「交換しましょう」と言う双子の妹に、名前も人生もすべて交換してあげることにしました。探さないでください。
「お姉さま、交換しましょう!」
それが、容姿だけそっくりな双子の妹のミミの口癖だった。
最初に交換しようと言われたのは、お祖母様からもらったぬいぐるみだった。
4歳の誕生日の日で、よく覚えている。
私は黄色のウサギで、ミミは水色のウサギだった。
お祖母様がそれぞれにとプレゼントしてくれたのに、その晩、ミミは2人きりになってからこう言ったのだ。
「おねえさま、ミミのウサちゃんと交換しましょう!」
なんの躊躇いもなく無邪気に言うミミを見て、ぞくっとした。
この頃はまだこの不快感みたいなのが何なのか、わかっていなかった。
「どうして?ミミには水色のウサギさんがいるのに」
「わたし、黄色がいいの。ねえ、交換っこしましょう!」
「でも…」
「大丈夫!バレたりしないわ!だって、ミミとおねえさまは一緒だから!」
ミミが私におねだりしてくる時は、必ず2人きりになった時だけだった。
たしかに『一緒だから』という主張は、あまり言い返せなかった。
その頃は、まだ何をするにも一緒だったし、私とミミは2人でセットだった。
顔も背格好も似ていた私たちは、使用人はおろか両親までもが私たちの見分けがついていなかった。
よく名前を間違えられたし、面倒がられてまとめて2人で呼ばれることも多かった。
そもそも両親は、男の子ではなかった私たち双子のことは大して興味がないというのは、成長するにつれてわかっていくようになったのだけれど。
「ねえ、おねがい〜!」としきりに言うミミが、諦めて早く寝てくれないかなと、ぼんやり思っていた。
この時は、自分宛にもらったことが嬉しかったから、色は気にしていなかった。
最初から水色のウサギをもらっても、私は嬉しかったと思う。
だから、色にこだわりはなかったけれど、黄色のウサギを渡す理由にもならなくて、私はうーんと首を傾げた。
「おねえさまより、わたしの方が黄色が似合うわ!」
同じ顔の同じ背丈の彼女の言い分は、さっきまで言っていた『私たちは一緒』を覆したようなものだったが、4歳の私にはそこまでわからなくて。
何より自分の主張をできるミミに気圧されて、「…うん」と曖昧に頷いた。
次の瞬間、黄色のウサギはミミに取られて、水色のウサギが私の腕の中にいた。
「ありがとう、おねえさま!だいすき!」
夜とは反対の眩しい笑顔に、再び「…うん」としか返せなかった。
ミミが思っていたよりも喜んでくれて、これでよかったのかもと言い聞かせた。
ちょっとだけ胸の辺りがざわざわしたけど、なかったことにした。
この日を境に、ミミは「交換しよう」と頻繁に言うようになった。
次の日、私が水色のウサギのぬいぐるみを抱えていて、誰も何も言わなかった。
そして、私はミミにも他の人にも、自分の意見を言うことがだんだんと苦手になっていった。
ドレス、香水、アクセサリー。
2人揃ってもらう時には、「お姉さま、交換しましょう!」とミミは笑顔で言った。
それも、毎回言われるわけではない。
ミミが気に入らなかったもの、私が受け取った方がミミの好みだったもの、ミミの都合でだけそう言われた。
「これは私がもらったものだから、私のだよ?」
「いいじゃない、こっちだって同じだわ」
「同じなら、そっちのままでいいでしょ?」
気に入っていたドレスだったからあげたくなかったのに、なぜか次の日には、ミミがそのドレスを着ていた。
私は、しばらく立ち尽くしていた。
「…なんで、私のドレスを着ているの?」
ようやく声が出て、私がドレスの裾をそっと引っ張ると、ミミはやっぱり笑顔で私の手を払いのけた。
「やだ、何言っているの?お姉さま、わたしのものを取ろうとしないで?」
至極当然のようにそう言われて、意味がわからなかった。
にっこり笑っているミミが、怖かった。
おねだりする時は、必ず2人きりの時だけ。
手に入らなかった時に、あっさり私から奪って、人前で自分のものだと嬉しそうに言う。
最初からミミのものだったかのようになっていって、周囲もそうだと思っている。
私が返してと言っても、通用しない。
次第に、私の方が「卑しいからやめなさい」と両親に注意されるようになった。
ミミと私の区別なんてついていないのに。
