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攻略組が帰った後から始まるVRMMO 〜イベントに遅れた俺だけが、誰も拾わなかったユニークを見つける〜

作者: 桜めんと
掲載日:2026/06/08

【連載版】を始めました。

こちらになります。

https://ncode.syosetu.com/n0086mi/


上記【連載版】の短編に当たる部分(第1話〜第6話)については、話の軸はもちろん変わっていないのですが、細かいゲーム設定が少しずつ変わっております。

よろしくお願いいたします。

  

  

 灰冠竜グラウムは二日前に討伐された。


 正式サービス開始以来、初めての()()()の大型モンスター『灰冠竜グラウム』。


 その大規模討伐イベントが終わっていた。


 全ワールド連動イベントで、参加登録者数は四十一万人を超えたらしい。

 最終決戦フェーズでは、最大五千人規模の戦場型インスタンスエリアがいくつも生成された。


 その中で最速討伐を達成したのは第一戦場だった。

 ワールド・ラストアタックを取ったのは、攻略組最大手《Astra(アストラ) Regalia(レガリア)》の精鋭アタッカーだった。


 全体の討伐時間、六時間四十二分。


 公式配信の同時接続は十八万人を超え、撃破直後には攻略掲示板のレイド板が三回も落ちた。


――灰色の冠を持つ巨竜が最後の咆哮を上げ、空を割る光の中で崩れ落ちる。


 その映像は、討伐から時間が経った今でも動画サイトの上位に張りついている。

 ワールド・ラストアタックの瞬間だけを切り抜いた動画は何本も投稿され、攻略組の視点リプレイや考察動画まで、まだまだ増え続けていた。


 ゲーム内の掲示板では、ワールド・ラストアタック報酬の性能や灰冠竜素材の製作物、最終フェーズのDPSランキング、最速討伐を指揮したアスレガのメンバーがいかに神だったかで、まだまだ盛り上がっていた。


 そして今夜、零時を過ぎれば報酬交換期間も終わる。


 俺のポイントではもう交換できる目玉報酬はない。

 普通なら、これ以上あの戦場へ行く意味はない。


 それでも俺は灰冠竜の戦場跡のインスタンスエリアへ入った。


■□■□■


 VRMMO――《Chroma(クロマ) Realm(レルム) Online(オンライン)》。通称CRO。


 職業はメインとサブがあり、挙げるときりがない。

 剣士系、魔術師系、神官系、斥候系、鍛冶師、調薬師、商人……等々、自分が好きなものを選び、成長していく。

 最初のキャラクタークリエイトではこの職業のベースと種族を選ぶことができ、体の造形などもその種族に許される限り触ることができる。

 ただし、リアルの性別だけはいじれない。


 職業、種族、スキル、レベル、ステータス、モンスター、レイド、クラン、配信、掲示板、ランキング。

 このゲームには全てがある。


 俺のゲーム内の名は――ザン。


 本名は雨月残あまつきざん

 名前だけ聞くと、やたら強そうだとよく言われる。


 だが、実際の俺は攻略組でも、有名配信者でも、検証勢でもなんでもない。


 職業は斥候スカウト

 短剣と索敵、足跡追跡、簡単な罠解除を覚える探索寄りの職だ。


 ソロで動きやすい。

 知らない場所を歩くのも楽しい。

 ただ、火力で目立つ職ではない。


 学校やバイトがある。

 家では家事を手伝う日も多い。


 だから大型イベントにはだいたい間に合わない。


 ログインできる頃にはイベントのボスは最終フェーズに入っているか、もう倒されていることがほとんどだ。


 途中参加はできても、たいていのイベントは早く入ったプレイヤーほど貢献度を稼ぎやすい。

 途中から混ざってもランキングには届かず、限定素材も足りず――結局、交換所の目玉報酬には手が出ないくらいしかポイントを得られない。


 今回の大型イベントもそうだ。


 灰冠竜グラウム討伐戦の最終フェーズには、どうにか途中参加できた。

 けれど、俺が入ったインスタンスエリアは、すでに後半も後半だった。全体ゲージは残りわずかで、空には《Astra(アストラ) Regalia(レガリア)》が最速討伐を達成したというワールドアナウンスが、すでに流れていた。


 俺が撃った短剣スキルはたぶん灰冠竜の翼の端に一度だけ当たった。


 たったそれだけだ。


 それでも、イベントへ参加したことで通常クリア報酬の一部はもらえた。

 参加記念の素材も少しだけ入った。


 でも、ランキングに届くわけもなく、ポイントは交換所の目玉装備にはまったく足りない。

 当たり前だ。

 俺はいつもイベントの本番ではなく、終わり際の熱だけを遠くから浴びているだけなのだから。


 昔はそれが悔しかった。


 みんなが「最終フェーズやばかった」「あそこで回復入れたヒーラー誰だ」「アスレガのタンク耐えすぎだろ」と騒いでいる横で、俺だけ後日にクリア動画や討伐動画を見て頷くことしかできない。


