昔ながらのゲームセンターが恋しい中年サラリーマン
中年サラリーマン古木盛男は飢えていた。
古木はゲーマーだった。
といっても、家庭用ゲーム機や、ましてスマホでやるゲームに興味はなく、もっぱらアーケードゲーム専門。
会社帰りにゲームセンターに立ち寄り、ゲームをクリアし、ハイスコアを叩き出し……というのが日課であり趣味だった。
とはいえ、古木の顔は曇っていた。
(今のゲームセンターってなんか違うんだよなぁ……)
ブーム全盛期からだいぶ数を減らしたとはいえ、今もゲームセンターは健在である。
店に入ると、店員の元気のいい挨拶が聞こえる。
「いらっしゃいませー!」
親子連れがクレーンゲームに夢中になり、女子高生に人気のプリクラも未だ根強い。
ド派手なメダルゲームや大画面で遊ぶようなゲームも完備されている。
これらを見て、古木はため息をつく。
(これは私の知ってるゲームセンターじゃない……)
古木は昔を思い出す。
(私の知ってるゲームセンターは、もっと暗くて、汚くて、店員なんて愛想最悪で、煙草の匂いが染みついているような、そんなアンダーグラウンドな世界だった)
こうした大型ゲームセンターには、かつて古木がやっていたようなレトロな筐体を置いてあることも多い。プレイすれば楽しめてしまう。
しかし、ゲームを終えて、辺りを見回すとやはり「ここは違う」という思いを抱いてしまう。
一時間ほど遊ぶと、古木は寂しげな背中でこのゲームセンターを去った。
独り身の彼は、家に帰ってもやることなどない。食事をして風呂に入って寝るだけである。
古木は趣味であるアーケードゲームを嗜みつつ、どこか満たされない日々を過ごしていた。
***
会社帰り、古木は大型ゲームセンターに立ち寄るが、今一つ馴染めず、一時間もしないうちに店を出てしまう。
ぶらぶらと繁華街を歩いていると、彼の前に不気味な男が現れた。
黒髪黒目、黒スーツの長身。肌は灰色で、人間離れした容姿をしている。
古木も一目で警戒する。
(なんだこの男は……!?)
男はぼそりとささやく。
「今時のゲームセンターってなにか違いますよね」
古木の急所を突く一言だった。
「明るくて、健全で、賑やかで、まるで遊園地みたいな雰囲気だ。かつてのゲームセンターにはあった排他的な空気がまるでないですよね」
古木は会社でも「ゲーセン通いが趣味」と公言したことはない。「いい年したおっさんが」「だから結婚できないんだ」などと思われるのがオチだからだ。
なのに、この男は古木の趣味を知っており、その満たされない心まで見抜いていた。
怪しむべき場面ではある。が、それ以上に古木は自分の理解者が現れたことに喜んでいた。
「そうなんですよ! 昔やっていたゲームをプレイしても、やっぱりどこか楽しめなくて……!」
男は笑う。
「でしたら、あなたをいい場所に連れていってあげましょうか?」
「え?」
「まさに、あなたが求める場所に……」
古木は尋ねる。
「あなたはいったい……」
「“悪魔”……と言ったらどうします?」
薄い笑みを浮かべる男に、古木はこう答えていた。
「連れていってください」
そう遠くない未来、自身の破滅を予感しながら――
***
男は繁華街のある小さな通りに入った。
そこから細い路地を、右へ左へとせわしなく曲がる。
(まるでゲームの裏面だな)
古木はゲーマーらしくこんな連想をする。
程なくして、二人は一軒のゲームセンターに到着した。
「おお……!」
古木は目を輝かせる。
(小さくて、薄汚れてて、客なんか来なくていいと言ってるような、いかにも“昔のゲームセンター”って感じだ! まだこんなところが残ってたなんて……)
古木は光に吸い寄せられる蛾のように近づく。
「入ってもいいんですか?」
「もちろんです。どうぞ」
男に促され中に入ると、古木の目はさらに生気を帯びる。
ゲームセンター内の光景は、古木をますます興奮させるものだった。
薄暗い照明、清潔感のない店内、染みついた煙草の香り、退廃的な空気……。
カウンターにいる中年店主を見ると、挨拶もせず、ジロリと睨み返すだけ。接客精神の欠片もない。
どれもが古木の求めるものだった。
さっそく古木は、目についた古い格闘ゲームをプレイする。
普段とはまるでレバーさばきが違う。
古木は瞬く間に十数人の敵を倒し、ワンコインでラスボスまで叩きのめしてしまう。
他にもいくつかのゲームをプレイするが、古木はいつも以上の鮮やかな手並みでクリアしていく。
(うう……すごいぞ。こんなに楽しくゲームできるのは久しぶりだ!)
