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飽き性姉と欲しがり妹

掲載日:2026/06/09

 私、シシリー・モルガナは子爵家の長女だ。

 なかなか子が生まれなかったことと、次に生まれてきたのも女児だったという事情があったため、モルガナ子爵家は私が婿をとって継ぐことが決まっている。

 そのため、5歳からずっと勉強の日々だった。

 最近は実務も増えているため、ほとんど休みがない。


 ようやく一区切りついたので、休憩をするため部屋を出て廊下を歩いていると……。

「あら~マリリン、よく似合っているわよ!」

 という声が聴こえてきた。

 チラリと声のほうを見ると、母が私の髪飾りをつけた妹を褒めそやしていた。


 ――私には、妹を溺愛する両親と、私のものをほしがる妹がいる。

マリリン()がそれをほしがっているわ。あなたは姉なんだから、妹に譲りなさい」

 そう言って、いろいろなものを持っていかれた。

 お気に入りも、そうでないものも。

 だから、妹は物持ちだ。

 それでも、いつも不満げで、

「お姉様はいいわよね、たくさん買ってもらえて」

 なんて言われる。


 ……昔、大切にしていた人形を取り上げられ、しかもそれを壊された。

 私は泣きながら、

「あげて壊されるんなら、あげたくない!」

 そう叫んだが、両親にはそれが私のワガママだと映ったらしい。

 叱られて、ならもう人形は買い与えないと言われて終わった。

 そのとき諦めた。


 ……妹はどこかへ嫁ぐし、私が子爵家を継いだらもう妹に私の大切なものを渡さなくて済む。

 そう考え、ひたすら耐えることにしたのだ。

 何を持っていかれようとも、もういい。好きにすればいい。


 それにしても……あの髪飾りも持っていったの。

 だいぶ昔に買ってもらったもので、お気に入りだったから見つからないよう隠しておいたのに。

 最近では部屋を漁られているようで、どんどんものがなくなっていく。

 抗議しても「あなたは姉なんだから」って言われるだけで解決しない。


 髪飾りは、マリリンには似合っていない。

 だって、私の濃い茶色の髪に合うようにと買ったものだったもの。

 薄いグリーンのマリリンの髪に合うはずがない。

 だけど、母は髪飾りをつけたマリリンを熱心に褒めそやしていた。

 私は二人を見ないようにして、足早に去った。


 廊下で私を見かけた父が、

「何をさぼっているんだ。しっかり勉強しなさい」

 と、叱る。

 ……マリリンは、母と遊んでいるのに。

 そう思ったけれど、逆らってもどうしようもないし、実際私が子爵家を継ぐのだから勉強はしなくちゃいけない。

 マリリンはお嫁に行くんだから。

 大丈夫、マリリンが嫁ぐまでの我慢よ。

 そう言い聞かせ、父に

「……申し訳ありません。すぐ戻ります」

 と伝えて部屋へ戻る。

「……まったく、陰気で可愛げのない奴だ。もう少し愛想良くしないとマシュー君に愛想を尽かされるぞ」

 という、父の声が後ろから聴こえてきて、耳を塞ぎたくなった。


          *


 私の婚約者のマシュー・メルロー子爵令息は3つ年上の穏やかで優しい方だ。

 ただ、優しすぎるのが困る。

「君の妹さんだからね。できるだけ仲良くしたいんだよ」

 と、困った顔で言いながらマリリンとも仲良く会話をしているから。

 たまに二人きりで話しているときがあって、モヤッとする。

「彼女もいろいろ思うことがあるみたいなんだ」

 そんなことを言われる。

「……でも、姉の婚約者と二人きりで話すのは、はしたないですわ」

「まだ子どもなんだし、君の妹じゃないか。……なら、三人で話さないか?」

 マシュー様はそう言ったけど、マリリンが嫌がったらしくて一度も実現はしないままだった。

 それでも、私とマシュー様はうまくいっていた。

 マリリンを気にかけているのも、優しさからだと思っていた。

 将来、私が領地経営をしてマシュー様は外で働くということを話していた。

 貧乏子爵家で悪いけれど、それでも二人で協力し支え合っていこうと、そう語り合っていた。

 私は18歳、もうすぐ結婚するだろう。そうしたら両親のことも妹のことも気にしなくなる。マシュー様がいてくれるから。


 だから――

「子爵家は、マリリンに継がせる。お前にはフレッド・ツインズ伯爵に嫁ぎなさい」

 と書斎に呼ばれて父にそんなことを言われたため、頭が混乱した。


「――え? でも……マリリンは、何も勉強をしていないですよね? 無理でしょう? それに、婚約者のすげ替えだなんて非常識ですわ。マシュー様……いえ、メルロー子爵家だってそんな話を受けないでしょう」