 でも、いつからか……気持ちが少し変わった。

 イベントが終わったあとの会場や戦場跡が好きになっていた。


 ほとんど誰もいない場所。

 光を失いかけた転送門。

 半分だけ畳まれた補給天幕。

 杭だけが残った臨時拠点。

 空瓶の転がる回復薬などの補給箱。

 勝利BGMが止んだ灰色の丘陵。

 報酬交換期間が終われば閉じるインスタンスエリア。


 次のメンテナンスで通常フィールドへ戻される前の、一時生成された戦場。


 イベントの佳境では何万人ものプレイヤーが騒いでいた場所が、急に作り物みたいに軽くなって、何事もなかったように片付けられていく。


 その熱が抜けた後の薄い静かな空間が、何となく好きだった。


 これまでのイベントは季節クエストや町の防衛戦くらいで、終わればすぐ通常マップに戻っていた。

 イベント会場に兵士や係員が残ることも、ほとんどなかったと思う。


 でも、今回のイベントは違った。

 正式サービス開始以来、初の色付き大型モンスター討伐イベント。

 臨時拠点も、補給所も、転送門も、負傷兵の天幕も、これまでとは用意された規模が全然違っていた。


 あの広いインスタンスエリアは報酬交換が終わった後、本当に何も残さず消えるのだろうか。


 このイベントはもちろん運営が作ったものだ。

 灰冠竜も、第一戦場も、アスレガのワールド・ラストアタックも、公式配信で映えるように組まれた大型レイドイベント。


 でも、《Chroma(クロマ) Realm(レルム) Online(オンライン)》はときどき変なところが細かい。


 助けた町の住人が、助けた相手にだけは違う挨拶をする。

 守りきれなかった橋の前で、商人が別の道を選ぶ。

 イベントが終わった後、酒場の噂話にほんの一行だけ知らない名前が混じる。


 それが運営の用意した台詞なのか、ゲームの中で勝手につながったものなのか⋯⋯俺には分からない。


 ただ、分からないからこそ、見に行きたくなる。


 たとえ作られたイベントだったとしても、終わった後の場所に残っているものまで、全部が嘘には見えなかった。


 そんなことを考えながら、俺は灰冠竜の戦場跡(インスタンスエリア)へ向かった。


 報酬のためじゃない。

 攻略のためでもない。

 ただ、終わった後の空気を吸いに行くだけだった。


□■□■□


 灰冠竜討伐戦の戦場跡へは、王都北方の《失われし丘陵》に残っているイベント係から入ることができた。


 正確には自分が最後に参加した戦場へ戻る形だ。


 最王手クランのアスレガがワールド・ラストアタックを取った第一戦場ではない。

 俺が入ったのは、最終日に何とか滑り込んだ後発のインスタンスエリアだった。


 ただ、どの戦場も同じ形、同じ広さだ。

 そこには同じ灰冠竜が暴れ、同じ補給路が走り、同じように臨時拠点が畳まれていく。


 違うのはそこに残っているものを、俺のような誰かが見に来るかどうかくらいだろう。

 報酬交換が終わった後、わざわざ戦場跡へ戻るプレイヤーはほとんどいない。


 攻略組は次の装備強化へ向かい、配信者は討伐動画を切り抜き、検証勢は報酬性能の数値を洗っている。

 そんな中、俺はすでに終わった場所へ戻ってきた。

 今回のイベントでは、臨時拠点をはじめ、補給所や転送門、報酬交換所、負傷兵の天幕まで用意されていた。丘の上には戦場全体を見渡すための高台も組まれていた。


 だが、中に入ると、そのほとんどがすでに片付けられていた。

 空はまだ薄く灰色で、灰冠竜が暴れた丘陵の草は焼け焦げ、地面には至る所に大きな爪痕のような溝が残っている。