それでも、何回か拒んだこともあった。
その度に、「お姉さまよりも、わたしの方がいいと思う!」と言われて、気づいたら私のものではなくなっている。
ガラスペン、リボン、ブローチ、お裁縫箱。
ミミは私から取ったものはとても大切に扱うから、私の方が大切にしていないみたいに思えてきて。
1人ぼっちになったようで、私の意見は通っていかない。
それでも、子どもの頃は『物』だけだった。
貴族学校に入ってしばらくした頃、ミミは高らかにこう言ったのだ。
「お姉さま、わたしの成績と交換しましょう!」
同じ顔のはずなのに、得体の知れないものに見えた。
「そんなの無理に決まっているでしょう…?」
「えっ、できますよ!だってわたしたち、どちらがどちらかなんて、みんなわからないんだから」
「そういうことではなくて」
「お姉さまの成績がいいの、わたしも欲しいんだもん!」
それでも交換するわけにはいかずに、私なりに断っていた。
だけれど、私が熱を出して学校を休んだ日が、たまたま試験の日で。
休み明けに学校に行くと、私は試験を受けたことになっていた。
そして、代わりにミミは欠席扱いだった。
ミミを問い詰めたら、「お姉さまのクラスに行って、代わりに試験を受けておきましたよ?」とケロリとした顔で言われた。
先生にかけ合っても、不思議がられるだけで、私として再試験をしてほしいとしつこく頼むと、「嘘をつくな」と怒られる羽目になった。
もう、いろんなことがどうでもよくなってしまったのは、この時だったと思う。
私はミミとして、休んでいた分の追試験をした。
ボロボロの解答用紙で提出して、赤点になって、ミミにむくれられたけどもう心が動いていなかった。
ミミが私になりすまして受けたテストも、赤点だった。
私は、ミミから「交換しましょう」と言われると、もう抵抗しないようになっていた。
だから、私が婚約した時に、どこかでまた言われるんだろうなと思っていた。
そうして、ミミは今日、本当に私に言ってきたのだ。
「お姉さま、婚約者様をわたしと交換しましょう!」
いつもと同じように、あっけらかんと言うミミにはもう慣れた。
私はいちいち反対したりしない。
だけれど、今回ばかりはそうもいかないだろう。
「そんなわけにはいかないでしょう?お父様がお決めになった、家同士の話なのだから」
「あら、わたしと入れ替わったってバレないわよ?」
「そういう問題じゃないの。わかるでしょ?」
「ええぇ〜」
「ええぇ〜じゃないわ。向こうのお家に迷惑かけるわけにはいかないの」
「ラッセル様は素敵だし、わたしの方がいいと思うのになぁ」
それだけ言って、ミミは口を尖らせてどこかに行ってしまった。
それでも、私はもっとミミの行動を予測するべきだったのだ。
私のねだられたものは、いつも必ずミミの手元に行ってしまうということを、もう少しだけ気に留めておくべきだった。
それからしばらくしたある日、私宛に婚約者であるラッセル様の弟であるノリス様から、訪問の許しを得たいという手紙が早馬で届いた。
早馬という緊急性に、疑問に思いながらも了承の返事を、その届けた人に手渡した。
すぐにノリス様は、我が家にやってきた。
「兄上の婚約者様に突然の訪問、申し訳ありません」
「いえ、何か緊急のようでしたので」
応接間にお通しして、テーブルを挟んで向かいあってから、ノリス様は表情を変えずに硬い声で言った。
「先日はどうしてあなたがお越しにならなかったのですか?」
「…何の話でしょうか?」
「兄上に会いたいと言って我が家を訪ねてきたのは、あなたの名前を名乗った別の人でした。僕はお会いしたことがないですが、多分あなたの双子の妹君ですよね?」
そう言われて、血の気が引いた。
それから、怒られるのも、罪を償うのも、きっと私なんだろうと思った。
「妹が、私の名を名乗ってそちらに訪問したのですか?」
「…その様子ですと、ご存知ないのですか?」
ノリス様は、怪訝な顔から心配そうな顔へと変わった。
「我が妹が申し訳ございませんでした。…このことは、他に誰がご存知でしょうか?」
私が頭を下げると、ノリス様はただ首を振った。
「誰も、…家の者も、僕の親も、兄上も気づいていないと思います」
「やはりそうですか…」
「このようなことは、今まであったとお見受けするのですが…?」