 私は呆然としながらも反論した。

 私の様子などまるで察することはなく、父は機嫌よく言う。

「マリリンは、マシュー君と結婚して子爵家を継ぐことを望んでいる。マシュー君とともに今から学べば大丈夫だろう。マシュー君もマリリンと仲が良いから乗り気だったよ。そもそも子爵家を継ぐのは当分先の話だ。私はまだまだ譲る気はないからな。――それよりお前は、フレッド・ツインズ伯爵に失礼のないようにしろ。彼に支援していただければ、子爵家は安泰なのだからな。妹夫婦のためにも、お前はフレッド・ツインズ伯爵に従順に尽くすのだぞ!」


 妹に――マリリンに、婚約者までとられたんだ。

 お父様はマリリンの望み通りにするため、後妻の話を見つけて陰気で可愛げのない私を追い出そうとしているんだ……。

 そう理解した私は絶望し、書斎を飛び出すと部屋に飛び込み、大声で泣いた。


          *


 ――フレッド・ツインズ伯爵は後妻を探していて、私はその後添いに選ばれたそうだ。

 跡取りはいるので、家の切り盛りをしてほしいということだった。


 夕食も朝食も抜いたのに、家族の誰も心配をしない。

 それどころか、母は、

「あなたは姉なんだから、いつまでも拗ねるようなみっともない真似はやめなさい」

 と、部屋に入ってきて怒った。

 父も部屋を訪れ、

「すでに伯爵には伝えてある。今日が顔合わせだ。今からすぐに向かえ」

 と言ってきた。

 行きたくないと言っても、叩き出されるだろう。


 私は、泣き腫らし虚ろな状態を取り繕う気もないまま、一人伯爵家に向かった。

 普通なら、両親とともに相手と顔合わせをするものだろう。何もかもが非常識だ。

 ……どう考えてもまともな結婚じゃない。


 そう考えたけれど……訪れた嫁ぎ先の伯爵家は立派だった。

 うちの貧乏子爵家からは考えられないほどにきらびやかで、手入れがされている。

 騙されているんじゃないかしらと考えながらも門番に用向きを伝える。

「……シシリー子爵家の長女、モルガナです。父よりフレッド・ツインズ伯爵当主に嫁ぐよう言われ、こちらにまいりました。伯爵当主様に取り次いでいただけるでしょうか」

 門番は顔を見合わせると、

「少々お待ちください」

 と、奥へ消えていく。

 その後、執事らしき人が現れた。

「ようこそいらっしゃいました。私はツインズ伯爵家に仕える執事バーモントでございます。まずは応接室にご案内いたします」

 と、挨拶され、屋敷に通される。


 案内された応接室も立派だった。

 ……どうしてこんな立派なお屋敷に住んでいる方がうちの貧乏子爵家の娘を、しかも顔合わせもせず身売りのようにほしがったんだろう……?