 だが、このエリアにはすでに巨竜の死体はなく、攻略クランの旗も立っていない。

 配信者たちが並んでいたという高台も、骨組みだけになっていた。

 片付けられていく途中の戦場まで、ちゃんと残っている。

 こういう細かいところまで演出されているのは、さすがCROだなと思った。


 風の音だけが聞こえてくる。

 俺は誰もいない丘の上に立ち、しばらく戦場を眺めた。


 後で見た公式配信の映像では、第一戦場に光が降っていた。

 何千人ものスキルエフェクトが弾け、灰冠竜グラウムの翼が空を覆い、最後はアスレガのアタッカーが巨竜の胸に剣を突き立てていた。


 俺がいるのはその第一戦場ではない。


 だが、ここは同じ灰冠竜が暴れた同じかたちの戦場だ。

 今はもう、どのインスタンスエリアにも同じような静けさが残っているのだろう。


 地面には焼けた石や風に倒れた杭が残っている。

 少し離れた場所に、誰かが使い残した回復薬の空瓶が転がっている。


「この静けさ、やっぱりいいな」


 思わず声が出た。

 イベント本番や討伐時に間に合っていたら、きっとここはすごかったのだろう。


 熱狂のあとに残る、誰も見ていない景色。

 攻略サイトには載らない空気。

 配信の切り抜きには残らない風の音。


 それだけ見られれば、今日は十分だった。

 そう思って、丘を下りようとしたとき――。


 ――がたん、と木箱の崩れる音が聞こえた。


 音がした方に向かうと、撤収中の荷馬車のひとつが斜面の途中で傾いているのが目に入る。

 片側の車輪が焼け焦げた溝にはまり、積んであった木箱が崩れかけていた。


 近くにいた補給兵が、一人でその車輪を押している。


 名前表示は薄い灰色で、戦闘対象ではないNPCのものだった。


 ――ロイ。


 イベント中なら、きっと背景にいる補給兵の一人だっただろう。

 灰色の軽鎧に、補給隊の腕章。

 顔は若い方だと思う。

 一般的なプレイヤーキャラほど目立つ造形ではないが、疲れたような表情だけは妙に細かく作られていた。


「あの、押しましょうか?」


 思わず俺は声をかけていた。

 ロイが顔を上げる。


「ただいま撤収作業中です。灰冠竜討伐戦は、すでに終了しています」


「それは⋯⋯知ってます」


「この区域はもう戦場ではありません」


「それも分かってます。俺、ただ見に来ただけなので」


 ロイは少しだけ首を傾げた。


「⋯⋯終わった戦場を、ですか」


「はい」


「……変わった方ですね」


「よく言われます」


 俺は荷馬車の後ろに回った。


「せーので押しましょう」


「支給品を追加でお渡しすることはできませんが」


「いえ、車輪が抜ければ十分ですよ」


 ロイはそこで一瞬だけ黙った。

 それから、少しだけ表情を緩めたように見えた。


「では、お願いします」


 俺は荷馬車に手をかけた。


「せーの!」


 ロイと一緒に押す。


 そのはまった車輪は最初、びくともしなかった。

 俺のSTRは高くない。スカウト系は敏捷(AGI)と索敵スキルに寄った職で、荷馬車を動かすような力仕事には向いていない。


 それでも何度か押すと、焼けた土が崩れて、車輪がようやく溝から外れた。


 がたん、と荷馬車が揺れる。

 同時に、上に積まれていた木箱のひとつが落ちた。

 蓋が割れ、中から黒く焦げた薄い金属片がこぼれた。


 ロイの視線がそこで止まった。


「それは……」


 俺は拾い上げた。

 手のひらに収まるくらいの黒く焦げた部隊札だった。


 刻まれた文字はほとんど焼けていて、かなり読みづらかった。


 ――第七補給隊。

 