「お恥ずかしい話ですが、そうですね」
「今回ははじめてではない?」
「はい」
「それは、どれくらいの話ですか?」
「どうでしょう、…全部かもしれません」
私の告白に、ノリス様は難しい顔をして黙ってしまった。
私の頭の中は、どうやって両親に報告しようか、この婚約はなかったことになるだろうから私が傷物扱いかしら、いっそのこと修道院にでも行ってしまおうかしら、などと軽く現実逃避し始めていた。
そこへ、ノリス様の声が思考を切り裂いた。
「あなたは、キキ様はどうされたいのですか?」
名前を呼ばれて、そういえば私を私として認識して話をしてくれる人がいるなんて珍しいことに気がついた。
「…ノリス様は、どうして私とミミの見分けがついたのですか?」
「え?全然違うと思いますけど…?」
今度こそ曇った表情で言われたのに、私の胸の内は晴れていくようだった。
そっか、私とミミは違っていてもいいんだ。
「たしかに、顔や背格好は似ていますが、雰囲気は全然違いますし」
「…そう、ですか」
「それに、あなたはその、僕と似ている気がしていたのですが、腑に落ちました」
「似ている、ですか?」
「ええ。何かを奪われ続けた側なのかな、って」
その言葉だけで、急に共犯者が現れたような心強さを感じた。
ノリス様の目がじっと私を見つめていて、私もただ見つめ返していた。
いつもの私だったら絶対に言わないのに、思いつきが口から出てしまっていた。
「妹に、ミミに私の人生を全部交換したらいいのかもしれません」
「交換…?」
「ええ。それで、私だけここから逃げちゃおうかなって」
「…大胆ですね」
「なんだかもう疲れてしまって」
「…いいですね、それ。よかったら、護衛を連れて行きませんか?」
ノリス様は、私と似たような顔をして、静かにそう言った。
「こう見えて、兄上より剣の腕前はいいんです」
自薦だと気づいて、じわじわと面白さが込み上げて笑ってしまった。
「くふふ、…いいのですか?絶対に怒られますよ?」
「どうせ違うことで、理不尽に怒られるだけですよ。どうせ怒られるなら、自分のやったことで怒られたいです」
「本当に、そうですね」
「2人旅、面白そうじゃありませんか?」
「…名前も人生も捨てて、逃避行、悪くないですよね」
そこまで言ってしまったら、私たちはもう後戻りはできなくなっていた。
その日から、ノリス様との秘密の文通が始まって、互いに旅支度を始めた。
私がラッセル様に会いに行かない間も、ミミが勝手に会っていたようだから、向こうのお家からお咎めはなかった。
両親も、使用人も、気づかない。
ミミは私が諦めたとでも思ったのだろうか。
もう喋りもしなかったからわからなかった。
ミミのすることは、今までもずっとわからなかった。
ミミがラッセル様に夢中だということだけは、話さなくてもわかった。
私とミミは、やっぱり見分けてもらえていなかった。
そのことが嬉しいと思う日が来るとは思わなかった。
ドレスや宝石の換金もして、旅用の服もブーツも手に入れた。
護身用の短剣も用意したし、少しの間だけれど、護身術を家の使用人に習った。
除籍のための書類も用意して、机の上に置いた。
私とミミの両方の書類を用意した。
あとでどちらが受理されるのかは、私は知らない。
換金する際に気づいたのは、私のお気に入りものはほとんど私の手元になかったということだ。
あの黄色いウサギのぬいぐるみも、あの時のドレスも、大好きだった本も、何もかも私は持っていなかった。
「次は大事なものを自分の手に持てるようにするのが目標になりそうです」
待ち合わせの船の前でノリス様にそう言うと、話の脈絡もなかったのに、ノリス様は笑ってくれた。
「いいですね、僕もそれを目標にしたいです」
「奪われない旅にしましょうね」
「ええ、僕とあなただけのものになる旅です」
「想像がつかないです」
「そうですね。でも、もう怯えなくていいと思うと、浮き立ってしまいます」
はじめてご挨拶させていただいた時よりも、健康そうな顔のノリス様を見て、私も浮き立つようだった。
「行きましょう、全部を捨てて」
「はい」
私とノリス様は、隣国行きの船に乗り込んだのだった。
了
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