 そんな疑問がフッと浮かんだけれど、悲しみと絶望で思考が鈍っていてすぐに消えていった。

 どんな疑問があろうと、結果は変わらない。

 私は妹に全てを奪われて、伯爵家の後妻になれと追い出された。

 それが全てだ。


 私は身動ぎひとつせずただ黙って座っていた。

 髪はボサボサ、とうてい顔合わせで着るようなドレスでもない。化粧すらしていない。

 一晩泣き腫らした目は道中で腫れと赤みが引いたかわからないが、瞳は虚ろ。

 執事は何も言わなかったけど、私のこの様子を主人に伝えたのだろう。

 フレッド・ツインズ伯爵が慌ててやってきた。

「待たせて失礼した。手違いがあったかと手紙を読み直していたんだが……。あなたがシシリー・モルガナ子爵令嬢ということで合っているかな?」

 私もとうてい格上の嫁ぎ先にくるような格好をしていないが、フレッド・ツインズ伯爵もガウンを羽織っている。

 私が小さくうなずくと、少し呆然としたフレッド・ツインズ伯爵は苦笑した。

「重ねて失礼をした。私がフレッド・ツインズ。この伯爵家の当主だ」

 そう挨拶すると目の前のソファに腰掛け、

「よかったら、紅茶を飲んでみないか? 自慢するようだけど、我が家の紅茶は春摘みの一番を仕入れているので、なかなかの香りと味わいだよ」

 その言葉を聞いてふとテーブルに目をやると、いつの間にか香り高い紅茶が目の魔に置かれていた。

 少しだけ、紅茶を口に含む。

「このクッキーも食べてみるといい。紅茶に合うクッキーを選んでいるんだ」

 促されるまま、クッキーをかじる。

 ジンジャーの香りがふんわりとした。

 紅茶の温かさとジンジャーの香りに癒やされる気がした。


「意に添わないなら受けなくてかまわないよ。君の両親には私がとりなそう」

 優しく言ってくれた伯爵の言葉に、私の目から涙が溢れる。

 私は泣きながら首を横に振る。

 そして、何もかも話した。


 両親が妹を溺愛し、何もかも妹から奪われてきたこと。

 とうとう当主の座と婚約者を奪われ、あなたに嫁げとここに向かわされたのだと話した。


 泣きながらなので、かなりたどたどしかっただろう。

 それでもフレッド・ツインズ伯爵は口を挟まず、黙って聞いてくれた。

 話し終えたときにはようやく気持ちが落ち着き、なんとか泣きやんで謝罪した。

「……お恥ずかしい話をしまして……。困らせてしまい、大変申し訳ございませんでした」

 フレッド・ツインズ伯爵は首を横に振る。

「いや、こちらこそすまない。……そういった話だったのか。それは、半分くらい私のせいかもしれない」

 その言葉を聞いた私は訝しむ。

「……どういうことでしょう?」


 フレッド・ツインズ伯爵は申し訳なさそうに話した。

「最初、君の両親は君の妹を私の後妻として持ってきたんだよ。だが断った。若すぎる、と。そうしたら、姉である君ならいけるのかと問われ、年齢的にはギリギリ許容範囲だと答えたんだ」


 私はその話に驚いた。

 最初は妹を提示していて、そして彼が嫌がったのか。


 フレッド・ツインズ伯爵がさらに語る。

「話の持っていき方からして危ういとは思っていたのだが、君の両親はどうしても支援目当てで君たち姉妹のどちらかと私を縁づかせたかったようだ。こちらは『会ってみてから承諾するかどうかを考えるので、日程を詰めよう』と伝えたのだが……」


「……両親が、本当に申し訳ありません!」

 なぜ私が謝らねばならぬのかとチラッと思ったが、両親のやらかしは失礼どころの騒ぎじゃない。

 フレッド・ツインズ伯爵が圧力をかければうちのような貧乏子爵家、すぐに潰れるのに、何をやっているのだろう。


「いや、こちらも最初から断らなかったのが悪い。……跡取り息子はいるが、現在は宿舎に入っている。とはいえ、女主人がいないと家の細部に目が行かないため、再婚は必要だと周囲からせっつかれてね。……私自身がさほど乗り気でもないし私と再婚してもうまみが少ない。野心の少ない子爵家か男爵家の未亡人辺りが、『暮らしに困らなくなる』程度の気持ちで嫁いでもらえないかと思って軽く周囲に話したんだよ。そうしたら君の両親が食いついてしまった。最初からちゃんと『未亡人で考えている』と伝えれば問題は起きなかったのにな」


 いや、普通は察すると思います。

 察しない、非礼で非常識の両親がおかしいんです。


 最初に訪れたときの絶望感は吹き飛び、今は穴があったら入りたいほどの羞恥心で身の置き場をなくしている。

 フレッド・ツインズ伯爵は私を見てしばし考え、

「私のせいで君の婚約がめちゃくちゃになってしまったようだな。申し訳ない。……であるなら、お詫びに少しだけ介入しよう。君の両親と妹に会わせてもらえるか? 話を聞きたい」