 部隊の名がそこに書いてあった。

 それを見ていたロイが静かに息をのんだ。


「まだ、残っていたのですね」


 視界の端に小さな文字が浮かび、ピロンという聞き慣れた音がした。


《後日談クエスト:勝利報告に載らなかった名前》


 俺は瞬きをした。


「ん……クエスト?」


 ロイはその部隊札を見つめたまま、静かに言った。


「灰冠竜は倒されました。王都では戦勝碑が立つでしょう。討伐に参加した旅人たちの名も、最後の一撃を入れたクランの名も、きっと刻まれます」


「……はい」


「ですが、補給路を守った者たちの認識票タグが、まだ見つかっていません」


 ロイは割れた木箱の中を見た。


「第七補給隊は、最終フェーズの前まで補給路を守りました。彼らが持ち場を離れていれば、前線へ回復薬は届かなかったかもしれません」


 そんな話、公式配信では一切聞かなかった。


 掲示板にも攻略記事にも、そんな補給部隊の名前は一切出ていなかったはず。


 灰冠竜グラウムを倒したのは俺たちプレイヤーだ。

 ワールド・ラストアタックを取ったのも、ランキング上位に入ったのも、アスレガたち攻略組メンバーだ。


 それで間違っていない。


 でも、その横でイベントを支えるためだけに用意された者たちがいた、ということだろうか。

 そしてイベントが終わった後、その部隊札だけが荷箱の底に残っていた。


 ロイは俺を見た。


「旅人殿。もう戦勝報告の締切まで時間がありません。けれど、もしまだ間に合うなら、彼らの名前だけでも集めたいのです」


 クエスト詳細が開いた。


―――――

 目的:第七補給隊の認識票を五枚集める。

 推奨レベル:表示なし。


 報酬:表示なし。


 制限時間:撤収フェーズ終了まで。

―――――


 俺は不謹慎にも、少し笑ってしまった。

 こんなクエストが、まだ残っていたのか。


「⋯⋯まぁ、今なら時間は少しあるので、手伝いますよ」


「よろしいのですか。これはもう勝利とは関係のない仕事ですが」


「はい、だからこそやります」


 勝利に関係のあるものなら、もう誰かが拾っているだろう。

 報酬になるものなら、攻略組や検証勢がとっくに見つけているだろう。


 でも、報酬にもならず、ランキングにも載らず、誰かが見なければ消えてしまう――ただの名前なら。


 それは俺がここへ来た理由そのものだった。


 ロイはまた不思議そうな顔をした。

 俺は焦げた部隊札をロイに預け、焼け跡の残る丘陵を歩き始めた。


□■□■□


 一枚目は、壊れた補給用の荷台の中にあった。

 箱の下敷きになっていて、半分だけ土に埋まっていた。

 拾い上げると、名前が読めた。


 マーロ。


 二枚目は、倒れた旗竿のそばにあった。

 そこにはイベント中に補給拠点だったらしいテントの跡が残っていた。白い布は外され、支柱だけが寂しく立っている。


 名前はエダ。


 三枚目を探している時、焼け焦げた岩陰から小さな影が飛び出した。


 アッシュリザード。

 灰冠竜の眷属の残り火らしい。


 レベルは俺より少し低い敵だ。

 だが、戦場跡で油断していたせいで、初撃をまともに受けてしまった。


「痛っ――!」


 腕に熱が走る。

 HPが一割ほど削れた。


 俺は短剣を抜き、後ろへ跳んだ。


 アッシュリザードは速い。

 口から細い火を吐き、焼けた地面を滑るように走ってくる。


 俺は攻略動画で見たような派手なスキルは使えない。

 今使えそうなのは、スカウト系の回避スキルといくつかの短剣の攻撃スキルくらいだ。


 でも、こういう敵なら何とかなる。


 足元の溝を使って距離を取り、アッシュリザードが跳んだ瞬間に横へ回る。


「《スローイングダガー》」


 投げた短剣がリザードの脇腹に刺さった。

 リザードが地面に落ちる。


 その隙に近づき、予備のもう一本の短剣で首元を斬る。


 派手な音も強いエフェクトもない。

 アッシュリザードは小さく鳴いて、灰になって消えた。

 ドロップは《灰蜥蜴の表皮》ひとつ。

 売っても安い。


 俺は短剣を拾い直し、岩陰を覗いた。

 そこに三枚目の認識票タグがあった。


 ルッツと書かれている。


 四枚目は、戦場の端にある小さな墓標のそばだった。

 墓標といっても、石を三つ積んだだけのものだ。


 レイドイベント本編ではたぶん背景だったのだろう。プレイヤーが走り抜ければ気づかない。派手な光の中では、ただの地形にしか見えない。


 その認識票タグにはノーラとあった。


 俺はそれを拾う前に、少しだけ立ち止まった。

 勝ったイベントの後に、こんなものが残っているのは変な感じだった。


 プレイヤーにとって、灰冠竜グラウム討伐戦は大成功のイベントだろう。

 限定装備も出た。

 配信も伸びた。

 攻略組は名を上げた。


