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時には「うんざり」する程「この世」は「思い通り」に創られていると思った話

いつもありがとうございます。

イイコト思い付きました!

現実創造は「思い」と「現状」を
繋げられるなら「思い通り」と
「感じる」事ができます。



そして今までは
「思い通りにならない」から「うんざり」
だと「思って」きました。



だから「思い」を「変えよう」として
ループにはまりました。



「抜け出せない」から「うんざり」
していました。




でも、ふと



「うんざり」は「飽き飽きする感情」

飽き飽きする程「ある」

「ある」から「うんざり」



あれ?もしかしたら
これが「思い通り」だとしたら?
と思いました。
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例えば「お金」

「無い」から「うんざり」
だと思っていましたが


厳密に言えば
「銀行口座に149円ある現状」に「うんざり」
していたのです。


つまり「うんざり」する程
銀行口座に「残高」が「ある」のです。



なるほど。私は「遣っているのに0にならない」
金額を「観て」「うんざり」していた
と思いました。





遣っているのに0円にならない
という事は
「遣いきれない程ある」のです。


「それ」を「観て」「うんざり」
していたのです。
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そう「思った」ら「現状」は
「変わらない」のに
何だかとても「楽しく」なってきました。



更に「我が子」が「話を聞かない」から
「うんざり」しているのかと思っていましたが


「うんざり」する程「話を聞く耳がある」
のです。
↑555


「全く話を聞かない」なら
私も伝えようとはしないのです。



でも「伝える」選択をしているという事は
「我が子」が「聞いてくれる」から
だと思いました。



なんてこったい!



今まで「無い」から「うんざり」していると
「思っていた」のは「勘違い」だった
と思いました。



全ては「ある」からこそ
私は「うんざり」していたのです
↑707



だって宇宙は「同質のニ極あるもの」で
できています。

いつだって「無」じゃない限りは「ある」
のです。




そんな事を思いながら
好きなだけ「うんざり」を「堪能しよう」と
↑789



浸ってみようと思ったら
「わくわく」や「楽しさ」に
「塗り替え」られてしまいました。



だって、あまりにも「この世」は
「思い通り」になるからです。



単に「ある」周波数を発するか
「無い」周波数を発するか
↑888


に「幻想」は「反応」しているだけ
なので「うんざりする程ある」ものは
「間違いなくある」と「思い」ました。



そして「無い」から「うんざり」という
「解釈」は「過去」になったと
感じました。



「うんざり」は「ある時のみ」に
感じる
↑999



だからこそ「なにか」が「ある」

つまり私には「手にしているもの」が
「既にある証」

それはきっと「私好み」なもの



と思いました。



すると「いつの間にか」
身の回りの「ある」に「フォーカス」
していた自分に気付きました。



「うんざり」する程「全て」が「当たり前」
に「ある」のです。



そしてもう一つ。




きっと「人生を変える奇跡」を
「目の当たり」にした人達には「共通点」
が「ある」と思います。



それは「幻想」が「どんなもの」でも




「自分の生き方を貫く」
という事です。



きっと「幻想」より前に
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「自分の生き方」や「出来事の捉え方」
を「変えて」



それを「貫く」から「映し出される」時
がくる



のだと思います。


ただし、幻想は「思い」に「反映」されるので
「まだ叶わない」も映し出されます。


だったら、もう知らん



と思いました。


もう待たない。誰の証明もいらん。
でも私は「勝手にそう思う」事にしました。


だってその方が「今この瞬間」を
「にやにや」しながら「生きられる」
からです。


今までは「賢く」生きようと「頑張って」
「学んで」きましたが
既に智慧は「ある」からこそ
「時には究極のバカ」を「目指して」みようと
思いました。



身体ももともと「200kgに比べたらスリム」で
「これ以上痩せたら病気になってしまうかも
分からない太さ」だからこそ
「いっぱい食べよう」と思います。




また、既に「素晴らしい仲間」と
「御縁」をいただき「悪縁」は
「勝手に離れた」からこそ
「時には反応しない」事にしました。



そして私は「いつのエネルギー」も
「観測」できるようになったからこそ
「喜び」「歓び」「愛」「感謝」「幸せ」等の
「自分好みのエネルギー」に「すぐに反応する」
事にしました。