 と、そう提案してくれた。


 フレッド・ツインズ伯爵は両親に手紙を書いてくれて、私はしばらく客人として過ごした。

 ……このとき、ここで過ごせて自分の気持ちが決まったと思う。

 ずっと勉強し続けて、領地をよくしようと考え、語り合っていたあの日々は、つらかったけどやり甲斐があり楽しかったと思い返せた。


 フレッド・ツインズ伯爵は家の差配をしてほしいのだと思う。

 だけどそれは習っていないし、私にはその感覚がない。

「……ごめんなさい。私……向いていないと思います」

 そう断った。

 私はあの貧乏子爵家を継ぎ、領地を切り盛りしていくように教育され生きてきた。

 お金持ちの伯爵家で優雅に夫人として家を切り盛りするのは無理なのだ。


 フレッド・ツインズ伯爵は笑って許してくれた。

「わかっている。君は常に走り続けてきたんだろう? 今は、ちょっとだけ羽を休めていると思いなさい。領地の経営の話がしたいのなら、任せている者を呼ぼう」


 フレッド・ツインズ伯爵はとてもいい人だった。

 この人と結婚したのなら、きっとゆったりとした人生を送れるのだろう。

 でも、それは、私が今まで生きてきて、苦労して学んできた全てを捨てることになる。

 どこかで活きてくるのかもしれないが、そうじゃない。

 私は、学んできたことを100パーセント活かしたいの。

 それをどう活かすか、自分で決めたい。それが私の人生観だ。


 私は、ものが捨てられないし、ひとつのものに愛着を持つタイプだ。

 妹に奪われ続けてこういう性格になったのか、元からなのかわからない。

 でも、私は今までの人生を、学びを捨てられない。

 捨ててもかまわないのは、両親と妹だけだ。

 あれらがあると、私の大切なものを捨てないといけないから。

 なら、さっさと処分しよう。


          *


「日程が決まったよ。では、君のご両親と妹さんに会おうか」

 フレッド・ツインズ伯爵の言葉に、顔を引き締めてうなずく。

「次こそ、言いたいことを言います」

「そうしなさい。ただ――」

 フレッド・ツインズ伯爵はちょっとだけ言い淀んだが、続きを言った。

「相手の言い分も、しっかり聞きなさい。今回のことは私も君の両親に全てを伝えていなかったことが原因だ。察することができない相手もいる。だからきちんと伝え、そして相手の言い分もしっかりと聞くんだ。いいね?」

「はい、わかりました」

 私は再度、しっかりとうなずいた。


 フレッド・ツインズ伯爵とともに我が家へ帰った。

「フレッド・ツインズだ。先触れにて話は通してあるが、当主と夫人、そして令嬢はご在宅かな」

「はい、応接室にてお待ちしております」

 家令の案内で応接に入ると、三人が仲良く並んで座っている。

 だが……妹はギラギラと私を睨んでいた。

 私が戻ってきたから機嫌が悪いのかしら?


 知ったことではないわと私は妹の視線を無視し、伯爵にエスコートされて着席する。

 続いて伯爵が着席したとたん、妹がこう言った。

「まさか、もう飽きたの? 飽きてまた、私に押しつけるの? ……いい加減にして!」

 ……妹が、意味不明にブチキレたんですけど。


 私は啞然とする。

「……飽きた? 今そう言った?」

「今までさんざん飽きたお古を私に押しつけてきたじゃないの! 何もかも! 私はいっつも『まだ使えるからいいわよね?』って押しつけられてきたわ! 自分ばっかり新品を使ってさ! 婚約者まで! いい加減にしてよ! 人はモノじゃないのよ!」


 妹の怒鳴り声に私も怒鳴りながら反論する。

「当たり前でしょう!? むしろ、あなたが何もかも奪ってきたんじゃないの! 私のお気に入りを何もかも! 私は、買うたびにあなたに奪われていったのよ!」

「私がいつお古をほしいなんて言ったのよ!? 私は、新品がほしいっつってんのよ!」


 私が奪われてきたものは、妹にとっては中古品でいらないものだったと聞かされ、愕然とした。

 ……なら、返してよ!

 私は、お気に入りを手放してきたのに……!


