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短編2

魔法使い令嬢のお手軽な復讐

作者: 猫宮蒼
掲載日:2026/06/12



 世間一般では魔法が使えるのは限られた極一部、と言われている。


 少数しかいないように言われているが、それは平民の間だけであり、王侯貴族からするとそこまで珍しい話ではない。


 威力の大小はあれど、貴族たちの大半は魔法が使える故に。


 そうはいっても、それが日常で役立つかは別の話だ。

 せいぜいちょっとそよ風を起こすだけだとか、ちょっとだけ水を出すだとか。

 火種になるかどうかくらいの僅かなものしか出せないだとか、使い方次第では脅威になるかもしれなくとも、それ単体で見れば脅威とは言えないような、そんな力しか持たないのだから。



 そうはいっても平民には持ち得ぬ力だ。どれだけささやかな力であろうとも、特権階級の証とも言われていた。



 そんな貴族にとっては当たり前で今更すぎる事を思い返していたのは、子爵令嬢エリニアだ。

 彼女の母はエリニアが幼い頃に馬車の事故に巻き込まれ命を落としてしまった。

 そうして喪があけぬうちに父が連れてきた新たな妻。

 その妻との間に既に存在していた妹。


 まるでお伽噺に出てきそうなくらい典型的な状況がエリニアの身に降りかかったのである。


 我こそが子爵夫人だと振る舞う後妻。

 お姉さまのそれが羨ましい、素敵、頂戴と何が何でも駄々をこねて奪い去ろうとする卑しい娘。


 エリニアはこれらを家族とは認めていなかった。

 だが、父はそれを良しとしている。


 まだ成人すらしていないエリニアが何を言ったところで父の機嫌を損ねるばかりで、結果として後妻と妹とも呼びたくない忌々しい娘は増長するばかりだったのである。


 使用人たちもそれなりにどうにかしようと試みはしたけれど、使われる立場にある以上どうしたって限界はある。


 後妻とその娘がエリニアを虐げようとしていたのをどうにかしようと奮闘してくれてはいたけれど、それが目障りとなったのか後妻は紹介状すら残さずエリニアを庇おうとした者を追い出していったのである。

 そしてそれすらも、父は見逃していた。


(もう駄目だ、もう終わりだわこの家は)


 使用人を追い出した結果人が不足し、そしてその穴を埋めるためにエリニアにその仕事が押し付けられた。

 そして父はそれに反対すらしなかった。新たな妻の我侭通り越して暴虐を受け入れている時点でエリニアが父を見限るのは必然だったと言えるだろう。


 幸いにして使用人全てが追い出されたわけではないので、エリニアに押し付けられた使用人としての仕事は精々ちょっと後妻がエリニアが虐げられているのを見て留飲を下げるためだけの見世物程度の事ではあったけれど。

 それでもエリニアにとっては屈辱である。爵位が低かろうとも、それでもエリニアは今まで貴族令嬢として育ってきたのだから。


 エリニアの物だった服やアクセサリーは卑しい娘に奪い去られた。

 頂戴、という言葉に嫌だと返してもありとあらゆる駄々をこねて後妻を味方につけて――卑しい娘からすれば自分の母親なので味方であるのは言うまでもないのだが――最終的にエリニアから強奪する。


 その後も何かしら目をつけてはエリニアから物を取り上げるという行為を楽しんでいる様子でもあった。


 心から欲しいと思っている物は恐らくそれほどないだろう、とエリニアは思っている。

 実際手に入れた時点で興味を失うのか、それらは後からボロボロの状態で発見されるので。


 服に関してはサイズが違うというのもあるが、どちらにしてもあの卑しい娘はエリニアから奪う事が目的で、奪った後の事についてはどうでもいいのだろう。ただ奪った、という事実があれば。


 己の立場を軽んじられ続け、エリニアとしては我慢の限界であった。


 だが、物理的な手段で反撃したところでその後の事を考えると自分の身も危うい。


 けれどエリニアだって何も手をこまねいてやられるばかりではないのだ。


(えぇ、この家はもう終わり。私だってこのままだとお先真っ暗。ならば――)


