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問いのある暮らし ― 第1話おはよう、と言える朝のこと


「おはよう。」 「ありがとう。」

愛する人の名前を、最後まで笑顔で呼べること。

たった二つの、短い言葉です。

けれど、この二つを、人生の最後の日まで、笑顔のまま口にできる人は、実はそれほど多くないのかもしれません。

それは、当たり前のようでいて、当たり前ではない未来です。

そして私は、その未来が、遠い運命でも、幸運のくじ引きでもなく、今日のあなたの「状態」から、静かに始まっているものだと感じています。

身体を整えることは、記憶を守ること。 記憶を守ることは、人生を守ること。

このシリーズでは、その入り口を、一話ずつ、あなたと一緒に歩いていきたいと思っています。

けれど今日は、いきなり方法をお伝えする前に、あなたに一つだけ、問いをお預けしたいのです。答えは、今すぐ出さなくて構いません。読み終えたあとも、そっと胸のどこかに置いておいてください。

一、なぜ「未来」ではなく「今朝」なのか

私たちは、健康や記憶のことを考えるとき、つい「未来」を見つめてしまいます。

十年後、二十年後。もし自分が、大切な人の名前を思い出せなくなったら。もし、自分自身が誰なのか、わからなくなってしまったら。

その不安は、とても自然なものです。けれど、不安は不思議なもので、遠くを見つめれば見つめるほど、足元が見えなくなっていきます。未来を怖がる気持ちは、今日の一歩を、かえって重くしてしまうのです。

だから私は、未来の話をする前に、あなたの「今朝」に目を向けたいと思っています。

未来は、どこか遠い場所にあるのではありません。未来は、今日という一日の積み重なりでできています。そして今日という一日は、あなたが目を覚ました、あの一瞬の「状態」から始まっています。

つまり、いちばん確かに未来を変えられる場所は、明日でも来年でもなく、明日の朝の、目覚めた直後の数秒間なのです。

二、今日の問い

では、その数秒間について、あなたに問いをお預けします。

「今朝、あなたは自分の身体に、どんな一言をかけましたか。」

いかがでしょう。

多くの方は、たぶん、何もかけていないと思います。それが普通です。目覚まし時計の音、手に取ったスマートフォン、まだ重いまぶた。頭の中はもう、今日の予定や、昨日の心配ごとで、いっぱいになっている。

そのあいだ、あなたの身体は、何も言わずに働いてくれています。心臓は夜通し動き続け、呼吸は一度も止まらず、体温を保ち、あなたを今日という日へと運んできてくれました。

けれど私たちは、その身体に、朝いちばんの言葉をかけることを、ほとんど忘れています。かける言葉があるとすれば、それはたいてい、労いではなく、叱咤や嘆きのほうです。

「ああ、まだ眠い。」 「また今日も、あれをやらなきゃ。」 「なんでこんなに身体が重いんだろう。」

小さな言葉です。誰にも聞こえない、心の中のつぶやきです。けれど、この最初の一言が、その日一日の身体の置かれる場所を、静かに決めていくのだとしたら、あなたはどう思われるでしょうか。

三、朝いちばんの言葉が、なぜ一日を決めるのか

ここで少しだけ、身体の仕組みの話をさせてください。難しい話にはしません。あなたの内側で、静かに起きていることの話です。

私たちの身体には、自律神経という、意識では直接動かせない神経のはたらきがあります。大きく二つ、活動と緊張をつかさどる交感神経と、休息と回復をつかさどる副交感神経があり、この二つのバランスの上に、私たちの一日は乗っています。

そして、目覚めの瞬間というのは、この二つの神経が、夜の休息モードから、昼の活動モードへと、切り替わっていく大切な移行の時間帯です。ちょうど、静かな水面に、これから一日ぶんの波紋が広がっていく、その最初の一滴が落ちる瞬間なのです。

このとき、私たちが内側でかける言葉は、ただの気分の問題では終わりません。

脳の仕組みを研究する分野では、私たちの思考や言葉が、感情をつかさどる脳の部位を通して、自律神経のはたらきに影響していくことが知られています。責めるような言葉、焦るような思考は、緊張の神経を早くから優位にし、身体をこわばらせていきます。反対に、労うような、安心させるような言葉は、身体に「今は安全だ」という合図を送り、ゆるやかな一日の土台を作ります。

同じ二十四時間です。けれど、緊張の合図で始まった身体と、安心の合図で始まった身体とでは、その日一日をどこで過ごすことになるのか、置かれる場所がずいぶん違うのだと、私は感じています。

これは、氣功の世界で長年大切にされてきた考え方とも、静かに響き合います。氣功では、まず「状態を整える」ことを何よりも先に置きます。動作や技法の前に、まず心と身体の状態を、穏やかで、ゆるんだ場所へ置く。なぜなら、状態が整っていない身体に、どんな良いものを注いでも、うまく巡っていかないからです。