 フレッド・ツインズ伯爵が私たちを宥めるように割って入った。

「私は先日、姉であるシシリー嬢から話を聞いた。今日は、妹である貴女から話を聞かせてくれないか」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


《マリリン視点》

 そう。『妹である』ということが私にとって最悪の人生を歩ませた。

 何もかもすべて、姉のお古を使わされるんだもの。

 私に与えられる全てのものが古びた時代遅れでちょっと壊れたもので、新品など一度も買い与えられたことがない。

 お茶会に参加するためのドレスも、どこかしらにシミがあったり、袖口が汚れていたり。


『お姉ちゃんがね、大切に着てとっておいたのよ。マリリンにぜひ着てほしいって譲ってくれたの』

 ――そう、デビュタントのドレスすら中古だったのだ。

 皆が真っ白のドレスを着ている中、私は黄ばんだレースの、あちこちにシミのあるくすんだドレスを着た。

 両親は大げさに褒めたたえてきたけど、私は恥ずかしかったし、悲しかった。

 貧乏だって言われている男爵家の令嬢ですら、シンプルだけど新品のドレスを着ているのよ?

 その中で、私は小汚い中古のドレスを着ているの。

 その男爵令嬢も、周囲の華やかなドレスを見てションボリしていたけど、私を見た後、うなずいた。

 そうね、『アレよりはマシ』って思ったんでしょうね。


 私は悲しくて悔しくて、こんなシミだらけのドレスは嫌だって言ったのよ。

 いい?

 私は、中古品のドレスが嫌だっていう意味で言ったのよ?


 そしたら、勘違いした姉が暗い色のドレスを着るようになったのよ。

 違う! そうじゃない!


 ――結局、中古。

 時代遅れの髪飾り、ネックレス。

 笑い者にされるのがわかっていて、そんなのつけたいと思う?

 そしたら母親が、『お姉ちゃんがちょっとだけ使ったのだからいいでしょ?』って寄越してきたわ。


 なら、私に新品を使わせてよ! それをあげればいいじゃん! なんで頑なに中古品なのよ!

 しかも、何かにつけて『お姉ちゃんに新品をねだられて買ってあげちゃったから、お金がなくて』って弁解を親から聞かされる。


 ……あぁ、そうね。

 お姉ちゃんは跡取りですもの。

 家庭教師だって、姉にはつけてくれるけど私はお金がないからつけてくれない。

 たまに一緒にどうぞって言われて話を聞くけど、5年も差がある上に、今までほとんど教育を受けてない子がついていけると思ってんの?

 嫌がらせとしか思えない。


 でも、しょうがない。

 うちは貧乏で、跡取りである姉にしかお金をかけられないんですもの。

 どこかに売られるよりはきっとマシなのよ。

 ずっとそう言い聞かせていたわ。


 ――姉の婚約者であるマシュー様がいらっしゃるときは、ちょっとだけ嬉しかった。

 彼は、私にも新品をくれるから。

「お姉さんとお揃いだよ」

 って髪飾りをくれたときは嬉しかったなぁ。

 なんか、なくしたらしい姉が『私が盗った』とか言いがかりをつけてきたんでケチがついちゃったけど……。

 あ、そういえばお母様もマシュー様にもらったみたいで同じのをつけてたっけ、母娘三人お揃いなんだなって思ったな。


 ……そう。確かにマシュー様はいい人だし、私もマシュー様にだけは今言った愚痴を言ったけど。

 けど!

 婚約者くらい、新品を選んでもらえるって思ってたのよ!


 ……蓋を開ければ、コレよ。

 姉はマシュー様のことが気に入らなかったのか、私に来ていた縁談を盗って、マシュー様を押しつけた。

 父に呼び出されて、姉がその結婚に乗り気だから私がマシュー様と結婚してこの家を継げって、マシュー様と並んでその話を聞いたとき、呆れてものも言えなかった。

『お金持ちで、家を切り盛りすればいいだけだからソッチがいい』ってねだったんですって!

 私は愕然としたし、マシュー様も愕然としていたわよ。

 婚約者すげ替えなんて、聞いたことないんですけど!?


 マシュー様はお姉様に確認したかったようだけど、姉は新しい婚約者に会いにとっとと出ていってしまったらしく、家に居ない。


 ……ちなみに私は、いっさい教育を受けてないんですけど?

 父も母も、「今からやれば大丈夫」みたいなことを言ってるけど、苦労するのって私よね?


 マシュー様も、ぶっちゃけ違約で婚約破棄したかったと思う。

 ふざけんなって思うでしょ、フツー。

 しかも、領地経営はお姉様が勉強してたの。マシュー様は外で働く予定だったの。

 それが、私だけじゃ頼りないからってマシュー様も一緒に勉強することになったのよ?

