他人の幼馴染の話を聞いて、私には幼馴染などいなくてよかったなと思う関係のないご令嬢。
「その病弱な幼馴染の女っていうのは、存在していたの?」
「一応、実在はしていたらしいわ…」
「なにそのふわっとした情報?」
「だってねえ、相手方のお嬢さんは『えっ、私たちって子どもの頃に数度顔を合わせたことのある顔見知りですよね?』って答えたらしくて」
「はあ?」
「幼馴染とすら思われていなかった女性にしつこく付き纏っていたストーカーだったっていう」
「なにそれぇ…」
親友のユーリアがため息を飲み込む代わりに、お茶をぐびぐび飲み干した。
いや、私も当事者ではないから、何が何やら…。
私もユーリアに倣って、紅茶に口をつけた。
ことのきっかけは、従妹が泣きついてきたことだった。
「お姉様助けて…!私の婚約者がいっつも幼馴染の女を優先するの!」
話を聞くに、婚約者の男性には病弱な幼馴染の女性がいて、従妹との約束の日は必ず「幼馴染が熱を出したらしい。見舞いに行かなくてはいけない」と幼馴染を理由にすっぽかされると言うのだ。
「このままあちらの嫁になったら、その幼馴染の女までもれなくついてくることになるかもしれないんですよ!?そんなの耐えられません…!」
そこまで聞いて、幼馴染でも人によっては随分違うのねと思ったのだ。
私がそう思ったのも、この目の前で頭痛でもしていそうな親友のユーリアだ。
ユーリアにも幼馴染が2人いて、1人はユーリアの婚約者の男の子、もう1人は女の子で、子どもの頃から3人で仲良しで、それは今も続いているという、なんとも微笑ましい関係なのだ。
ユーリアの幼馴染たちは、みんな年齢がバラバラなので、同い年の集まりで仲良くなった私はそこまでお会いしたことはないが、数回会っただけの私でも3人が仲睦まじいというのは伝わってくる。
だいたい、ユーリアと婚約者をくっつけた恋のキューピッドはもう1人の女の子なのだ。
「あまりにも煮え切らないから、私がいい加減にしなさい!って言っちゃったんです」と楽しげに私に教えてくれたし。
その彼女にも両思いの婚約者様がいて、婚約者様からも幼馴染3人の関係に対して特に文句は言われていないそうだ。
それもそうだろう、3人は成長した幼馴染なのだから、今取るべき適切な距離で仲がいいのだから。
そんなわけで、ほっこり幼馴染しか見たことがなかった私には、従妹の告白に戸惑ってしまい、従妹の許可を得てユーリアにも話して相談したのだった。
「幼馴染のくせに横恋慕しようなんて、女も男も碌でもないと思うけど」
相談した一発目にユーリアにはこう言われたので、やはり従妹の婚約者の方がおかしいんだなということだけは私にもわかった。
「ユーリアみたいに実は恋仲で、でも婚約者にはなれなかった、みたいなことなのかしらね…?」
「それこそ、たかが幼馴染なんだからちゃんと身を引きなさいよね?子どもの頃の関係をいつまでも続けられるなんて思っている方がおかしいわよ」
「なるほどねぇ…?」
「私だって彼と婚約できるなんて思ってもいなかったし。たまたま運がよかっただけよ?」
「まあ、そういうことになるのかしら。私には幼馴染がいないからよくわからないけれど」
私は従妹の肩を持ちたいけれど、どうしたらいいものか、とこの時は思っていた。
「というか、その病弱な幼馴染って存在するの?」
「へっ?」
意外なところを訊かれて、私は目を丸くした。
「貴族の幼馴染なら、たぶん幼馴染も貴族の子でしょ?ご令嬢が病弱だということは、普通隠したいものじゃない?」
「そうね、結婚相手を探すのに一苦労しそうだし」
「それを堂々と口にするその婚約者、その幼馴染のことを全然大切にしていないように感じるのだけれど?」
ユーリアは私と2人きりのお茶会の時には、とても表情豊かだ。
この時も、眉間に皺を寄せていた。