 でもゲームの中の戦場には勝利の後も、こういう墓標まで残っている。


 それはたぶん、運営の誰かが意図して作った演出だ。


 見ても見なくてもいい。

 報酬にもならない。

 攻略には関係ない。


 だから、ほとんどのプレイヤーは見ていないと思う。ましてや、もうすぐ消えるエリアだ。


 俺は認識票タグを拾っていく。

 最後の五枚目は、丘陵の一番北にあった。


 ここは映像で見覚えがあった。

 灰冠竜が最後に倒れた場所だ。


 大地は大きくえぐれ、中央に黒い焦げ跡が残っている。公式配信のラストシーンで、アスレガのアタッカーが剣を突き立てた場所だ。


 その端の方に、壊れた補給箱があった。


 箱の中には空の回復薬瓶がいくつも転がっている。

 前線に届いた薬。

 使われた薬。

 誰かを最後の一撃まで生かした薬。


 その底には、五枚目の認識票タグがあった。


 セイル。

 五枚目がそろった瞬間、クエスト欄が更新された。


《第七補給隊の認識票をロイへ届けてください》


 俺はその丘をゆっくりと下りた。


 ロイは荷馬車のそばで待っていた。

 周辺の地形を見ても、もうほとんど撤収を終えている場所。

 テントの支柱も外され、焚き火の跡には土がかけられている。

 このマップの大半は消え、今後は本来の《失われし丘陵》に戻るのだろう。


 灰冠竜討伐戦の戦場跡は《失われし丘陵》というただの狩場に戻るはずだ。


 それでいい。

 イベントの跡はいつまでも残るものではない。


「ロイさん、集まりました」


 俺は認識票タグを渡した。

 ロイは一枚ずつ受け取った。


「マーロ、エダ、ルッツ、ノーラ、セイル……」


 彼は小さく名前を読み上げた。

 ただのゲーム内音声なのに、ゆっくりで静かだった。


「⋯⋯ありがとうございます、旅人殿。これで彼らの名を、勝利報告に添えることができます」


「それは⋯⋯間に合うんですか」


「分かりません」


 ロイは苦笑した。


「戦勝碑に刻まれるのは、きっと討伐者たちの名でしょう。この前線で戦い抜いた旅人たちの功績です。それは正しく評価されるべきものです。⋯⋯ですが、報告書の端にでも、第七補給隊であった彼らの名が残れば――」


 ロイは認識票タグを胸に抱えた。


「――それだけで十分です」


 視界にクエスト完了の文字が出た。



《後日談クエスト:勝利報告に載らなかった名前――達成》



 その直後、空に澄んだ鐘の音が響いた。



―――――

《ワールドアナウンス》

《灰冠竜グラウム討伐戦の未回収記録が更新されました》

《第七補給隊の名が、王都戦勝碑に追記されます》

―――――



「…………え?」


 俺は固まった。

 名前は出ていない。

 俺の名前も、ロイの名前も出ていない。


 でも、今のアナウンスはこのゲームをプレイする全てのプレイヤーのウインドウに流れたはずだ。


 報酬が表示される。


―――――

 獲得経験値:18

 獲得アイテム:《灰冠戦役・第七補給隊名簿》

◆◆◆

 分類:ユニークログ

 記録種別:ワールドユニーク

 取引不可

 装備不可

 使用不可

 所持者:ザン

 初回記録者:ザン

 関連記録:未接続

―――――


「……使えないのか」


 思わず笑ってしまった。


 経験値18。

 装備できない。

 売れないし、使えない。


 そのうえ、関連記録という欄まであるのに、そこには未接続とだけ表示されている。


 ユニークログ。

 ワールドユニーク。世界で一つだけのアイテムだ。

 そして、初回記録者としても自分の名が刻まれていた。


 装備することも売ることもできない、ただのログ。

 だが、俺はその名簿を捨てられなかった。


 アイテム説明を開く。


《灰冠竜グラウム討伐戦において、補給路を守った第七補給隊の記録。戦勝の光に隠れた名を、ここに残す》


 ロイが荷馬車に乗った。


「私はこれで撤収します。旅人殿も、どうかお気をつけて」


「⋯⋯ロイさんはこの後どこへ行くんですか?」


「王都へ戻り、今回の報告を行います」


 そう言ってから、ロイは少しだけ空を見上げた。


「次にこの地を通る時、私は別の任務に就いていることでしょう。灰冠竜討伐戦の話をする機会は、もうないかもしれません」


「……寂しくはないんですか」


「補給兵は前線が進めば、次の道へ移ります」


 そのとき、ロイの首元で小さな金属片が揺れた。

 黒く焦げていない綺麗な認識票タグだった。


 そこにはこう刻まれていた。

 第七補給隊――ロイ。


「ロイさんも、第七補給隊だったんですね」


「⋯⋯はい。ですが、私の名はまだ道の上にあります」


 ロイは集めた五枚の認識票タグへ視線を落とした。


「ここに残すべきなのは、この丘で足を止めた者たちの名です」

 

