替えました」


 眼鏡の神官が羽根ペンを走らせる音がした。


「藁を替えた頻度は?」

「朝と夕方です。あ、でも全部じゃありません。藁が足りなかったので、濡れたところだけ外して、乾かして戻せる分と、もうだめな分を分けました」

「治癒の祈りは?」

「しました。でも、祈りで少し赤みが引いても、同じ向きで寝ているとまた悪くなります。だから、体の向きを変えました。最初は変え方が悪くて、ロザおばあちゃんに本気で怒られました」


 年配の女性神官のペンが止まった。


「怒られても、続けたのですか」

「おばあちゃんの家、うちの井戸に行く途中なので」


 言ってから、ミナは自分でひどい答えだと思った。


 もっと美しい理由にすればよかった。苦しむ人を見捨てられなかったから、とか。神の御心に従ったから、とか。


 なのに、井戸に行く途中だったから、が出てしまった。


 大神官様は羊皮紙に何かを書いた。


「日常導線上の継続支援。よろしい」


 よろしいらしい。


 何がよろしいのか、ミナには分からなかった。


「次に、あなたの長所と短所を教えてください」


 ミナは膝の上の手を見た。


 爪の間には、まだ薄く薬草の色が残っている。王都へ来る前に何度も洗った。母にも「もういいから手を赤くするな」と止められた。それでも落ちなかった。


「長所は……手が荒れにくいです」


 眼鏡の神官が一瞬だけ止まった。


「薬草を洗うので。あと、冷たい水でも桶を持てます。短所は、字が汚いことと、急に偉い人に質問されると、藁の話をします」


 年配の女性神官が口元を押さえた。


 ミナは落ちたと思った。笑われても仕方ない。ちゃんと準備してきた候補者なら、もっと立派な長所を言うはずだ。信仰心、慈愛、献身、神学、礼法。そういう言葉を。


 大神官様は笑わなかった。


「手荒れ耐性、冷水作業経験、自己認識あり。記録してください」

「はい」


 眼鏡の神官が真面目に書いた。


 それも書くのか。


 ミナの頭が少し遠くなった。


「聖女職は強い負荷がかかります。深夜の呼び出し、感謝されない救済、寄付者からの圧力、貴族からの要求。そういった状況で、あなたはどのように心を保ちますか」


 今度こそ難しい質問だった。


 心を保つ。


 村では保てなかった。夜中に呼ばれて、熱のある子どもを看て、朝帰って、畑の手伝いに出て、昼に桶を洗いながら泣いたことがある。


 助けた家の人に「治りが遅い」と言われて、帰り道で石を蹴ったこともある。


「保てない時は、桶を洗います」


 大神官様がまばたきした。


「汚れた桶をそのままにすると、次に水を入れられません。泣いても腹が立っても、桶を洗って、布を干して、薬草を分けます。そうすると、次に呼ばれた時に少し楽です」


 ミナは言いながら、自分の答えがどんどん聖女から離れていくのを感じていた。


 神殿の面接で、桶。


 藁の次は桶。


 自分は何をしに王都まで来たのだろう。


 しかし年配の女性神官は、少しだけ目を細めていた。


「感情に頼らず、作業環境を整えて次の救済を可能にする。現場継続性あり」


 眼鏡の神官が記録した。


 大神官様が静かに頷いた。


「では、苦手な相手を教えてください。悪人ではなく、救済の現場で対応に困る相手です」


 ミナは迷った。


 悪口になってしまわないだろうか。けれど、面接官たちはこちらの綺麗な答えを求めている顔をしていない。藁と桶を書き取る人たちだ。


 たぶん、変なことを言ってもすぐには怒らない。


「話を聞いている顔で、もう決めている人です」

「具体例をお願いします」

「熱を出した子を休ませてくださいと言っても、『丈夫な子だから大丈夫』と笑うお父さんがいました。薬草が欲しいんじゃなくて、働かせていいと言ってほしかったんだと思います」


