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ママだってお母さんのおにぎりが食べたい

「背低くなったでしょ」

この春休みに帰省して、久々に会った母が笑う。

「5センチも低くなったんだよ、びっくりした」

向かい合って立ってみると、確かにわずかだが見下ろすような角度になる。

私は166cmと平均身長より高めだが、若い頃の母は私と全く同じ身長だった。

若い頃はスチュワーデス(母はCAという呼び方よりこちらを好む)をしていた母は、いつもしゃんとした立ち姿で、すたすたと美しく歩いていた。子どもに対しても姿勢や歩き方に厳しく、一緒に歩いているとよくチェックが入り、「足をまっすぐ前に出しなさい」と歩道の白線の上を一直線に歩く練習をさせられた。


帰省している間、母は長女に何か可愛い服やアクセサリーを買ってあげたいと楽しみにしてくれていて、2人でバスに乗って百貨店に買い物に出かけていった。

夕方に帰ってくると、母が少し歩きにくそうにしている。小股でちょこちょこと、右足は少しびっこを引くようにしている。どうしたのか聞いてみると、膝と股関節が痛いとのこと。
聞けば正月にもかなり痛くなっていたらしく、歩くのも一苦労だったらしい。にも関わらず、どれを買おうかあれこれ迷う長女について一日中歩き回ったので、また足を悪くしてしまったのだ。「正月に比べたらずっと良くなってるんだから大丈夫」と笑っていたが、何も大丈夫じゃない。申し訳ない気持ちと共に、昔は運動が得意で身体も丈夫なのが自慢で、長い距離でも疲れを見せずにさっさと歩いていた母を思い出し、少し寂しくなった。


一歳二ヶ月の末っ子は人見知り真っ最中で、帰省してしばらくは私にべったりだった。
でも帰省も後半になるにつれて母にもかなり慣れ、近くにいると抱っこを求めて手を上げるくらいにまでなった。

「こんなことしてくれたら可愛くて抱っこせずにはいられない」と抱っこをしてくれるが、やはり長くは難しい。

「この子はずっしりしていて重いね。しっかりしてるんだね」と何度も言う。

「そうだね、重いかも」と答えるが、本当はたぶん違う。ごく平均的な重さのはず。

上の子達の時は、もう少し大きくなってからも、もう少し重くなってからも、長いこと抱っこしてくれていた。
でもそんなこと言えなかったし、それを直視したくなかった。


出発を翌日に控えた日の夕方。子ども達は庭で遊んでおり、私は寝室に使っていた和室で一歳の子に授乳しながら横になっていた。障子は子供たちが小さい頃に開けてしまった穴だらけで(母はみんなが大きくなったら貼り直すから破いたって構わないよと言っていた)、そこからきれいな夕焼け空が見える。

台所から、母が夕飯を作っている音が聞こえてくる。まな板で何かを切る音や、コンロに火にかける音。鼻歌も歌っている。

いつの日も 絶えることなく 友達でいよう
明日の日を夢見て 希望の道を


胸が苦しくなった。

私たち家族は遠い地方に移住したので、年に一回帰れば良い方だ。

当たり前だったことが、だんだん当たり前でなくなっていく。
そして、いつかはその当たり前に、もう触れることすらできなくなる時が来る。
次に帰る時まで、どこまでが当たり前であってくれるんだろうか。

その夜は、心が敏感になってしまって、何でもないちょっとしたことにも反応してしまって困った。
この時ばかりは、花粉症で良かったと思った。目頭をぐりぐり擦って鼻をかんでしまえば、こみあげてくるものを無かったことにできるから。

子ども達が寝て夕飯の後片付けをしたあと、母がちょっとカップラーメン食べようかな、とお湯を沸かし始めた。夕飯をみんなにたらふく食べさせてくれて、自分は少し控えめに食べていたのかもしれない。「食べる?」と訊かれた。私は母の夕飯を欲張って食べたので全然お腹は空いていなかったけど「食べる!」と即答し、2人で夜遅くにカップラーメンを美味しいねと啜った。


そして出発の日。
母はいつも私達が帰る時、子ども達におにぎりを持たせてくれる。「ありがとう」と笑顔で受け取りながら、心のどこかでちょっとだけ「私も食べたいな」と思う事があった。
今回は、私の分も含めておにぎりを多めに作ってくれていた。いつもと同じようにありがとうと受け取りつつ、内心ものすごく嬉しかった。

空港に向かうタクシーの中では、子どもの頃に見慣れた街の景色を眺めながら、おにぎりのことばかり考えていた。

飛行機が離陸してしばらくして、子ども達は母にもらったおやつを楽しんでいた。
私はさっそくおにぎりを手に取り、ラップを剥がしてしばらく眺めて、ゆっくりぱくついた。

炊き立てのご飯のにおいがする。
少し柔らかめなのが母の炊き方だ。

まずはおにぎりの白いところ。
次に、海苔のついたところ。
梅干しのところはすっぱいから小分けに味わう。
最後に、また海苔とご飯だけのところを食べる。

昔から私はおにぎりはこの食べ方だった。
小学校の遠足や運動会など、このおにぎりを食べた時の思い出が心に浮かんだ。
花粉など無いはずの機内で、私はまた目頭を擦り鼻をかんだ。


ようやく自宅に到着して夕飯を食べた後、最後にひとつだけ残ったおにぎりを、長男と次男が自分が食べたいと言い合いをしていた。


………ママも食べたい!!


私がそういう食べ物の取り合いに参戦することはまず無いので、長男次男は一瞬ポカンとした顔でこちらを見て、それからまた「ヤダ!僕が食べる!」とそれぞれ主張を再開する。
私は母親の権力を行使し、夫用に取り分けておいた春巻き2つを彼らにやり、最後のおにぎりを手に入れた。(夫ゴメン)

ママだって、お母さんの握ってくれたおにぎりが食べたいんだ。

いつもはみんなのママだけど、ママのお母さんの子どもでもあるんだ。

だから今日は許してね。


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