 ロイは空を見上げる。


「それでも、第七補給隊の名簿には私の名も添えます。彼らを王都へ連れて帰った者として」


 そこでロイは少しだけ笑った。


「彼らの名がどこかに残るなら、私はそれだけで十分です」


 荷馬車が動き出した。

 俺はその後ろ姿を見送った。

 やがて、ロイの名前表示は遠くの灰色に溶けて消えた。


 戦場跡には俺だけが残った。


 風が吹く。

 焼け焦げた丘陵の上に、もう勝利後のBGMは流れていない。

 でも俺は今日ここに来てよかったと思った。


 いつの間にか零時が過ぎ、報酬交換期間が終わった。


 攻略組が帰った後。

 ゲームの中にはまだ少しだけ、終わっていないものが残っていた。



□■□■□



 翌日の夜。

 俺はバイトから帰って、飯を食べ、風呂に入ってから《Chroma(クロマ) Realm(レルム) Online(オンライン)》にログインした。


 舞台であった《失われし丘陵》はもう通常フィールドに戻っていた。

 掲示板では灰冠竜装備の強化素材が高すぎるとか、アスレガの次の配信予定とか、そんな話ばかりだった。


 俺は何となく、王都へ向かった。

 灰冠竜討伐戦の戦勝碑が建ったと、公式のお知らせが出ていたからだ。


 王都中央広場にはプレイヤーがそこそこ集まっていた。

 大きな石碑の中央には、灰冠竜グラウム討伐戦の記録が刻まれている。


―――――

《灰冠竜グラウム討伐戦 戦勝記録》


最速討伐戦場:第一戦場

ワールド・ラストアタック:《Astra(アストラ) Regalia(レガリア)》 所属プレイヤー〇〇〇

MVPプレイヤー名:貢献度第一位 プレイヤー〇〇〇 ほか

貢献度上位クラン:《Astra(アストラ) Regalia(レガリア)》 ほか

⋯⋯

⋯⋯

⋯⋯

―――――


 もちろん、参加者全員の名前が刻まれているわけではない。

 けれど、ワールド・ラストアタックを取ったクラン名やMVPをとったプレイヤー名は石碑の中央に大きく表示されていた。


 俺は端の方から眺める。


「やっぱりアスレガすごいな」

「ワールドLA報酬の武器、見た?」

「見た見た。エフェクト派手すぎ、めっちゃかっこいい!」


 近くのプレイヤーたちは楽しそうに話している。


 俺は石碑の下の方へ視線を落とした。

 そして、息を止めた。

 石碑の一番下。

 ランキング上位の文字よりずっと小さく、ほとんど飾りみたいな位置に一文が追加されていた。


 ――灰冠竜討伐戦において、補給路を守った第七補給隊の名をここに記す。


 ロイ。

 マーロ。

 エダ。

 ルッツ。

 ノーラ。

 セイル。


「……あった」


 小さな声が漏れた。

 誰も気づいていないと思った。

 けれど、隣にいたプレイヤーが首を傾げた。


「ん? 何これ。補給隊?」


「え、そんなのあった?」


「NPC名じゃね?」


「灰冠竜イベで補給隊とか出たっけ」


「知らん」


 数人が石碑の下を覗き込む。

 そのうち一人がスクリーンショットを撮っていた。


 俺は少し離れた。

 心臓が何だか変な感じに鳴っていた。

 俺が昨日拾った名前が、王都の石碑に残っている。


 それだけだ。ただ、それだけ。


 経験値にもならない。装備にもならない。

 誰かに自慢できるような報酬でもない。


 でも、昨日の戦場跡は何もなかったわけではなかった。

 あの補給兵の声も、焦げた認識票タグも、丘陵に吹いていた灰色の風も⋯⋯ちゃんとどこかに残っていた。


 俺はメニューを開いた。

 アイテム欄の奥にはワールドユニークログ《灰冠戦役・第七補給隊名簿》がある。


 そこを見ると、昨日見た時よりも説明文が少しだけ変わっていた。


《王都戦勝碑に記録済み》


 その下に、見覚えのない欄が増えている。


―――――

関連記録:

《はじまりの村・古い木橋》未発見

―――――


「……なんだ、これ?」


 灰冠竜レイドの名簿なのに、はじまりの村という名が追加されている。


 はじまりの村。初期村のことだろう。

 俺がこのゲームを始めた時、何度も渡った古い木橋。

 次のアップデートでリニューアルされると告知されていた場所だ。


 名簿は使えないアイテムのままだった。

 けれど、ただの記念品ではない気がした。



□■□■□



 その夜、ゲーム内外の掲示板にはスレッドがいくつも立っていた。


―————


【灰冠竜】戦勝碑に知らん名前増えてない?【イベント終了後】


1:ななしの冒険者

昨日のワールドアナウンス見たやついる?

灰冠竜の未回収記録が更新されました、ってやつ


2:ななしの冒険者

見た見たw

レイド終わってるのにまだ何か出ててびびったw


3:ななしの冒険者

王都の戦勝碑見てこい

下の方に第七補給隊ってNPC名がなぜか入ってる


4:ななしの冒険者

なにそれ??


5:ななしの冒険者

灰冠竜イベのやつ?

ワールドLAの名前とかなら昨日から出てたぞ


6:ななしの冒険者

いやそれじゃない

ロイ、マーロ、エダ、ルッツ、ノーラ、セイルって名前


7:ななしの冒険者

誰?


8:ななしの冒険者

攻略wikiにないぞ


9:ななしの冒険者

補給隊ってイベント中にいた?


10:ななしの冒険者

背景で馬車押してた兵士ならいた気がする


11:ななしの冒険者

そんなのいたか?


12:ななしの冒険者

グラウム最終フェーズで補給路防衛みたいな演出なかった?


13:ななしの冒険者

あったけど誰も見てないだろ

みんな本体殴ってたし


14:ななしの冒険者

これ誰かが何かした?