 ミナは膝の上の布を握った。


「私が言っても聞かなかったので、次から村長の奥さんを呼びました」

「村長ではなく、奥方を?」

「村長さんは話が長いです。奥さんは短いです。あと、台所から出てくるので包丁を持っている時があります」


 眼鏡の神官のペン先が、羊皮紙の上で迷った。


「包丁は威圧目的ですか」

「大根を切っている途中です。台所から、そのまま出てきたので」


 年配の女性神官が、今度ははっきり肩を震わせた。


 ミナは顔が熱くなった。笑われている。いや、これは笑われても仕方ない。聖女候補の面接で、大根と包丁。


 大神官様は咳払いした。


「現場における有効な協力者の選定。記録してください」

「かしこまりました」


 神官が記録した。


 ミナは、もう面接が分からなかった。


 だが、分からないなりに、胸の奥に小さな熱が残っていた。村でやってきたことが、ただの田舎娘の雑用として捨てられていない。


 藁も桶も包丁も、ここでは紙に残されている。


「最後に、あなたから弊神殿へ確認したいことはありますか」


 ミナは息を止めた。


 聞きたいことはあった。王都へ来る馬車の中からずっと、胸の奥に引っかかっていた。けれど、それを言えば欲深いと思われるかもしれない。聖女になりたい理由が、村の都合だと見抜かれるかもしれない。


 それでも、聞かなければ村のみんなに顔向けできない。


「聖女になったら、村に薬草と布を送れますか」


 眼鏡の神官のペンが止まった。


「王都での祈祷や式典ではなく、地方への物資配分についての質問ですね」

「たぶん、それです。足の悪い子がいるんです。冬になると痛がります。私の祈りでは少ししか楽にできません。王都には薬も先生も布もあるなら、聖女になれば少し分けてもらえるのかなと……あの、これ、逆質問としては変ですか」


 大神官様の笑顔が消えた。


 怒らせた、と思った。


 ミナの背中に汗が流れる。指先が冷たい。白い服の裾を握る力が強くなった。


 しかし大神官様は怒っていなかった。長机の向こうで、深く息を吐いた。


「変ではありません。むしろ、こちらが聞くべきことでした」


 面接はそこで終わった。



 控室には、三人の候補者がいた。


 金髪の公爵令嬢は背筋まで美しく、膝の上に『聖女面接完全攻略 改訂第七版』を置いている。神童と噂される少女は『頻出神託質問集』に付箋を山ほど貼り、元神官見習いの候補者は空中に指で想定問答の順番を書いていた。