 何もかも話が違うって怒ってもおかしくないわよ。


 私はマシュー様に婚約破棄を勧めたけど、彼は虚ろに笑って言った。

「ハハハ……。確かに破棄したほうがいいんだろうけど、婿入りできるし、君もここから破棄したら、相手を探すのに苦労しそうだしね……。しょうがないよ、二人でがんばろう。……念のため、お姉さんには手紙を出してみるよ。誤解でこうなったのかもしれないし……」

 そのわりに全てを諦めたような表情だったけど……。

 私も諦めて勉強することにした。


 まぁ、これからは私にお金を使ってもらえるのかなという期待がほんの少しだけあったんだけど……お姉様は、嫁入り先で何もかも買ってもらえるから、引き続き私は姉の置いていった全てのお古を使うように、って言われて絶望した。

 姉の嫁入り先に全部送りつけてやろうかと思ったわよ!


 ――みてなさい、私が当主の座を継いだら、絶対に新品を買い揃えてやるんだから!


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 私は呆けたまま妹の話を聞いた。

 ……私の認識と真逆なんですけど。

 そして、私が散財する悪逆非道の姉みたいな扱いなんですけど。

 ……そういえば、マシュー様から何度かその話を振られたわ。

 マシュー様は、妹に嘘八百を吹きこまれたんだと思っていたけど……そうじゃなくて、私と妹の見解の相違に気づいて、とりなそうとしていたのかもしれない……。


「……私……。マシュー様に謝らないと……」

 優しい人だった。

 将来を語り合っていた。

 妹に関しての話がちょいちょい出ていて、それが嫌だったんだけど、妹は妹で、飽き性の私にお古を押しつけられていたと思っていたのね……。


 デビュタントのドレス、大切にとっていたのに『マリリンにあげた』って聞かされて悲しかった。

 でも、それは思い出補正。

 確かに私は、新品の真っ白いドレスを作ってもらって楽しいひとときを過ごしたわ。

 欲しがりだと思っていた妹は……あれから5年の間ほとんど手入れもされていないドレスを着せられてデビュタントに参加したの……そりゃあ、嘆くでしょうよ。


「念のために言っておくけど、私はあなたに押しつけたことなんてないわよ。私が全部とっておいたのはあなたのためじゃなく、私はものを大切にとっておくタイプだから。あなたにあげるためじゃないの。そして、あなたが嘆いて以降、私の作るドレスは暗い色になったのよ。……恐らく、シミ対策ね」

「そんな対策いらないわよ! 新品よこせ!」

 妹が叫んだ。

 その通りだと思う。


 両親はうつむいたままだ。

 私と妹の齟齬は、すべて両親から経由されて聞かされた話が嘘八百だったから。

 全員の視線が両親に集まる。

「……うちは貧乏なんですよ。マシュー君との婚姻も支援目当てだし、さらに支援が望めるツインズ伯爵との婚姻は、なんとしてでも取りつけたかった。だから、伯爵が望むほうを渡すしかなかったんだ」

「おやおや、今度は私のせいですか」

 伯爵のおどけた声に、父がビクッとする。


「それにしても……。娘さんお二人は令嬢らしからぬドレスですが、ご両親は立派なお召し物ですな。新品ですよね、ソレ」

 伯爵が両親を見ながらつぶやいた。

「え? えぇ、まぁ。……さすがに私たちはお下がりがありませんから」

「でしたらこれからは、安い中古品を仕入れてお渡ししましょう。お金が浮きますよ、よかったですね」

 伯爵がニッコリ笑顔で言うと、妹が大きく拍手した。

「それは素晴らしいわ! 新品なんて必要ないわよ! なんなら、私があちこちに頼んで無料で仕入れてきますわ! 私の装いを見れば、うちがどれだけ貧乏なのかわかっていただけるもの!」


 ……狂ったかのように大声で囃し立てる妹が怖い。

 そりゃあ……新品がほしくてしょうがないのに一度も買ってもらえなかったんなら、しょうがないかな……。

 伯爵は妹をおもしろがっているけど、私は、ちょっとどころじゃなくて引いているわよ。

 なんか、ゴメンね。

 一つでもいいから新品を買ってあげればよかったね。

 ……あの頃は、単に人の物をほしがるワガママっ子だって思ってたから無理だったけど……。


 ……って待って。

 私が悪いんじゃないわよね。

 どう考えても陥れていた両親のせいよね!?


