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襤褸を纏った第三王女

作者: 空丘ジル
掲載日:2026/06/12

 ある国に、三人の王女がおりました。


 上の二人の王女は、麗しく化粧をし、髪を豪華に結い上げ、煌びやかなドレスを纏っていました。その身にはいくつもの高価な宝飾品が輝き、誰もが羨む美しさに着飾っていたのです。


 対する末の王女は、伸ばしっぱなしの髪がボサボサと顔を覆い、その表情を窺うことすらできません。身に纏うのはいつも、煮染めたような色をした簡素な服。首飾りの一つも身に着けておらず、お世辞にも美しいとは言えない姿でした。


 一番目の王女は己の美しさを鼻にかけ、醜い末の王女を蔑んでは、いつも毒々しい嫌味を浴びせていました。

「まあ、この子はなんて母親にそっくりなのでしょう。羨ましいこと。たとえ口に出さずとも、顔に『下賤』と書いてありますもの」


 確かに、末の王女の母親は平民の出身でした。しかし彼女は、旅を通じて多くの国で見聞を広め、広く深い知識と教養を身に着けた聡明な女性だったのです。国王陛下もまた、彼女が語る話の奥深さに心を動かされ、側室にと望んだのでした。


 二番目の王女もまた、己の美しさを自慢しては末の王女を忌み嫌い、すれ違いざまに小突いたり、突き飛ばしたりして意地悪を重ねていました。


 そんなある日、隣の獣人国から一通の通達が届きます。

『貴国の王女を、我が国の王子の妃として迎える』


 獣人国は、この国よりも遥かに強大な国です。もし断れば、どんな恐ろしい報復が待っているか分かりません。

 国王は苦渋の決断の末、第一王女を獣人国へ送り出すことに決めました。王女は金切り声で叫んで拒絶しましたが、無理やり馬車に押し込められ、連れて行かれました。


 獣人国の王宮に到着して間もなく、第一王子が王女の部屋を訪れました。

「ぎゃあああッ!」

 部屋に足を踏み入れた王子を見るなり、王女は悲鳴を上げ、恐怖のあまり手当たり次第に周囲の調度品を投げつけました。


 彼女が叫んだのは、現れた王子が人間の姿をしていなかったからです。

 王子は母親の血を強く引き継いだ、蛇の姿をした獣人だったのです。


 蛇の王子は爛々と光る眼で、じっと王女を見つめました。

 そして、投げつけられる障害物を器用によけると、音もなく足元へと忍び寄り、王女の脚にサクッと牙を突き立てます。その牙からどくどくと神経毒が注ぎ込まれ、王女は身体の自由を奪われてその場に崩れ落ちました。


 動かなくなった獲物を見下ろし、王子は大きな口を開け、王女を頭から丸呑みにしていきました。

 お腹をぷっくりと膨らませた王子は、しばらくその場で静まり返っていましたが、やがて「ゲフッ」と不快な音を立てて何かを吐き出しました。


 床に転がったのは、クシャクシャに絡まった髪の毛と、グショグショに濡れた指輪や首飾りだけでした。


 *


 第一王女を送り出してからしばらくすると、獣人国から一通の通達が届きました。

『あのような毒々しい心根を持つ王女など、甚だけしからん。直ちに、真に良い心根を持つ王女を送り直せ』


 娘がすでにこの世にいないことを察した国王は、震え上がりながらも、仕方がなく第二王女を獣人国へ送ることに決めました。

「嫌よ、私は行きたくない!」

 第二王女は狂ったように泣き叫び、激しく暴れて抵抗しましたが、無理やり馬車へと押し込められ、連れて行かれました。


 獣人国の王宮に到着して間もなく、今度は第二王子が王女の部屋へとやってきました。

「ぎゃあああッ!」

 部屋に足を踏み入れた王子を見るなり、王女は悲鳴を上げ、恐怖のあまり手当たり次第に周囲の調度品を投げつけました。


 彼女が叫んだのは、現れた王子が人間の姿をしていなかったからです。

 王子は母親の血を色濃く受け継いだライオンの獣人で、ライオンの姿のまま現れたのです。


 ライオンの王子は爛々と光る眼で、じっと王女を見つめました。

 そして、投げつけられる障害物をしなやかな動きでかわし、一瞬にして足元へと肉薄すると、鋭い牙でその脚にガブッと噛みつきました。

 王子はそのまま容赦なく王女の脚を食いちぎり、恐怖と激痛で逃げ惑うもう一方の脚をも、無慈悲に食いちぎったのです。


 やがて、お腹をぷっくりと膨らませた王子は、しばらくその場でじっとしていましたが、「ゲフッ」と不快な音を立てて何かを吐き出しました。

 それは、クシャクシャに潰れた靴と、人間の足の爪でした。

 その隣には、ピクリとも動かない王女の残骸が転がっていました。


 *


 第二王女を送り出してからしばらくすると、再び獣人国から手紙が届きました。

『あのような凶暴な心根を持つ王女など、大変けしからん。直ちに、真に良い心根を持つ王女を送り直せ』


 二人の娘を失い、後がない国王は、最後に残された第三王女を獣人国へ送るほかありませんでした。

「分かりました、父上」

 誰もが醜いと蔑んできた末の王女は、取り乱すこともなく素直に頷き、静かに馬車へと乗り込んでいきました。


 獣人国の王宮に到着して間もなく、第三王子が王女のもとを訪れました。

 末の王女は、ボサボサの髪と粗末な服のまま、深く丁寧なお辞儀をして王子を迎え入れます。


 部屋に現れたのは、人間の姿ではなく、鋭い眼光を持った鷹の獣人でした。彼もまた、母親の属性を強く受け継いでいたのです。


 鷹の王子は、その光る眼でじっと王女を見つめ、やがて静かに問いかけました。

「王女よ。なぜ、そのような薄汚れた姿で私の前に現れたのだ」

 前髪に隠された瞳を真っ直ぐに王子へ向け、王女は凛とした声で答えました。

「容貌の美しさに惑わされる者に、決して心を許してはならない。外見ではなく、己の心根を愛してくれる者にこそ、その心を開きなさいと、亡き母から教えられたからでございます」


 その言葉を聞いた瞬間、鷹の姿がしゅるしゅると霧のように解け、中から美しい人間の姿をした王子が現れました。

 王子は王女の前で恭しく片膝を突き、優しく手を差し伸べます。

「貴女こそ、我が妃に相応しい。どうか、ともに人生を歩むという栄誉を私に授けてくれないだろうか」


 王女は差し出された手を見つめながら、静かに問いかけました。

「王子よ。貴方はその鋭い目で、一体何をご覧になったのですか?」


 王子は愛おしそうに微笑み、迷いなく答えました。

「貴女の、美しく清らかな心根を。我々兄弟は、それぞれ、その母からその属性を引き継ぎましたが、『他者の心根を見定める』目だけは父から授かりました」


 王女は満足そうに深く頷き、王子の手をそっと取りました。

「私の心根をご覧になり、求婚してくださるというのでしたら。喜んで、貴方とともに参りましょう」


 彼女が真の自分を包み隠していた襤褸ぼろを脱ぎ捨てると、そこには見違えるほどに美しい女性の姿がありました。


 こうして、外見の美しさに溺れた姉たちは身を滅ぼし、母の知恵を守り続けた心優しき末の王女だけが、真の幸せを掴んだのでした。

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