当然を思考しよう
K国や中○、一部キリスト教系信は、優遇されて当然と思っています。
全員とは言いません、もちろん。一部の人達や個人個人ではそうでない人もいます。
が、ここにあげたところは思考の根っこはこれです。国を上げてそう教育します。
何故か?
神に選ばれた民だから。
あるいは先に生まれた者の方が偉いから。
だからそうされて当然の存在なのだ、と思っています。
そう思っているから有難みも感謝も持ち合わせていません。
いくら支援しても報われることはありません。
支援している側が疲弊してきます。
下手すると疲弊しているところに留め刺されて終わりです。
国に限らず人も一緒です。
自分が〇〇されて当然と思っている人は感謝をしないので、有難みを感じません。
そいう人との縁は即切りましょう。
アナタが支援という名の上納をしてくれなくなるので、やがてしてくれる人のところにいきます。
まあ脅しとかで巻き上げようとすることもありますが。
普通は、健全とはいかなくてもちょっとマシな育ち方をしていれば、三回支援されたのであれば一回は返そうと思ったりします。
が、残念ながら全くそう思わない人が世の中にはいます。
世界は広いかもしれませんが、その実、周囲の人間関係とそう変わりません。
感謝しなさい、とはこういうことです。
自主的に相手に〇〇して当然だ、と思う人に不満は生じません。
仕事はコトに仕える、と書きます。
基本、仕事なのだから〇〇するのは当たり前、と、捉えましょう。
対価をもらっているのだから当たり前と捉えましょう。
そう思えないのだったら転職しましょう。
某国の根本「日本人が過去に我々に酷い事をしたのだから、(しかも当然偉いはずの上に向かって)未来永劫報いるのは当然」
某国主体の宗教はさらにこれがつく「今アナタが辛い目にあっているのは過去のこの報いを受けているから」
そしてこれは捏造の歴史。
インフラを整えたのに「されて当然」という思考。
当然と思っていることを相手がしてくれないとイライラします。
イライラの原因は〇〇されて当然と思っていることをしてくれないからではないですか?
当然だと思っていることを思い返してみましょう。
