『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢・愛知県美術館』
鮮やかな色、うねるような独特のタッチ。ゴーギャンと決別し、耳を切り落とす、炎の人と呼ばれるゴッホ。家族から見たゴッホはどんな人だったんだろう、そんな事を思いながら美術館へ行ってきた。
「音楽のように人を慰める何かを絵画で伝えたい」、「どこか人間味のある、ささやかな傷跡を残したい」。親しい人への手紙だから書けるゴッホの言葉と共にゴッホの生涯を追う展示がとても印象的だった。
展示されていた「画家としての肖像」。思いがけない色を幾重にも重ね、丁寧に丁寧に描かれていた。その重なりは、自分の心の欠片を、一つ一つキャンバスの上に絵筆でのせたような、心を積み重ねて描いたようだった。見ていると何だか痛々しさすら感じて目が離せなかった。
農民、寡婦、ゴッホの描く人々は豊かでない毎日を淡々と送っている。真っ直ぐな眼差しは厳しく、そして深い。それはゴッホの慈愛を感じさせるようにも思える。
筆まめなゴッホが家族に宛てた手紙も見ることができた。人間味のあるスケッチが描かれた手紙は、小さめの文字が綺麗に並ぶ、几帳面さを感じさせるものだった。
展示を見ているうちに、ゴッホは繊細で優しい人だったんだろうな、そんな思いを強くした。優しいから激しい。繊細な心は小さな欠片がたった一つ崩れただけでも耐えられなかったのかもしれない。
「兄さんのように決断力と勇気のある子に育って欲しい」、そう言って子どもに同じフィンセントと名付けた弟・テオ。ゴッホを生涯支え、ゴッホの死後わずか半年後にゴッホの後を追うように病死してしまう。
テオの妻・ヨーはゴッホの作品を保管・展示し、時には「フィンセントの栄光のための犠牲」と考え作品を売却し、世界にその名を知らしめた。
そして同じフィンセントと名付けられた子は、財団をつくり美術館を建て、ゴッホの絵が拡散することなく守り続けた。
ヨーのはからいで市営墓地に仲良く並んで埋葬されている兄弟。生前世に認められなかった画家は、家族にこんなにも大切にされていた、幸せな人生だったのではないか、帰り道何となく考えた。
この美術展は「ひまわり」や「星月夜」などいわゆる代表作品とされる展示はない。けれどその作品とともに家族として愛された「一人の人間・ゴッホ」を感じることができた、とても心に残る美術展だった。