 こんな家からはさっさと逃げ出すに限る。




 ――とは言うものの、逃げるにしたって行くアテなど特にない。

 父方の親族は頼りにできない。頼りになる相手がいないというよりは、あの父が何かあった際頼る先であるのでそこで鉢合わせる事になるのは避けたいからだ。

 母方の親族はどうだろうか、と思ったがこちらも微妙だなと考える。

 頼りにならないわけではないけれど、いかんせんあの父との縁談を結んだ時点で人を見る目にいささか不振が残る。

 エリニアを一時的に保護してくれたとしても、なんというか別の厄介ごとに巻き込まれそうな気がしないでもないのだ。


 だからこそエリニアは考えた。


 母が死んだ時点で教育だって手を抜かれるようになってしまったので、このまま貴族として暮らしていくのは難しいだろう。

 であれば、覚悟を決めて早々に平民として生きていくしかない。

 貴族のような階級が平民の中でハッキリとあるわけではないけれど、それでも平民にも序列はある。

 明日のパンすらあるかもわからぬ最下層から、下手な貴族よりも金を持つ裕福な者。


 平民として生きていくにしても、流石に最下層までは落ちたくない。


 で、あれば――




 さて、その後どうにか無事に家を脱出したエリニアは、小さな家を購入しそこで暮らし始めた。

 エリニアが元住んでいた屋敷がある、同じ町だ。王都からも離れておらず物流はそれなりに賑わっているためお金さえあれば生活に必要な物は大体手に入る。


 領地の方は遠く、また両親も必要な時にしか戻ろうとしなかった程度には田舎だ。そちらに行ったところで不便な生活が待ち構えているのは明らかだったし、そうでなくとも一人で生活しなければならなくなったエリニアがそちらへ行く必要性はどこにもない。


 エリニアが家から逃げ出して、すぐさま探し出して連れ戻される可能性はあったかもしれないが、エリニアとてそれくらいの事は想定済みである。


 彼女は長く伸ばしていた髪を平民になるのだからとバッサリ切り落とした。

 それくらいで父が自分を見失うだろうか、とも思ったが、平民に紛れたエリニアは女性らしい服装はせず、一見すれば少年にみえなくもない……といったところだったので、恐らくは気付かれないだろう。

 見た目がガラリと変わってもお前の事は娘なのだ、わかるに決まっている。

 なんて言えるだけの情を父は恐らく持っていない。


 それ以前に平民になったエリニアが父の前に現れる事はないだろう。



 家を購入したお金は、勿論生家からだ。エリニアの手元に残るものなんてほとんどなかったが、奪われた分奪ってやろう、というノリで持ち出した。妹を名乗る卑しい娘に奪われた物も後からこっそりと持ち出したりもした。そのまま取り返して手元に置いていたとしても、また奪われたらたまったものではない。


 だからこそ、思い出だけは胸に秘め、そうして売れる物は遠慮なく売りさばいた。

 今エリニアが暮らしている家は、そうして作った資金からだ。


 エリニアが母から残された品だけでは足りなかった、というか卑しい娘が乱暴な扱いをしてくれたせいで値が下がったために、それ以外の物も遠慮なく持ち出したが……そもそも父があのような人間を家に入れなければこうはならなかったので。


 金になりそうな物は大体持ち去った。

 勿論そんな事をすればすぐに気付かれるはずだった……が、エリニアがこうも大胆な行動に出たのには彼女が使える魔法にあった。


 大抵の貴族は精々よそ風を起こしたり、水を出したり、花を咲かせてみたりするくらいのささやかな魔法しか使えない。

 それはエリニアも勿論そうなのだが、彼女の場合は少し違った。

 最初は光を少し操るくらいのものだったのだが、家の中で追いやられ他にやる事もなかった時に彼女は延々と魔法の使い方を模索していた。できれば光で目をくらましてあの後妻と卑しい娘の視力を奪えないかと目論んでいたのだが、しかし魔法は異なる進化を遂げてしまった。