 ミナは空いている椅子に座り、自分の手を隠した。


 隣の公爵令嬢の手は白く、細く、傷がない。何もしてこなかった手ではない。文字を書き、礼法を学び、聖女になるために三年間積み上げてきた手だ。


「あなた、村の方ですわね」


 令嬢が言った。


「分かりますか」

「王都の候補者は、面接直前に薬草の染みを爪に残しませんもの」


 ミナはますます手を丸めた。


「落ちたと思います。長所に手が荒れにくいと答えました」

「それは珍答ですわ」

「桶の話もしました」

「かなり危険ですわね」

「包丁も出ました」

「なぜ聖女面接で刃物が出ますの」


 令嬢は呆れた顔をしたが、馬鹿にする顔ではなかった。攻略本を閉じ、ミナの爪をもう一度見る。


「でも、面接時間は長かった。神殿人事局は、落とすだけの候補者に長い質問を使いません。あそこは聖なる場所ですが、時間管理だけは妙に現実的です」

「聖なる場所なのに」

「聖なる場所だからこそ、予算と人員は有限ですわ」


 知らない世界だった。


 聖女には祈りだけでなく、予算と人員があるらしい。


 少しして、扉が開いた。


 先ほどの眼鏡の神官ではなく、廊下係の若い神官が入ってくる。候補者たちが一斉に背筋を伸ばした。


「一次面接は以上です。この後、神前での最終面接へ進む方のみ、お名前をお呼びします。お呼びしなかった方には、後ほど個別に結果をお伝えいたします」


 神童の少女が本を閉じた。元神官見習いの候補者が膝の上で手を組む。公爵令嬢は顔色を変えなかったが、攻略本の角を押さえる指だけが白くなっていた。


 ミナは、自分の心臓の音を聞いていた。


 呼ばれるはずがない。


 藁と桶と包丁の話をした候補者が、神様の前まで進めるはずがない。



「ミナ様」



 聞き間違いかと思った。


 誰も立たないなか、若い神官が、もう一度まっすぐミナを見た。


「ミナ様。最終面接へお進みください」


 神童の少女が本を取り落とし、元神官見習いの候補者は組んでいた手をほどけないまま固まった。公爵令嬢だけが、膝の上で拳を握っていた。


 爪が白くなるほど強く、でも背筋は少しも崩れていない。


 ミナは胸が痛くなった。


 この人は本気だった。


 この人の三年の横を、自分が通っていく。


「行きなさい」


 令嬢が低く言った。


「ここで謝られると、私が惨めです」


 ミナは頭を下げなかった。下げたら、たぶん失礼になる。


 だから、まっすぐ令嬢を見て、頷いた。



 最終面接室は、今度こそ祈りの間だった。


 聖火が灯り、祭壇があり、天井から白い光が降りている。ミナは少しだけ安心した。やっと聖女らしい試験だ。やっと祈ればいいのだと思った。


 光の中から、声が降った。


『ミナ。あなたを聖女として迎えた場合、神の言葉はどこまで届くと思いますか』


 思っていた祈りと違った。


 ミナは膝をついたまま、祭壇を見上げた。


 神の言葉。


 村の礼拝堂で神官様が語る言葉は、椅子に座れる人には届いた。鐘の音は畑まで届いた。けれど、寝込んでいるロザおばあちゃんには、たぶん半分しか届いていなかった。


 足の痛い子は、礼拝堂に来る前に泣いていた。


「声なら、礼拝堂までです」


 大神官様が息を呑む気配がした。


 ミナは慌てて続けた。


「あ、神様の声が小さいという意味ではなくて。ええと、鐘なら村の端まで聞こえます。でも、熱がある人は礼拝堂に来られません。耳が遠い人はありがたい話を聞き取れません。お腹が空いている子は、祈りの途中で泣きます」