「勝手に従妹ちゃんに喋っちゃって、こうして私たちにも情報が回ってきているわけで。大事なら必死に隠しそうだけどね、幼馴染の存在そのものを」
「自分が結婚するつもりとか…?」
私は首を傾げたけれど、自分で言っていてそんなまさかねと思うほどには突拍子もないことだった。
「それこそ頭が弱いか、盲目か。政略結婚をなんだと思っているのかしらね」
「…本当にそうね。ひとまず、従妹の婚約者様の行動とその幼馴染がいるのかの身辺調査をする方が建設的かしらね」
「それがいいんじゃない?私はその幼馴染の女が存在しないに一票ね」
「やめてよ、そんな怖い話…」
「結婚したくなくておかしな行動を取っている方がまだよくない?よくないけど」
「どちらにしても、そんなお相手に従妹を任せるのは嫌なのだけれどねぇ…」
そんな感じで、ユーリアに相談したあと、従妹にその話をして色々と調べることにしたのだ。
そうしたら、結果は予想とは斜め方向だったという、なんとも後味の悪いものだった。
「いるには、いたのよね…?」
ユーリアにもう一度訊かれて、私はうんと頷いた。
「顔見知りのご令嬢は、本当に病弱だったの。そこまでは本当」
「で、向こうは幼馴染だとは思っていなかったって、なんのホラー?」
「私にもよくわからないわよ。ただ従妹の婚約者…、いや元婚約者は本気で幼馴染だと思っていたし、本気で彼女のことが好きだったし、本当に従妹との約束を反故して彼女の家を訪ねていたの」
「幼馴染でもないのに、毎回突撃してたの?」
ユーリアの顔に意味がわからないと書いてあるが、私もわからない。
「そう。で、毎回門前払いされていたそうよ。だから、普段ベッドの上で過ごしていたそのご令嬢は知らなかったのですって。彼が訪問していたこと自体」
そんな気持ちの悪いストーカーのことを知らせるのはストレスになって病状が悪化するかもしれないと、家の人たちがご令嬢に教えていなかったそうで、今回の事態にならなければ一生存在も知られないままだったようだ。
存在も知られていない幼馴染(仮)とは、どういうことだと私も言いたいが、従妹の報告をそのまま喋っているだけだし…。
「しかも、その幼馴染と思われていたご令嬢は、子どもを産むのが難しいらしくて、そのお家にはお子さんひとりだから親戚を養子に取るのが決まっているそうよ」
「へえ、婿養子にして養子を取るとかでもないんだ?」
「こんなことになってしまったから教えてくださったのだけれど、その彼女、近々ご結婚するんですって」
「はい?」
「主治医の男性と恋仲らしくて、子どもはいいからと結婚してほしいと言われて、ご両親も了承済みなんだって」
「はあ?」
「だからもうすぐ平民になるし、幸せ真っ最中だというのに、よくわからないことに巻き込まれて可哀想だったわ。私の方が申し訳なくなっちゃったもの…」
「ちょっと待って…?従妹ちゃんの元婚約者、何?」
「私にもわからないわよぉ…」
2人して顔を見合わせたけれど、互いに寒気が走っただけだった。
従妹との婚約は、白紙になった。
従妹のご両親はカンカンに怒っていたし、元婚約者のご両親も意味がわからずに怒っていたそうだ。
元婚約者は、ひとまず療養施設に放り込まれたらしい。
「私の幼馴染たちってまともだったんだなと、今改めて思ったわ」
「本当にそうね…」
「顔が見たくなってきたわ、ありがとうって言いたいもの」
「私は幼馴染という人がいなくてよかったんだなと思ったわ…」
私の言葉に、ユーリアは複雑そうな顔をした。
「ユーリアたちの関係を羨ましく思っていたけれど、それって互いに尊重した関係だから成り立っているのよ。私には最初からいなくてよかったわ」
「私の幼馴染、最高でしょ?」
「ええ、素敵すぎるわ」
こうして、謎しかなかった従妹婚約者騒動の報告となったのだった。
了
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