 幻影である。


 幻を見せる魔法。


 それができた時、エリニアはこの魔法の恐ろしさを理解した。

 悪用しようと思えばとことんまでできるだろう。

 だが、同時にこれは自分を守るためのものにもなった。


 光の屈折を利用して、そこにいるのにいないように見せたりするくらいでも、屋敷の中で安全を確保するくらいはできただろう。

 だが、エリニアの魔法は幻を見せる事ができてしまったのだ。


 であれば、金目の物を持ち去って、代わりに価値のない物を置いてそう見せる事もできる。

 そうやってエリニアは金を作ったのだ。


 後半に至っては卑しい娘がエリニアから取り上げた物は、ほぼガラクタである。それをさも価値のある物のように見せていた。


 食事だってそうだ。

 流石に味や匂いまでは変えられないが、しかし視覚情報は誤魔化せる。

 だからエリニアは、自分に与えられる粗末な食事になるはずのそれを、別の――自分に尊大な態度をとる嫌な使用人の食事とすり替えたのだ。

 見た目はどう見ても残飯だが、しかし味はきちんと使用人が食べる食事なので問題ない。

 そうやって体力を蓄え、魔法を使いコツコツと脱出する準備をしていた。


 物を売りに行く時も、エリニアは魔法で自分の見た目を別人に見せかけた。

 家から持ち出された盗品だ、なんて後から父がそれを見つけたとしても、売りに来た相手の行方を誤魔化すために。

 あくまでも見える情報しか誤魔化せないので、声はどうしようもない。

 なので売る時はなるべく低い声を出して、少年もしくは若い男性を装うのが精一杯だった。

 それでも年老いた男の姿で店に売りに行けば、店の主人も見た目に反して声は若かった、という印象を受ける。仮に後に盗人を探すために父が情報を集めたところで、その主人の言葉からエリニアに行きつく可能性は低いだろう。


 そもそも父はエリニアが使える魔法を把握しているかすら謎なのだ。


 多分そこまで興味を持っていないだろうから、最初の頃のちょっとだけ光を出す灯りとして使えるかもしれない魔法、という認識をしてはいても、今のような幻を見せる魔法だとは把握していないのではないか。

 これでもしそこまで把握していたのであれば、その時はエリニアの負けだ。



 屋敷からエリニアが脱出して姿を見かけないのであれば、父も一応探しはするかもしれない。それと同時に家からいくつもの金になりそうな物がなくなれば、当然犯人はエリニアだと思うかもしれない。

 だからこそ、エリニアは自室のベッドにシーツを巻いた物を寝かせ、それに魔法をかけ自分であるように見せかけた。


 エリニアは体調を崩して寝込んでいる。

 そういう風に思わせて、時間を稼いだのである。


 それでも、いずれはバレるだろうけれど。


 だがそうなる前に、エリニアは更に魔法をかけていった。


 エリニアの事を姉と呼びながらも、実際は姉なんて思ってもいないだろう卑しい娘。

 貴族の仲間入りを果たしたと思い浮かれている愚かな娘。

 その娘にも、エリニアは魔法をかけた。



 効果はその後、すぐに現れた。

 同じ町にいるのだ。お貴族様の噂は平民にとっては貴重な情報源であり、また同時に娯楽も兼ねている。


 お貴族様の失態は最高のエンターテインメントなのだ。


 勿論、そういう風に思われる貴族なんて平民からすればロクな相手ではない。マトモに慕われている貴族であれば、平民はそんなゴシップを信じないようにするし、案じたりもする。


 後妻は平民だったため、最初は平民の希望の星のような見方をされていたのかもしれないが、父と結婚した事で後妻は今まで親切にしてくれていたであろう平民に手のひらを返した。

 自分の方が上になったと思った途端にコレなので、性格の悪さがにじみ出ている。


 結局彼女の知り合いだった平民たちは「なにさお高くとまっちゃって」と恩を仇で返されたみたいになってエリニアの家を敵視していたし、であればその家の失態となればさぞ娯楽としてある事ない事噂するだろう。


 貴族の仲間入りを果たしたつもりになっていても、実際他の貴族たちが彼女を貴族と扱ったかは言うまでもない。

 元々の貴族たちからは下賤な血の女と陰で嘲られ、平民たちからも羨望の眼差しどころか汚物を見るような目を向けられる。態度を変えたりしなければこうはならなかったはずなのに。


 それでもどうにか自身も貴族夫人なのだとばかりに振舞っていたし、そうするために彼女は社交に精力的だった。今は認められなくともいずれ見返してやるという気持ちだったのかもしれない。


 それはエリニアが家にいた頃からそうだったので、よく理解している。

 意気揚々と茶会などに参加しては自分よりも上の女性たちを羨み妬み、帰って来てから癇癪を起こす事もあった。

 時には自分の娘を連れていく事も。

 その後は家に帰ってきた娘に、今日はこんな素敵なパーティーに参加したのよ、なんて言われたりもした。

 さぁ羨ましがれと言わんばかりに。


 けれどエリニアからすれば、羨ましくもなんともない。

 茶会に参加しても特に有益な情報を得る事もなく、菓子を堪能するだけで友人が増えるでもない卑しい娘の何を羨めばいいのか。そういった場に参加しても、彼女は周囲から受け入れられてはいないのだ。