          *


 私はマシュー様と会って、話した。

「貴男の話を真面目に聞かなくて、本当にごめんなさい。……てっきり妹が嘘をついていて、貴男がそれを信じているのかと思って……」

 マシュー様が苦笑した。

「君たち姉妹がすれ違っていて、二人とも歪んでいるのに気づいていたけどどうすることもできなかったから、僕も悪い。……君は奪われているって言ってたけど、彼女はちょっとしたものを買って贈っただけでも飛び跳ねて喜んでいたから、違うんだろうなってわかってたんだ。ただ、君もその件じゃ頑なだったから、君と僕が結婚して家督を継いで、そして彼女が結婚して家を出て、互いに離れたらきっと誤解が解けるって思ってた。……まさか、婚約者すげ替えとはね……。君のご両親は、すごいね」

「本当に申し訳ありません!」


 確かに私は頑なだった。

 見たくなかったのよ。両親と妹を。

 妹が溺愛されて、私の大切なものを奪っていくのが許せなかった。


 ……それは私から見た虚像で、妹は私よりも酷い扱いだった。

 両親が私のものを身につけた妹を絶賛していたのは、そうじゃなきゃ妹が『新品を買って』ってねだるからだったといまさら理解して、妹の話をちゃんと聞いてあげればよかったと後悔した。

 さすがにデビュタントのドレス事件は、私でも引いたわ。

 かわいそうすぎるでしょ……。

 そりゃあ男爵令嬢だってアレよりはマシって思うでしょうよ。


「……私、ちゃんと買ったものを妹に贈るわ。今までは、私の使ったものがほしいんでしょ、って投げやりに渡していたんだけど……。一度でもプレゼントしていれば、きっとすごく喜んでもらえたのにね……」

「あー……。でも君はご両親に『君の使ったものを欲しがっているから』って言われていたんだろう? 思い込むのも無理はないよ」

「……ありがとう……」


 妹と私は互いに親から、

「妹がほしがっているんだから、あなたは姉なんだから譲りなさい」

「あなたにって姉が譲ってくれたのよ、妹なんだからありがたく使いなさい」

 って言われてきた。

 前半は嘘八百。どっちも言ってない。

 むしろ、

「うちは貧乏だから、姉は妹に譲れるよう大切に使って譲れ! 妹は節約のために姉のを使え!」

 って言い聞かせられたらお互い納得したのかもしれない。

 ……いや、妹は無理よね。

 私は気に入ったなら大切にするので、それの出処がなんだろうと気にしないけど、妹はマシュー様から以外に新品をもらったことない子だもの。


「あ、そういえば……。髪飾りは誤解だったんですね。ごめんなさい。なくしてしまったようなの。……でも、母にまであげることはなかったんじゃない?」

 マシュー様がキョトンとした。

「いや? 君と妹さんにしかあげてないよ。さすがに夫人にはアクセサリー類はプレゼントしないよ。姉妹で同じ髪飾りをつけたらかわいいだろうし、仲直りのきっかけになるかなって思っただけなんだ。……むしろ仲違いが加速することになるとは思わなかったけど」

