教室の住人たち|この子は伸びる、と確信した質問
「先生、この内容って、こういう理解で合ってますか?」
あの静かな自習室で、彼が発したたった一言の質問。
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受験生になっても、彼の学習量は一向に増えなかった。
部活と違って「引退」という明確な区切りがない、バドミントンのクラブチームに所属していたことも理由の一つだと思う。
少しずつ成績は伸びていたものの、受験生としての熱量には程遠い。宿題を忘れてはのらりくらりと調子のいい言い訳をする、少し生意気な生徒だった。
「勉強しろとは言わない。目標に向かって本気になれないなら、今すぐ志望校を下げなさい。頑張れないなら、その志望校はあなたにとってその程度の価値しかないよ」
あるとき、講師としての焦りから、私は彼を叱った。あえて冷たい言葉を投げつけたのは、このままではいけないという強い危機感があったからだ。
いよいよまずいと自覚したのか、その頃から彼は少しずつ自習室に姿を現すようになった。
◆ たったひとつの、地味な質問
ある日の夜、自習室で学習している彼の様子を見ていた。理科のテキストを開いている彼に「順調かー。困ってないかー」と声をかけた。いつもなら「大丈夫です」の一言で終わる。
しかし、その日は違った。
「……先生、この内容って、こういう理解で合ってますか?」
少し驚いた。
質問自体は、教科書の基本レベルだ。しかし、今までの彼なら、口にしなかった問いだった。
それまでは「ここが分からない」と丸投げするだけだった彼が、初めて自分の頭で考え、その現在地を確かめようとしていた。
自分の理解が合っているかを確認する。分からないことを、分からないままにしない。
たったそれだけのことだけど、彼の中で、何かが劇的に変わった気がした。
その質問から、この子はここから伸びると確信した。
あの一言は、勉強に向き合うということを示すには十分なものだった。
◆ 私のサポートの仕方も変わる
困ったときにはいつでもサポートする。わたしはどの生徒に対してもそのスタンスは変わらない。
ただ、あの質問を聞くまでの私は、「どこで止まっているかな」「何ができていないかな」と、学習を進めるためのサポートを心掛けていた。
でも、あの日から彼に対しては違った。
「この子はもう、自分の力で進める。じゃあ、次に何をすればもっと前に進めるかな」
そう考えるようになった。彼の主体性を信じて、少し任せてみようと思えたのだ。
その後、彼が持ってくる質問は、どんどん具体的で深いものになっていった。
250点台をうろうろしていた点数は、気がつけば370点近くまで上がっていた。
一方で、何がきっかけだったのかなと思うようにもなった。私の言葉が届いたのか。いや、あんなどこでも言われてそうな言葉がきっかけになるとは思えなかった。
◆ 変われば、きっかけなんてどうでもいい
後から本人に、答え合わせのつもりで聞いてみたことがある。
「あの頃、自習室でさ。それまでと違って、自分の理解が合ってるか確認するような質問をしてくれたと思うんだけど。あのとき、自分の中で何が変わったの?」
てっきり、あのとき私が叱ったことに、彼なりの深い気づきがあったのだとばかり思っていた。しかし、返ってきたのは拍子抜けする言葉だった。
「いや、模試の結果見て、いよいよヤバいと思ったんで」
本人は、自分がどんな質問をしたかも、私が何を叱ったかも、これっぽっちも覚えていなかった。私の言葉なんて、彼はこれっぽっちも気にしていなかったのだ。
そんなもんだよな、と妙に納得した。
彼が変わって、自分の足で未来を切り開いてくれたなら、その引き金が何だったかなんて、極論どうでもよかった。
子どもが変わるきっかけって、再現性がなく、考えさせられる。
だけど、自分の理解を確かめようとする子は、絶対に伸びる。
