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第5話 2学期 12月の始め 『地獄先生ぬ〜べ〜』みたい!と大騒ぎ その2

 6年生の3人は上靴のままだったので、6年3組の教室へ向かうには、北校舎の保健室から南校舎へ、西校舎を回って行ってもらった。 私はというと、保健室の運動場側の出入り口から外へ出て、右手に置かれたクツ箱から下靴に履き替えた。手には上靴をぶら下げ、運動場を斜めに横切って歩き出す。――これが一番の近道だ。誰も見ていなければ、上靴のまま行くところだが、先生という立場は何かと面倒だ。

小学校の運動場は、わりに広い

 小学校の運動場は、思っている以上に広い。 朝の光が白く地面に反射し、体育の授業の声が遠くから響いてくる。私は邪魔にならないように、東側の体育館の方へ少し避けながら歩いた。それでも、南校舎3階の6年3組の教室前には、当然のように私が一番乗りだった。 「いい天気だ」などと一瞬思ってしまったが、すぐに気持ちを仕事へ戻した。
  南館の3階への階段を上がりきったところでしゃがみ込み、顔を床に近づける。廊下の床に目を凝らして透かすように見る――ホームズもよくこんなことをしていたな、と心の中で苦笑した。 次に立ち上がり、6年3組の教室の白く塗られた窓枠へ近づく。 「やっぱり。こんなことだと思った。」 窓枠の白い塗装に、薄く土の汚れがついている。
  ちょうどそのとき、3人が息を弾ませながらやってきた。 山田君が鍵を取り出し、教室を開けようとしたので、私はそれを止めて私の方に来てしゃがむよう指示した。
「どう、見えるかな? かすかに足跡がついているだろう。そして、その足跡はあの窓に続いている。」
行動派の中川君が、私が指さした窓へ駆け寄った。 「うわ、本当だ。窓枠にも土の汚れがある!」 そう言いながら窓に手をかけると、あっさりと開いた。
「どうだね。現代社会で起こる密室のほとんどは、入口の見落としだ。君たちは少し動転していて、窓が開いているのを見落としたんだよ。」
「落書きの犯人は、窓から入ったんだ。」 3人の声が揃った。
山田君が眉をひそめる。 「昨日の日直、誰だっけ。……小林だ。日直やろう、窓の締め忘れじゃないか?」
中川君と南君が、それぞれつぶやく。 「密室で悪魔が落書きしたわけじゃなかったんだな。地獄先生ぬーべーの出番じゃない。」 「必要なのは、ギデオン・フェル博士かシャーロック・ホームズの方だ。」
どうやら南君が探偵小説を読んでいて、「密室」などと言い出したらしい。

子どもたちのイメージ

 『地獄先生ぬーべー』の件は、これであっさりと決着がついた。 (さて、次は落書きを書いた子どもを見つけなくては。)山田君に鍵を開けてもらい、教室に入った瞬間、私は思わず息を呑んだ。 子どもたちが言ったように、教室中が「真っ黒」という印象だった。黒板も周りだけでなく、壁、机、棚……あらゆる場所に黒い線や文字が走り回っている。これを書き上げるのに、数時間はかかっただろう。
 玄武小学校の校門にはカードマンが立っているが、あれは単なるパフォーマンスだ。侵入しようと思えば、入れる場所はいくらでもある。 今日の朝早くから学校に来て、西側の低いブロック塀を乗り越え、南館に侵入(鍵はかかっていない)し窓からこの教室に入って、落書きをしたのだろう。
 私は3人にも協力してもらい、落書きにヒントがないか探すことにした。 叱るつもりはない。こんな形でしか思いを表現できない子どもを、どうにか卒業までに修正してあげたい。この楽がした子どもに必要なのは、要求の言語化だ。
「いろいろ探しながらでいいんだけど、こんな落書きをするような、ちょっと変わった子どもに心当たりはないかい。昨日あたり、何かなかったかな?」
 3人は「あれかな……」「あれかも……」とぼそぼそ言い合っている。 私は、遠慮しなくていいから話してほしいと促した。
やはりリーダー格の山田君が口を開いた。
「昨日、僕たち3人でマラソン大会のことを話しながら廊下を歩いていたんです。そしたら――」
中川君が続ける。 「そうなんですよ。僕がルール説明の話をしてたんですが、突然『おれのことか』『おれの悪口言うな』って言いながら殴りかかってきた子がいたんです。」
南君が少し落ち込んだ声で言った。 「それで、僕がとっさに止めるつもりが、その子を突き飛ばしてしまったんです。低学年だったので……」

廊下での出来事

「違うよ。名札の色が紫だったから、3年生だよ。」 さすが山田君。よく見ている。玄武小学校は学年ごとに名札の色が違うのだ。
「3年生か。その子が軽かったせいもあって、ぶっ飛んで派手に尻もちをついてしまったんです。」
「痛かったんでしょうね。その子は『覚えとけよ。復讐してやるからな!』って叫びながら逃げていきました。」
私は確信した。 ――その子の復讐が、これだ。
エビデンスはない。だが、保健室の先生としての“感”が告げていた。この間が外れるようでは、公認心理師ではない。
「その子かもしれないね。その子が殴りかかってきたとき、どんな話をしていたんだい?」
「ルール説明の話で、僕が『そんな細かいことまで言う気か?』って言った、その時でした。その子が殴りかかってきたのは。」
その瞬間、私は黒板の下――チョーク置きの影になって見えにくい、小さな落書きの文字を見つけた。 そして思わず叫んだ。
「やっぱり、その子が落書きをした犯人だね。」

TO BE  CONTINUED

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やまと たける 本好きです。本を買います。余暇のための本ではなく、勉強のための本を買います。よろしくお願いします。