 マシュー様が苦笑しながら言い、私はなくした髪飾りの行方がわかったのだった。


 妹にマシュー様から聞いた話をして、二人で両親の私室に突撃した。

 ぎゃあぎゃあ喚く両親を無視して妹とあちこち漁れば出るわ出るわ、マシュー様から贈られたアクセサリーや私のお気に入りで妹が強奪したはずの様々なものが発掘された。

 妹もキレた。

 そして、伯爵の介入により、父は当主を退任し、家督は私に譲られたのだった。


 私はマシュー様と結婚した。

 妹もマシュー様のことは好いていたけれど、

「どうしても、お姉様のお古は嫌」

 ということだった。

 そしてなぜか、フレッド・ツインズ伯爵と婚約することになった。


 確かにフレッド・ツインズ伯爵と私とは婚約しないままだから私のお古ではないんだけど……そもそも彼は初婚ではない。

 それはいいのかと思ったけど、新品をたくさん買ってくれるからいいらしい。

 伯爵は年の差がありすぎるからと悩んでいたけれど、ほんのささいな贈り物でも大喜びする妹に庇護欲をそそられたらしい。

 まぁ、わかる。

 私も、ちゃんと新品を買ってプレゼントしたら、初めて心からの笑顔を見せてくれたもの。妹がチョロすぎて心配になる。


「……ですので、マシュー様はもうマリリンにプレゼントは贈らないでくださいね?」

 ちょっと悋気を起こしながらそう言ったら、

「わかったよ」

 と、マシュー様が苦笑してうなずいてくれた。


 実際のところ、妹は伯爵よりも彼の御子息のほうが年齢が近かったりする。

 伯爵は息子を紹介しようとしたが、妹は断った。

「勉強してないので、フレッド様のほうが条件がいいんです!」

 家の切り盛りくらいなら、腹を括ればできる。

 でも、ちゃんとした当主夫人は無理!

 ってキッパリ言い切った。

 フレッド・ツインズ伯爵は、マリリンがいいというのだからいいかと納得し、甘やかすことにしたらしい。

 帰省した御子息に呆れられたらしいが、マリリンから話を聞いて同情し、結婚を了承したそうだ。

 親子揃ってマリリンを甘やかす方向性らしい。


 最後に。

 両親は、そんなに節約生活が好きなら思う存分節約してくださいと、到底節約しないと生活できないほどの仕送りで、遠い土地の小さな家に押し込めた。

 思う存分節約生活を堪能してください。


 ――そう。娘二人には節約を強いていた両親、自分たちは好きなものを買っていた。なんならそれでお金が足りなかったんじゃないと思った。


 いえ別にいいんですよ?

 私たちは貧乏ながらも子爵令嬢として育てていただきましたから。

 お二人のお金ですもの、好きに使う権利はあるでしょうよ。


 でもね?


 嘘をついて私と妹を仲違いさせたのはどういうつもりなのかしら?

 そして、金目当てで妹と私の婚姻をめちゃくちゃにしようとしたのはどういうつもりなのかしら?

 マシュー様の実家であるメルロー子爵家にも迷惑をかけましたよね?

 その責任はとっていただかないと……。


 そう言って、父と母のコレクションは全て売り払った。

 もう一度、一から買い直してくださーい。


          *


「姉様ー!」

 マリリンが元気よく手を振り、こちらに駆けてきた。

 悲しいデビュタントの思い出払拭のために、婚約式に真っ白いドレスを着せてもらったとのことで……。

「ちゃんとレースが白いのよ! 見て!」

 ……と、宣ったマリリンの言葉に思わず泣きそうになったのは私だけではない。

 マシュー様も思わず空を見たし、フレッド・ツインズ伯爵は目頭を押さえて下を向き、御子息は目をこすっているわよ。

「うんうん、そうね。シミ一つない、輝くばかりの白さだわ」

「そうでしょー!」

 私のせいじゃないけど、悲しくなる。


 昔、マリリンに譲った数々の品は、私がすべて引き取った。

 今も大切に使っている。

 マリリンは、『壊したら新品を買ってくれるかもしれない』という一縷の望みをかけて壊していたらしい。

 でも、壊しても叱られるだけで買ってもらえず単に不便になるだけだったということで、やめたそうだ。


「ごめんね姉様。昔、姉様の大切にしていたものを壊してしまって……」

 と謝罪されたのでうなずいた。

「理由がわかったから許すわ。でも、今度からはたとえ中古であろうとも大切に扱うようにしてね」

「はい!」

 マリリンの頭を撫でる。

 ……ようやく私たちは姉妹になれた気がした。

(了)


 こちら、カクヨムコンテスト11短編にて、『短編特別賞』を受賞した作品をちょっと手直しして掲載しております。

 ちなみに短編特別賞は商業化の無い賞なのです。

 ストーリーをこれ以上広げるのは難しそうですが、コミカライズの打診とかお待ちしておりますよー!

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― 新着の感想 ―
こんなかわいい妹ちゃんと親のせいで仲違いしてたなんて可哀想。読んでるうちにタイトルおかしくね?と思ってましたが、読み終わってから正しいことに気がつきました。定番の設定の上に新しい展開で面白かったです。
めちゃくちゃ意外性のある展開で驚きました。面白かったです!
マリリン…( •᷄ὤ•᷅)
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