不思議な結婚条件ですね?
結婚相談所なんて仕事をしていると、時々変わったお客様に出会う。
これは私、グレシアナが少し前に出会った印象的なお客様の話。
***
ある日訪れたのは、美しい女性だった。
まだ若く、きれいに切りそろえられた爪からは清潔感と少しの神経質さを感じる。
「いらっしゃいませ。結婚相談所へようこそ。」
「私、ある条件を満たす男性を探したいの」
相談所のソファに座り、その女性、クラリスは言った。
「条件というのはどのようなものですか?」
「まず、うちに婿に来てくれる人がいい。他の条件は言えないわ。」
「言えないというのは…」
「指定した環境だけ整えてくれれば、私が判断するから。多少の無理難題でも受け入れてくれる人がいいの。」
(なんだか事情がありそうだ。)
「環境というのは、いったいどんなものですか?」
「ひとつめに、一緒に1時間森を散歩したい。ふたつめに、タマネギをじっくり炒めている様子を見たいわ」
「タマネギ…料理上手な方を探したいのですか?」
「まあ、いいのよ。詳しいことは言えないの。」
彼女は言葉をにごし、ふと背後にある本棚を見た。
「あなた、本が好きなの?」
「ええ、恋愛小説が大好きなのです。」
「そう…。いい趣味ね。」
そう言うと彼女は今日一番やさしい表情をみせた。
後日、私は彼女のテストを受け入れる、3人の男性を用意した。
一人目は、ハンサムなものの、気の弱さが玉にキズな男性。
二人目は、寝グセのついた髪が特長的な、心優しい男性。
三人目は、小太りなものの仕事熱心な男性。
3人ともクラリスの美しさに惚れこみ、おかしな条件を受け入れた者たちだ。
私とクラリス、そして3人の男たちは、クラリスの条件通り森の散歩をすることになった。
「散歩が好きなんですか?」
寝グセのついた男が声をかけた。
「ええ、まあ。」
クラリスが答える。
「ここ、虫が多いよ。最悪だ……」
小太りな男が苛立つ。
「ぼく、虫大好きなんです!」
寝グセのついた男が明るい声をあげた。
「ひっ、驚いた。よくこんなもの好きになれますね!?」
目の前を通った虫に驚き、ハンサムな男が悲鳴を上げる。
「ああもう、うっとおしい!」
ばちん、と小太りな男が手で虫を潰そうとする。
「ちょっと、かわいそうなことやめてください!!」
「そうですよ、死骸は気持ち悪いし……」
寝グセのついた男とハンサムな男が非難する。
「……」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら歩く3人を、クラリスはじっくりと観察していた。
「そろそろいいわ、散歩に付き合ってくれてありがとう」
1時間ほど散歩した後、クラリスは言った。
「それでは、次はタマネギのテストですね」
私は近所の飯屋のキッチンを借りていた。
キッチンは広く、3人が横並びになる。それぞれの前には、タマネギとフライパン。
「ここにあるタマネギをみじん切りにして、20分かけてこの色になるまで炒めてほしいの」
クラリスは言った。
「サイズはこれくらいに切ってね」
クラリスは細かくなったタマネギを指す。
「料理なんてしたことないよ…」
ハンサムな男が弱気になる。
「変わった審査だ。面白い人だなあ。」
寝グセのついた男が笑う。
「チッ。なんでこんなことを。」
小太りの男が毒づく。
「それでは、始めてください。」
3人はそれぞれ、作業を開始する。
ハンサムな男は包丁が不安なのか、恐る恐る作業している。
寝グセのついた男は、不慣れながら丁寧にタマネギを切っていく。
小太りの男は、慣れた様子できれいにタマネギを切っている。
次第に、それぞれがタマネギを炒め始めた。
ハンサムな男は火が弱いが、かえってちょうどいい炒め具合かもしれない。
寝グセの男は火の調整が難しいようで、強火になってしまう。
小太りの男は細かく何度も火加減の調整をしている。
3人共が調理をし終わった。
フライパンの中を見ると、ハンサムな男の火加減が一番ちょうど良いようだった。
寝グセの男と小太りの男は、お手本より焦げ気味だ。
「みんな、作業に付き合ってくれてありがとう。結婚したい相手が決まったわ。」
「「「「えっっ。」」」」
その場にいる全員が驚いてしまう。
こんなことで何がわかるのだろう。
「私が結婚したいのは……。」
***
数カ月後、クラリスが結婚相談所を訪れた。
「あのときはありがとう。おかげさまで夫とは順調よ。」
「よかったです。本当にあのテストで決めてしまうなんて驚きましたよ。」
クラリスが選んだのは、小太りの男だった。
「彼、見込んだ通りよ。インク作りのすじがいいわ。」
彼女がテストしたかったのは、家業であるインク作りの才能だった。
「インクは『没食子』といって、虫が植物の枝に卵を産んでできたコブを煮込んで作るの。
中に入り込んだ虫を排除したり、作業中に潰したりするから、虫を大切に扱いたい人には向かないわ。」
「それを確かめるために森に散歩に行ったのですか?」
「あとは体臭ね。虫が寄りつきにくい体臭の人が時々いるんだけど、その匂いが植物についてしまうと、卵を産んでくれなくなるから。あの3人はみんな大丈夫だったみたい。」
「タマネギ炒めは何のためですか?」
「切る大きさとか、炒める時間とか、指示したものを守れる人かどうか見たかったのよ。
没食子インクも、コブを刻んで煮込むから。
話を聞かないで自己流にする人っているでしょう。ハンサムな人は炒め具合は良かったけど、大きさが雑だったわ。お手本も見てなかった。」
「料理に慣れているかどうかも関係したかもしれませんねえ」
「そう、彼のお父さん、料理人だったのよ!」
「彼というのはルカルトですか?」
ルカルトというのは小太りな男、今のクラリスの夫のことだ。
「そう。お父さんから料理を習っていたんですって。」
クラリスによると、
小太りな男、ルカルトの父は料理人で、食材を切る大きさや温度の管理を徹底するように言われてきたそうだ。
「『父の料理がうまいせいで太ってしまい、自分は料理人はしないと決めてきた。だけどまさか、父が教えてくれたことが結婚につながるなんてなあ。』
って言ってたわ。」
ルカルトの結婚前の仕事はデザイナーだったらしい。
細かい作業は得意なもののデザインセンスがなく、仕事で悩んでいたそうだ。
「意外な経験が役に立ったりしますよねえ。だけど、インク作りのためのテストだと伝えても良かったのでは?」
「ダメよ。うちのインク作りのこだわりは門外不出なの。
煮込み時間を調整してるとか、体の匂いを注意してるとか、バレたくないもの。」
「徹底してますねえ。何にせよ、お二人が出会えて本当によかったです。」
「ええ、ありがとう。そろそろ帰るわね、ダーリンに会いたくなってきちゃった!」
クラリスは満面の笑みで鼻歌を歌いながら、相談所をあとにした。
仕事熱心なルカルトに、クラリスはめろめろらしい。
こうしてまた、一組の夫婦が誕生した。
不思議な条件だったが、いろんな理由があるものだ。ときおりこんな不思議なことがあると、楽しくていい。
結婚相手の条件というのは、人の数だけあるものだ。
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結婚相談所+婚約破棄令嬢の連載も書いています。
もしよければそちらも読んでみてください。