 白い光が静かに揺れた。


「だから、神様の言葉を届けるなら、声だけでは足りないと思います。布と、薬と、温かい粥と、それを持っていく人が必要です」


 ミナは自分の爪を隠さなかった。


 薬草の色が残った指を、胸の前で重ねる。


「私は、立派な言葉を遠くへ響かせる聖女にはなれません。貴族の方に上手に話すのも、たぶん苦手です。字も汚いです」


 控室の令嬢の顔が浮かんだ。


 あの人なら、もっと美しく答えただろう。神殿の制度も、寄付者の扱いも、聖女に必要な言葉も知っている。


 それでも、村で見てきた痛みまで、なかったことにはしたくなかった。


「でも、足が痛い人のところへ行って、しゃがむことはできます。泥がついていたら洗います。冷えていたら温めます。傷があったら布を替えます」


 喉が震えた。


 悔しかった。


 自分には足りないものが多すぎる。綺麗な聖女にはなれない。


 それでも。


「聖女になっても、私は誰かの足元にいると思います。そこからしか見えない痛みがあるからです」


 祈りの間が静まり返った。


 ミナには、その沈黙が冬の夜より長く感じた。


 やがて、神の光が強くなった。


『地に膝をつく者を、私は高く見る』


 大神官様が深く頭を垂れた。眼鏡の神官は、記録を忘れて光を見上げていた。年配の女性神官は、目元を押さえている。


『ミナ。あなたを当代聖女として認めます』


 胸の奥に詰まっていた息が、一気に抜けた。


 涙が出た。


 きれいな涙ではなかった。鼻の奥が熱くなり、唇が歪み、肩が震えた。そして、村のみんなの顔が浮かんだ。



 祈りの間を出ると、候補者たちが廊下に立っていた。


 神童の少女は唇を噛み、元神官見習いの候補者は顔を伏せている。公爵令嬢だけは、まっすぐミナを見ていた。


 目元が赤い。


 悔しさを隠そうとして、隠しきれていない。


「おめでとうございます、聖女様」


 その声は震えていた。


 ミナは口を開きかけて、閉じた。


 白い手袋の拳を見たら、謝れなかった。


 公爵令嬢は、ミナではなく大神官様を見た。


「恐れながら、選考理由をお聞かせくださいませ」


 礼儀正しい声だった。背筋も崩れていない。けれど、白い手袋の中で指が震えているのが、ミナにも分かった。


「私は、神学、礼法、寄付者対応、施療院運営、地方神殿の報告書まで学んでまいりました。祈りの型も、面接想定問答も、三年間積み上げました」


 令嬢の喉が小さく動いた。


「それでも、私は最終面接に進めませんでした。理由を知らなければ、次に進めません」


 大神官様は、令嬢を責めなかった。


 むしろ、深く頷いた。


「総合点で言えば、あなたは最も高かった。知識、礼法、神殿運営への理解、貴族対応。どれも候補者の中で抜きん出ていました」


 令嬢の顔が、ほんの少しだけ歪んだ。


「では、なぜ」


「あなたの答えには、救うべき民がいました。制度も、寄付者も、施療院もありました。けれど、名前がありませんでした」


 令嬢の唇が止まった。


 大神官様は続けた。


「ミナ様の答えは、整っていませんでした。長所に手荒れの話をし、心の保ち方で桶を洗うと言い、苦手な相手への対策に大根を切る奥方を挙げました」


 公爵令嬢の眉が、少しだけ動いた。


 知らなかった話だった。


 ミナは顔を伏せたくなった。


 やはり恥ずかしい。聖女選考の理由として、大根を切る途中の包丁が出ている。


「ですが、そこにはロザという老女がおり、足の痛む子がおり、冷たい水がありました。祈りが届く前に必要な布と薬草の話がありました」


「聖女とは、民を救う象徴ではありません。痛む誰かの名を忘れず、その足元まで降りる者です」


 令嬢は何も言わなかった。


 拳を握りしめたまま、しばらく立っていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「私の志望動機には、私しかいなかったのですね」


 その声は、悔しさで掠れていた。


 大神官様は否定しなかった。


「あなたの努力は本物です。だからこそ、聖女の隣に必要な力でもある」


 令嬢が顔を上げた。


「補佐官選考はございますか」

「あります」

「では、受けます」


 即答だった。


 令嬢はミナを見た。


「聖女には負けました。ですが、補佐官面接でまで負ける趣味はございません」


 ミナは、涙の残る目で令嬢を見返した。


「私は礼法も会計も、神殿の人の名前も分かりません。たぶん、すぐ失敗します」

「でしょうね」


 令嬢は即答した。


「ですから、私が必要ですわ。あなたが足を洗うなら、私は予算を取ります。あなたが布を替えるなら、私は寄付者を黙らせます。あなたが村へ薬草を送りたいなら、輸送経路と帳簿を整えます」


 ミナは少しだけ笑った。


「心強いです」

「まだ採用されておりません」

「受かってください」

「命令が早いですわ、聖女様」


 その時、祈りの間の奥で白い光が小さく瞬いた。


『なお、当代聖女の初出勤は明朝六時です』


 ミナの涙が止まった。


「明朝」


『辞退は三日以内にお願いします』


「神様、順番がおかしいです」


 令嬢がすばやく言った。


「五時半に起きます。髪を整える時間が必要です」

「まだ補佐官に採用されていませんよね」

「あなた一人では初日に迷子になりますわ」

「たぶんなります」

「そこは否定しなさいませ、聖女様」


 翌朝、王都神殿の掲示板に一枚の羊皮紙が貼り出された。


『当代聖女決定のお知らせ』


 その下には、急いで書き足された追記があった。


『急募。聖女補佐官。予算管理、寄付者対応、薬草輸送、泥汚れに抵抗のない方。未経験者歓迎。ただし面接は厳しめ』


 ミナは掲示板の前で、自分の手を握った。


 薬草の色は、まだ爪の間に残っている。


 そして面接室の前には、朝から妙に気合いの入った候補者たちが並んでいた。

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― 新着の感想 ―
髪を整える時間が必要と神に異義を挟む公爵令嬢に笑いました。 確かに泥にまみれ地に膝づくミナは聖女に相応しい。 けれど聖女には見目の説得力も大切ですからね。 身なりが村娘から変わらない聖女は貴族はもちろ…
物語は他にはないお話の切り口だし、前半部分はとても面白く読ませて頂いていたのですが、後半以降急に語り口というか書き方がAIのような文体になっていて読みづらくなりました…。
聖女の採用面接ってなんやねん!  と、思いながら読み進めてみましたが最終的に「聖女」とはこういった人であって欲しい。そんな結論が見れて面白かったです。 そして神様、職場はブラックかいw
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