ナポリタンには「輩感」が必要だという主人VSメガネをかけたナポリタンだってあっていいじゃないと思うしじみ
いつもありがとうございます。
私、超〜マジメに生きて「きました」
そして昨夜、主人と真剣に
主人が作ってくれた夕飯について
2人で話し合いました。
主「今日のナポリタン、ケチャップが
足りなかったよね〜」
し「そう?私はお上品な味だと思うけど?」
主「いや、ナポリタンにお上品さは
いらないんだよね〜。」
し「もっとケチャップのかかった
ナポリタンって、
俺〜、ナポリタンだけど、何か?
(グラサンズラして上目遣いのイメージ)
って、感じがする」
主「それが良いんだよ!ナポリタンに
お上品さとか要らないんだよね〜」
し「今日のナポリタンは、
ワタクシ、ナポリタンと申します
(両手で名刺を差し出すイメージ)
って感じ」
主「いやぁ、メガネをかけたナポリタンは
何か胡散臭いよね。詐欺師っぽい」
し「ええ〜!メガネをかけたナポリタンだって
あって良いと思う!」
主「ナポリタンはB級グルメだから
良いんだよ。ヤカラ感が欲しいよね。」
し「ええ〜?ヤカラ感って何??(笑)」
えぇ。至極真っ当な会話ですよね?
物事を真剣に捉える「崇高」な会話だと
我ながら思います。
↑451
で、今朝「分かった」事がありました。
私達が「止まっていた」理由についてです。
私は流れるプールで回転の「向き」を
「変える」時には「止まる」時間も「ある」
のではないかと想像していたのですが
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「内面」で「何」が「行われていた」のか?
が「分かった」のです。
それは「概念」が「解かれていた」
のだと思いました。
私達が「知る」前には必ず
「分かる」事と「分からない」事を
「分ける」工程があるのではないかと
思います。
「体験」している時には
細かく「拾えば」拾う程「それ」が
「多く」なり
「処理」にも「時間」がかかります。
その後「分かった(分けられた)事」を
「自分の中」で「固めたもの」を
「知識」「智慧」と「呼ぶ」
のではないかと思いました。
そして、「再構築」する為には
「解体」する必要がありました。
今まで「分かった」はずのものが
「分からなく」なりました。
だって「解く」必要があったからです。
「自分」を「知る」
つまり「自分」を「再定義」する「過程」
では、「何」が「起きているのか?」
「分からない」のです。
だって「固める前」だから。
そして「拾う」のが「上手」な魂程、
「概念」だけでなく「想念」や「思念」も
「絡まり合って」できているので
「言葉」に「表せなく」ても
「感じる」事や「なぜか浮かぶもの」が
「ある」からこそ
「混乱」するのです。
そして「それまでの概念」が
「通じない」事態に
魂は「戸惑い」警報を鳴らします。
緊急事態発生!
緊急事態発生!
誰か「応答」せよ!
でも、外の世界の「誰も」
「答え」をもっていません。
だって「外の世界」は「自分の内面」を
「映し出すスクリーン」に過ぎないからです。
そこで、魂は「初めての体験」に
「苦しみ」ます。
「今まで」を「振り返り」
もう一度「分け直す」度に「記憶」から
「痛み」が蘇り「苦痛」を感じます。
それでも「進む」時に
光と闇は「同じ」だと
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「腑に落ちる」のです。
腑に落ちると「安心」が「生まれ」ます。
「安心感」が「自己価値感」や
「自己肯定感」を「育て」ます。
そうして「ゆっくり」
「自分」を「再構築」して
「固め」終わると
「分かる」事と「分からない」事が
「分かる」ので
「体験」を「知る」事ができるのではないかと
思いました。
そして、こうやって「言葉」に「表す」
為には「振り返る」必要があります。
今までの地球では「振り返る」事は
「未来」にしか「できない」と
「集合意識」では「定義」されていました。
でも、次元上昇に伴い
「時間の概念」が「解体」されていた事により
魂の「感度」に応じて
「受け取るもの」がバラバラになっていた
だから「ある程度揃える」為に
「時間の概念」を「集合意識」が
「捉え直す」まで「待つ」必要が
あったのではないか?と思います。
なぜなら「地球のアップデート」に伴い
4次元での「時間」は「直線型」で
「過去」「今」「未来」の「順序」が「ある」
とされていたのに対して
5次元より上では「時間」は
「一瞬」で「永遠」で「常にある」もの
だからこそ
「過去」も「今」も「未来」も
「目の前」に「ある」からです。
↑これが「腑に落ちる」と
「タイムリープ」も「幻想」で「体験」
できますが、
「集合意識」が「再構築」する前に
それを「解禁」すれば
魂によっての個人差が大きくなり
「捉え直し」の難易度が更に上がると
思われます。
だから「ある程度揃うまで」
言い換えるなら
「集合意識」が「時間の概念」を「捉え直す」
まで「留められていた」
のではないかと思いました。
だから「分からない」私で良かったのです。
「止まっている」私で良かったのです。
「みえない」のは「絶望」ではなく
「希望の始まり」に「居た証」でした。
一時的に「好きなもの」も
「やりたい事」も
「生まれてきた意味」も
「分からなく」なりました。
↑2000
だから「もう一度」
しっかり「自分と向き合う」
↑2027
「時間」が「生まれ」ました。
これをお読み下さっている方は
スターシード、ライトワーカーでいらっしゃる
からこそ「先駆者」として
「体験済」かと思います。
あるいはそろそろ「みえてきた」
のではないでしょうか?
貴方様が「体験した中で見つけた光」が
「これから体験する魂」の「道しるべ」
に「なり(成・鳴)」ます。
どうか「発信」し「共有」し
「共鳴」して下さい。
↑2203←2208
最後まで読んで下さって
ありがとうございました🙇💕