15:ななしの冒険者

撤収フェーズのことじゃね?


16:ななしの冒険者

撤収フェーズって、報酬交換が終わるまでの残り時間だけ入れる虚無マップだろ


17:ななしの冒険者

行ったやついるの?


18:ななしの冒険者

いるわけない

報酬交換終わったらマップ閉じるだけだと思うじゃん


19:ななしの冒険者

でもアナウンス出てたタイミング的には討伐後だよな。

あと碑文はしっかり増えてた


20:ななしの冒険者

検証班出番だぞ


21:ななしの冒険者

今から失われし丘陵行ってくる


22:ななしの冒険者

もう通常フィールドに戻ってるだろ


23:ななしの冒険者

戻ってた

普通にアッシュリザードいた


24:ななしの冒険者

終わってて草


25:ななしの冒険者

じゃあ再現不可?


26:ななしの冒険者

撤収フェーズ限定ならもう無理w


27:ななしの冒険者

誰がやったんだよ


28:ななしの冒険者

アスレガの誰かじゃね?


29:ななしの冒険者

アスレガのメインは王都で報酬交換配信してたぞ

上の方のやつらは絶対撤収エリアなんて行ってないだろうな


30:ななしの冒険者

じゃあ無名の人?


31:ななしの冒険者

無名がワールドアナウンス出したってこと?


32:ななしの冒険者

なにそれ怖い


33:ななしの冒険者

CROってこういうとこあるから怖い


34:ななしの冒険者

次のイベント、報酬交換終わる前に行くやつ絶対いるだろ


35:ななしの冒険者

行っても兵士が箱片付けてるだけ説


36:ななしの冒険者

むしろそれ見てみたいかも


37:ななしの冒険者

虚無配信の時代来たな


38:ななしの冒険者

撤収フェーズ検証配信、需要ある?


39:ななしの冒険者

ある

寝落ち用に見る


40:ななしの冒険者


41:ななしの冒険者

でも第七補給隊はちょっと泣ける。だって……


42:ななしの冒険者

それな

誰か知らんけどよく見つけたわ


43:ななしの冒険者

灰冠竜倒したやつらの名前の下に、それを支えたっていう補給隊の名前があるのいいな


44:ななしの冒険者

CRO、たまに急に文学するよな


45:ななしの冒険者

これ報酬あるの?


46:ななしの冒険者

これクエストだとしたら、報酬やばくね?


47:ななしの冒険者

ワールドアナウンス出て戦勝碑まで変わってるなら、普通にレア装備の報酬ありそう


48:ななしの冒険者

ワールドユニークの可能性あるってこと?


49:ななしの冒険者

それはさすがに飛びすぎだろw

日本鯖だけじゃなく、世界鯖で1つだぞ、WUって


50:ななしの冒険者

過去のワールドユニークってどんなのがあったっけ?


51:ななしの冒険者

レベルキャップ50時代の最速達成者(世界最速)


52:ななしの冒険者

あれワールドユニーク報酬だったな


53:ななしの冒険者

全ステ+3だっけ。永久に


54:ななしの冒険者

そう。装備枠潰さない指輪

それにキャップ後の経験値が熟練度に変わるやつ

あのときも、ワールドアナウンス出たの覚えてる。他のはしらんw


55:ななしの冒険者

やばいやつじゃん


56:ななしの冒険者

だから今回も報酬あるならたぶんそれくらいやばい


57:ななしの冒険者

装備なら絶対もらったやつが自慢して身バレするだろw


58:ななしの冒険者

じゃあ称号とか記念品?