しかし、トラブルが起こってしまう。
あるゲームをプレイしようと思っていたところ、コインが詰まっていて、100円玉が入らないのだ。
これを店主に言うと、店主は舌打ちしつつ、詰まっていたコインを取り除いてくれた。
(これだ……! ゲーセンの店員ってのはこうでなくっちゃ! 愛想なんかなくていいんだ!)
この日、古木は閉店時間までゲームを満喫した。
帰り際、悪魔を自称する男に問われる。
「いかがでしたか?」
「いやぁ、最高でしたよ! これからも来ていいですか!?」
「もちろんです。昔ながらのゲームセンターをぜひ心ゆくまでご堪能ください」
「はいっ!」
大喜びの古木を見て、男はニヤリと笑った。
***
それからも古木は毎日のようにこのゲームセンターに通った。
「よーし、今日はハイスコア目指すぞ!」
子供のような目で、可能な限り入り浸る。
とはいえ、古木は元々他に趣味もない男だったので、ゲーセン通いで金を使い切るなんてことはなく、また仕事をサボることもなかった。
つまり、健全にゲームセンター通いを続けていた。
だが、そんな古木を見て、悪魔を自称する男はまるでお湯を入れたカップ麺が出来上がるのを待つかのような表情を作るのだった。
ある日の会社帰り、やはり古木はこのゲームセンターに立ち寄る。
今日のターゲットはある格闘ゲーム。古木は次々にコンボを決め、コンピュータが操る強敵たちを打ち倒していく。
すると、画面に異変が起こる。
(乱入!?)
アーケードゲームには乱入という機能があり、挑んできた相手と対戦することもできる。
(昔はこんな風によく対戦したもんだ)
対戦が始まるが、古木の腕は圧倒的だった。
瞬く間に乱入者をKOしてしまう。
(決まった……)
目を閉じ、自分の腕前に酔いしれる。
しかし、勝利の美酒を味わえる時間はほんのわずかだった。
「ざっけんなよ、このジジイ」
「え?」
対戦していた筐体にいたのは、学ランの少年だった。髪を染めており、目つきは悪く、一目で“ワル”だと分かる。
しかも、仲間までいる。全員が古木に敵意を向けている。
「調子に乗りやがって」
「いい年したオッサンがよ、こんなとこでゲームしてんじゃねーよ!」
「やっちまうぞ、コラ!」
古木は慌てて立ち上がり、両手を前に出し、不良たちを制止しようとする。
だが、拳が飛んでくるのが早かった。
「ぐはっ!」
壁に叩きつけられた古木は、不良たちから殴る蹴るの暴行を受ける。
その様は手慣れており、容赦がない。
中年店主も「いつものこと」とばかりに見て見ぬふりをしている。
「ゲームみてえに技出してみろや!」
「オラオラァッ!」
「クソジジイが!」
若く荒れた暴力に対し、なんの抵抗もできず、人間サンドバッグと化す古木。
やがて、ズタボロになった古木だけが残され、不良たちは立ち去っていった。
静かになった店内に“あの男”がやってきた。その顔は生き生きとしており、実に楽しそうだ。心なしか、その耳はわずかに尖っている。
「昔ながらのゲームセンター、堪能していただけました?」
床に倒れている古木を覗き込む。
「こうなることは覚悟してましたよね? なにしろ昔のゲームセンターといえば不良のたまり場……危険地帯だったんですから。なのにあなたと来たら、懐かしさに負けて入り浸りすぎてしまった。こうなるのも当然ですよ」
男は満面の笑みを古木に浴びせる。
「まあ、私もずいぶん楽しめました。こうして人間が罠にかかって、ボロボロになるところを眺めることができて……」
ところが――
「最高だ……!」
「え?」
血まみれの腫れ上がった顔で、古木もまた笑っていた。
大怪我をしているのに、その瞳はまばゆい光を宿している。
「中二の時、近所のゲーセンで高校生に絡まれて、ボコボコに殴られて前歯を折られて、三千円取られたあの時の思い出が鮮明によみがえりました……! ゲームセンターってやっぱりこうでなくっちゃ! 悪魔さん……私はこれからもこのゲームセンターに通い続けますよ!」
力強く宣言する古木を見て、悪魔はぞくりと青ざめた。
完
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