朝いちばんの一言は、いわば、その日の「状態」を整える、いちばん最初の一手なのです。

四、なぜ、それが「記憶」を守ることにつながるのか

ここで、このシリーズの根っこにある話に、少しだけ触れさせてください。

身体を整えることが、なぜ記憶を守ることになるのか。その糸は、いくつもの場所でつながっているのですが、今日はそのうちの一本だけ、そっと引いてみます。

慢性的な緊張、つまり、緊張の神経が長く優位になり続ける状態は、身体にとって静かな消耗です。そして、この消耗が長く続くと、記憶をつかさどる脳の部位にも、少しずつ負担がかかっていくと言われています。反対に、穏やかで、回復に向かう時間をきちんと持てている身体は、記憶を整理し、定着させる力を保ちやすいのです。

一日の始まりを、緊張ではなく、安心から始めること。それは、その日一日の消耗を、ほんの少し減らすことでもあります。一日ぶんでは、ごくわずかな差かもしれません。けれど、その小さな差が、三百六十五日、そして何年も積み重なっていったとき、あなたの記憶が置かれている場所は、まったく違うものになっているはずです。

未来は、大きな決断で変わるのではありません。未来は、毎朝の、たった数秒の「状態」の選択が、静かに積み上がってできていくのだと、私は信じています。

五、今日の、小さな実践

では、その数秒を、どう使えばよいのか。ここからは、明日の朝からできる、たった一つの実践をお伝えします。

道具はいりません。時間もいりません。必要なのは、目が覚めてから、起き上がるまでの、ほんの一呼吸だけです。

一、目が覚めたら、すぐに起き上がらない

まず、目が覚めても、すぐに身体を起こさないでください。まぶたを開けたまま、あるいは閉じたままでも構いません。ほんの数秒、そのまま横になったままでいてください。この「すぐに動かない」ことが、実は大切な一手です。

二、一呼吸だけ、丁寧に

鼻から、ゆっくりと息を吸います。そして、口から、あるいは鼻から、吸ったときよりも少しだけ長く、静かに吐いていきます。速さも、深さも、頑張らなくて構いません。ただ、その一呼吸にだけ、そっと意識を向けてください。

三、吐く息にのせて、心の中で言う

その、長く吐いていく息にのせて、心の中でこう言ってみてください。

「おはよう。今日もよろしくね。」

宛先は、誰でもありません。あなた自身の、身体です。夜通し働いてくれた心臓に、呼吸に、まだ眠い手足に。名前を呼ぶように、あなたの「状態」に、そっと呼びかけてあげてください。

たったこれだけです。けれど、この一呼吸ぶんの一言が、その日一日の最初のボタンを、少しだけやさしく掛けてくれます。ボタンは、最初の一つを掛け違えなければ、あとは自然に、正しいところへ収まっていくものです。

六、その一言を、大切な人へ

もし、この実践を数日続けて、少し慣れてきたら。次は、その一言を、あなたのそばにいる大切な人にも、声に出してみてください。

「おはよう。」

ただ、それだけで構いません。

私たちは、いちばん近くにいる人にこそ、朝の挨拶を省いてしまいがちです。言わなくてもわかる。今さら照れくさい。そんな気持ちも、よくわかります。けれど、「おはよう」を交わせる関係を守るということは、その人の名前を、最後まで笑顔で呼べる未来を、今日から少しずつ準備していくことでもあると、私は信じています。

自分の身体に「おはよう」と言えた人は、隣の人にも、きっと自然に「おはよう」と言えるようになります。自分の状態を大切にできる人は、大切な人の状態にも、やさしくなれるからです。

冒頭の、あの二つの言葉を、もう一度思い出してみてください。

「おはよう。」 「ありがとう。」

この二つを、人生の最後の日まで、笑顔のまま交わし合えること。それは、遠い幸運ではなく、明日の朝の、たった一呼吸から始められる、今日のあなたの選択なのです。

七、問いを、胸に残したまま

最初にお預けした問いを、もう一度、置いておきます。

「今朝、あなたは自分の身体に、どんな一言をかけましたか。」

今朝の答えは、何もなかった、でよいのです。大切なのは、明日の朝の答えです。この問いを、今夜、眠る前にそっと思い出してくだされば、明日のあなたの目覚めは、もう今日とは少し違うものになっているはずです。

問いは、答えを急がせるためのものではありません。あなたの中に、小さな灯りをともしておくためのものです。その灯りが、明日の朝、あなたを、ほんの少しやさしい一日へと導いてくれますように。

次回へ

次は、「ありがとう」という言葉が、なぜ身体にまで届くのか。その手前にある、呼吸の話を、そっとお渡しします。感謝と、呼吸と、記憶。ばらばらに見えるこの三つが、あなたの身体の中で、どうつながっているのか。その静かな糸を、一緒にたどっていきましょう。

スーリアタッチは、氣功・呼吸・睡眠・食・脳科学を通して、人生最後の日まで、大切な人と笑い合える身体づくりをお伝えしています。

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