教室の住人たち|卒業
入塾面談のとき、その子はずっとキョロキョロしていました。
教室の掲示物を見たり、周りを見回したり。
落ち着かない様子です。
お母さんに
「ちゃんと話を聞きなさい」
と何度か声をかけられていました。
その様子を見ながら、私は正直、
「大丈夫かな」
と不安になっていました。
その子は、友達がいるからという理由で入塾してくれました。
だから最初は、友達がいるから頑張れるタイプなのかなと思っていました。
でも、その予想はすぐに外れました。
最初の授業で提案した内容を、あっという間に終わらせてしまったのです。
適当に解いているのかと思いました。
でも全部正解。
英語の模試を解かせても、40分想定の問題を20分ほどで終わらせてしまいます。
しかもほとんど間違えません。
結局、一回の授業で三回分解いたこともありました。
その時、思わず
「すごいな……」
と独り言のようにつぶやきました。
すると、その子は少し誇らしそうな表情をしました。
不思議なことに、それからその子から私への警戒心がなくなったように感じました。
授業中によく質問するようになり、休み時間にも話すようになりました。
QuizKnockの話。
好きな漢字の話。
四字熟語の話。
私は全然知らない四字熟語をたくさん教えてもらいました。
ある日には、おもむろにホワイトボードへ向かい、四字熟語を書き始めます。
一つ。
また一つ。
気づけばホワイトボードは四字熟語でびっしりでした。
それを見た他の塾生からは、
「漢字博士」
と呼ばれていました。
気づけば、入塾面談の時に感じていた不安はなくなっていました。
授業が楽しかったのです。
受験生になると、その子はさらに変わりました。
部活が終わると、毎日塾へ来るようになりました。
しかも最初から最後までいる。
それを自分で決めていたようです。
勉強のやり方も、自分で試していました。
問題集の使い方。
覚え方。
ノートの取り方。
色々試した結果、
「やっぱりノートにまとめると整理しやすいですよね」
と話していたことを覚えています。
自分なりの型を作っていたのだと思います。
今思えば、その頃にはもう離れていっていたのかもしれません。
先生から。
塾から。
教わる側から。
自分で学ぶ側へ。
本人が気づいていないだけで。
高校受験が終わった後、保護者の方から連絡がありました。
その子が、
「先生がいる塾で勉強したい」
と言っているそうです。
嬉しかった。
でも、不安もありました。
その子は進学校へ進学します。
高校内容を十分支えられるだろうか。
結局、その不安は当たりました。
その子が求めていたのは、高校受験の頃のようなやり取りだったのだと思います。
でも塾は映像授業が中心でした。
少しずつ合わなくなり、辞めることになりました。
その時のことを今でも覚えています。
どこか申し訳なさそうな表情をしていました。
でも、本当は違ったのだと思います。
申し訳なく思うべきなのは、私の方でした。
その子はもう、自分の力で勉強できるようになっていたのです。
そして、最後の授業の日。
私は言いました。
「辞めるんじゃない。卒業なんだよ」
高校卒業ではありません。
塾からの卒業です。
もうここにいる必要はない。
もう収まりきらない。
それくらい成長したんだよ。
そんな意味を込めました。
すると、その子は小さく、
「……卒業。……卒業か」
とつぶやきました。
そして、ふっと表情が和らぎました。
辞めることが決まってから見せていた、どこか申し訳なさそうな顔ではありませんでした。
私が思わず
「すごいな」
とつぶやいた時に見せた、あの誇らしそうな表情でした。
胸が熱くなりました。
感動したからではありません。
成長したからでもありません。
私の言葉が、ちゃんと届いた気がしたからです。
あの子は受験の頃には、もう一人で歩けていました。
だから私は、高校の継続を強く勧めませんでした。
本当は、私はもう少し一緒に勉強したかった。
それでも、
あの子にはもっと先へ進んでもらわなければいけませんでした。
数年後。
知らない番号から電話がかかってきました。
「久しぶりです」
その子からの連絡です。
「大学に受かったので報告です」
そう言ってくれました。
嬉しくて、しばらくテンションが上がりっぱなしでした。
後から保護者の方に聞いたのですが、高校時代に通っていた塾では、受験前になると授業を取らず、自習ばかりしていたそうです。
自分で進められるから、と。
その話を聞いた時、妙に納得しました。
そうだよね。
あの頃にはもう、一人で歩けるようになっていたもんね。
だから、あの日の言葉は
「卒業」
だったのだと思います。