59:ななしの冒険者

使い道分からん記念品がワールドユニークとか一番CROっぽいなw


60:ななしの冒険者

やめろ

でも世界に1つは欲しい


―――――



 俺は掲示板を読んで、机の前で固まっていた。


 知られてしまった。

 いや、俺の名前は出ていない。

 戦勝碑に俺の名前――ザンが刻まれたわけでもない。


 でも、撤収フェーズに何かあると、少しだけバレていた。


 次からはきっと誰かが見に行くだろう。

 攻略組も、検証勢も、配信者も。

 それは少し残念でもあり、少し楽しみでもあった。


 みんなが行って、何も見つからないかもしれない。

 逆に、誰かが俺の知らない後日談を拾うかもしれない。


 それなら、それでいい。


 俺だけの場所でなくなっても、終わった後の空気を見に行く人が増えるなら、悪くない。


 ただ、俺はたぶんこれからも同じだ。


 イベント本番にはだいたい間に合わない。

 配信の盛り上がりには乗り遅れるし、ランキングには名前が載らないだろう。

 報酬の限定装備も取り逃がしてしまう。


 それでも今回は俺が間に合わなかった戦場には、俺にしか拾えなかった名前が残っていた。


 だから俺は攻略組が帰った後に、誰もいない戦場へ今後も行くだろう。


 そこで風の音を聞き、片付け中の兵士に話しかける。

 攻略情報には載らないものを拾うために。


 それが俺のVRMMOだ。



―――――


【エピローグ】


 画面の右下に、公式告知が流れた。


《次回アップデートのお知らせ》

《チュートリアル導線およびエリア周辺のアップデートに伴い、ヒュームおよびエルフの初期村周辺の地形やNPC配置、一部クエストが変更されます》


 俺はその文字を見た。


 《Chroma(クロマ) Realm(レルム) Online(オンライン)》を始めた時、最初に降り立った場所。


 薬草の採取を教えてくれたおばあさん。

 最初の短剣をつくってくれた鍛冶屋。

 レベル3で逃げ回った挙句、結局やられた狼の狩場。

 何度も迷った森の中の近道。


 その村自体が消えるわけではない。


 ただ、便利になるだけだ。

 新規プレイヤーが遊びやすいように導線が整えられ、古い道や分かりにくいNPCや意味の薄い寄り道などが片付けられ、整理されるのだろうか。


 そして、情報によれば、今後はその区域の一部を今のプレイヤーでも遊べるようにインスタンス化したり、新イベントや狩場更新なんかも計画しているらしい。


 きっと、それは良いアップデートなのだろう。

 でも、俺にとっては少しだけ違った。

 あの村の古い姿は、次のメンテで消える。

 

 今回は討伐イベントではないし、もちろん報酬などもない。

 ランキングもなければ、配信映えもしないだろう。

 ただの段階的なリニューアルアップデートの一環だ。


 たぶん、アップされるまではほとんどのプレイヤーが行かないだろう。

 でも、俺は行ってみることにした。


 変わる前の最初の村の空気を吸いに行く。

 そして、もしそこにまだ終わっていないものが残っているなら。


 今度も拾って帰ろうと思った。

  

 

 

 

【6/9時点】

お読みいただき、ありがとうございます。


ランクイン履歴に「VRMMO短編ランキング 日間1位 週間2位」と出てきて驚いていたのですが、そもそもこのジャンルの短編はかなり少ないのですね……。


とはいえ、ブックマークや評価をいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます。


今回は完全に「こういうVRMMOの読んだことないな」というところから始まりました。

自分が当時はまっていたMMORPGを思い出しながら、趣味満載で書いた短編です。


攻略組でも最強プレイヤーでもない主人公が、イベント後の誰も見ていない場所で、消えかけた記録を拾っていく。そんな物語もあっていいじゃないか、という気持ちで書きました。

当時のMMOの空気感がすごい好きだったので、それが少しでも表現できたらと思っています。


ブックマークが増えるようであれば、連載版というか、続きをしっかり書いていきたいと思っています。


一応、今後やりたいことやプロットの構想はかなりあるのですが、執筆時間が……。

無理のない範囲にはなりますが、続きを楽しみにしていただける方がいらっしゃれば、少しずつストックをためていきたいと思います。


皆さんはどんなMMORPGをやってましたか? コメントいただけると嬉しいです。


―――――


【6/12時点 追記】


 皆さんお読みいただき、ありがとうございます。


 6/11時点のVRゲーム〔SF〕ランキングで、


 ・日間:すべて 1位/短編 1位

 ・週間:すべて 3位/短編 1位

 ・月間:すべて 18位/短編 2位

 ・四半期:すべて 65位/短編 2位


 となっておりました。

 皆さんがぽちっとしてくださったおかげです。

 応援いただき、本当にありがとうございます。


 ランキングに載ったこともあり、たくさんの評価やブックマークをいただきました。

 大変恐縮ですが、とてもうれしいです。


 ザンの今後の物語については、現在、時間を見つけて少しずつ書き溜めております。

 いつごろ公開できるかはまだ未定ですが、引き続き頑張っていきたいと思います。


 今後ともよろしくお願いいたします。

 続きの公開時には、またご報告いたします。

 


【6.14 連載版スタート】


【連載版】を始めました!

こちらになります。


https://ncode.syosetu.com/n0086mi/


【連載版】はこちらの短編を加筆・修正したうえで、その後の続きについて書いていく予定です。

別の作品も書いている関係もあり、スローペースにはなると思いますが、最後まで頑張りたいと思います。


今後ともよろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
こういうのいいなって思う ちょっとうるっとした
こーゆーの好きです。 短編で読了してもブックマークに残す気になるほどには。
名も無きイベントだけに存在するNPC VRとはいえ、会話が無ければただの演出キャラ それでも…ネームタグが見つかる事でその世界に生きとし生きた"証"が遺されるは…良いですね。 物語(ストーリー)も良…
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