 それをエリニアはよく理解していた。



 そんな自称妹に魔法をかけたことで、結果はあっさりと出た。


 エリニアがかけた幻覚魔法は単純だ。


 人の多く集まる場にて、一番豪華な相手がエリニアに見える魔法。

 エリニア相手ならばどんな失礼な態度でも問題ないと学習してしまった娘は、それが幻覚だと気付く事なく大勢の前でやらかした。


 後妻や父が止める間もなく、上の身分の令嬢相手にはしたなくも装飾品を強請り、あまつさえ強奪しようとしたのである。


 躾のなっていない下賤な血の生き物の行動を良しと許す者はいなかった。


 今まではお菓子を貪るだけで放置しておけばいいだけ、と思われていた娘はしかし魔法にかかっていたとはいえやらかした事で一転人どころか畜生と見なされたのである。


 奪おうとした相手が侯爵家の令嬢だったため、あっという間に畜生となった娘は処分されてしまった。

 そんな躾のなっていない生き物を連れてきた畜生の母親と、そんな女を妻に迎えた男もまた相応の罰を受ける事になってしまったが、こちらは命を奪われるまではいかなかった。


 だがしかし迷惑をかけた事は否定しようがない事実なので、迷惑料という名目で幾許かの財産を差し出さねばならなくなってしまったのだが――


 子爵家の中で家宝ではないがそれに近しい品を差し出したものの、しかしその後エリニアがかけていた魔法の効力が切れたため、慰謝料と言いながらゴミを渡してきたと更なる怒りを買いエリニアの父だった男とその妻は処分された娘と同じ道を辿る形となった。


 平民に紛れ込んでいたエリニアにすら、その噂は鮮明に流れてきたのだ。であれば、現場は相当な事だったに違ない。もしエリニアが家に残ったまま卑しい娘に魔法をかけていたのなら、巻き添えで自分まで処分されていたに違いない、と思える程だった。


 まぁ、エリニアはそれを見越した上で逃げ出したのだが。


 貴族に憧れその中に入り込もうとしていた後妻は、早い段階で諦めてしまえばよかったのだ。

 いくらしょぼくとも魔法が使えなければ他の貴族たちは結婚してその身分になったところで後妻の事など決して貴族だと認めなかったのだから。


 そんなエリニアですら理解している事実に気付けなかったのは可哀そうだが、そもそも父がそれを教えていれば済んだ話でもある。

 貴族というものに拘らずとも、父の愛は確かにあったはずなのだから、そこで満足しておけばよかったものを。

 母親が母親なので、その娘もエリニアから奪う事で心を満たそうとしていたようだが、最後はエリニアだと思い込んで侯爵令嬢に殺されても文句は言えないくらいの事をやらかしてしまった。


 一応エリニアの家族だった人たちは、こうして姿を消す事となったわけだ。


 エリニアにある選択肢はそう多いわけでもない。貴族として暮らすにしても今から自分だけがあの家で虐げられていてこの一件を知らなかった、というていで姿を見せるのも面倒極まりない。

 やはりこのまま平民に紛れて暮らしていくのがいいだろう。



「そうなると魔法に頼ってばかりもいられないし……早い段階で手に職つけないといけないなぁ……」


 そもそも家で令嬢として振る舞うような事もほとんどなかったのもあって、大抵の令嬢のような言葉遣いはとっくに消えてしまっている。


 それに、逃げ出した時は若干の不安もあったけれど、いざ紛れてしまえば案外どうとでもなった。


「うん、やっぱ戻るのはないな。利益よりも不利益の方が多すぎる」


 そもそも屋敷にあった価値のある物はほとんど魔法をかけてそうと知られないように持ち出した上で売り払ってしまったのだ。エリニアが今から貴族としてあの家に戻ったところであるのはガラクタと、侯爵家のご令嬢を敵に回して消されたという不名誉な事実だけ。



 しかもエリニアは貴族としての教育だって中途半端なものだった。戻ったところで今度は別の理由で家を潰す事になりかねない。


 貴族として生きていくのは無理でも、平民としてならどうにかなる。

 そう信じて、ひとまずエリニアは今後の職を探す事を決めたのであった。

 次回短編予告

 ちょっとした事故で異世界のとある人物と入れ替わる事になってしまった少女は、その身体の持ち主を知っていた。悪役令嬢と呼ばれる彼女になってしまった少女は、そんな彼女を幸せにしようと自らの知識を使い立ち回っていく。その結果が何をもたらすかなど考えもせずに。


 次回 悪役令嬢に関わった結果

 親切が親切になるとは限らない話。

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