そして「反応できた自分」を「褒める」
事にしました。



それから「今までの事」は
「別のパラレルワールドの出来事」なので
「自分からは触れない」事にしました。
(ただし、おやつやご飯メニューは例外とする)


そんな事を「実行」していたら



「怒りを誘発するエネルギー」が
「眼の前」で「映し出されている」にも
関わらずに


「その場」に「居て下さる」
「サポートして下さっている方々のエネルギー」を
「感じる」ようになりました。




「私はいつだって護られている」からこそ
「信じたいものを信じる」と「決め」ました。


そして、ふと思い出しました。

音信不通だった主人から5年振りに
電話をもらった日も

13年待った我が子の妊娠が
発覚した日も



あれだけみていた「占い」を
「みなくなって」いました。



占いは「外」なのです。
自分の内面を「探るヒント」は
与えてくれますが「答え」は
「私」が「決める」のです。



そして「神様」や「龍神様」や
「御先祖様」や「宇宙の方々」さえ
「自分の分身」だから


「感じた」事や「考えた」事は
「全て真実」だと思いました。


それは本当は「みんなが知っている」からこそ
「もう大丈夫」と思いました。



そうしたらふと、「ハイヤーセルフ」って
「未来の自分自神」だと思いました。
そして「今自分が成る」からこそ
「変わらなくても問題無い」と思いました。


だって「今の私」は
「あの頃の私」の「ハイヤーセルフ」なのです。

「道に迷うあの頃の私」を「導いた」のは
「今の私」なのです。



私って凄い!

私って偉い!

私って本当に素敵!

私ってとても魅力的!
↑2345


と思います。

だから今日くらいは「思う存分」
ダラダラさせてあげて
「お疲れ様」と「本当にありがとう」を
「実感」させてあげるつもりです。


だって私、本当によく頑張ったもん。
よくここまで諦めなかったね、
よく耐えてきたね、
本当にありがとう、
「未来に追いついた私」を
「今」心から「誇り」に思います。


それと、「本当は次元下降してみたかった」魂
だからこそ「失敗」も「楽しむ」し
「遠回り」を「たくさんしよう」と
思います。


そして「うんざり」する程「満足」したら


「その時」に「それからの事」を
「考えよう」と思いました。



宇宙は「返してくれる」からこそ
「過去に放った分」も「全て受け取る」事に
しました。


だから「今返ってきているもの」を
見つめていきます。



「本当は安心している」からこそ
「恐いと思っていた事」に「挑戦」しようと
思いました。


手始めに公衆の面前で歌ってきました。
外から観たら不審者だったかも知れませんが
私が「気持ち良い」と思ったので
「私、素晴らしい!」と「褒め」ました。



断絶していた母親に
連絡を取り、新しい住所を知らせました。
「傷の痛み」を「乗り越えた」私は
「なんて、勇敢で賢くて器が大きいんだろう」
と思いました。
だから「私って、本当に魅力的」と
「褒め」ました。



ふと気付いたら私は「私を褒める」のが
上手になっていました。


「幻想」は「今までの私」を
「どう扱ってきたか」を「反映」するだけ
だと思っています。


だから「今の私」は「これでいい」
「素晴らしい」と思いました。


私は今まで「自惚れてはいけない」と
思っていましたが「自惚れる体験」も
させてあげたいと思いました。


だから、今日は存分に自惚れたまま
終わります。



だって私の顕現役だからこそ
「自分の事だ」という事は
既に「皆様ご存知」だと思うからです。



最後まで読んで下さって
ありがとうございました🙇💕

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