教室の住人たち|授業中だけ静かな子
中学1年生の後半に入塾してきたその子は、大人しい子でした。
保護者の方からは、不安を感じやすい性格だと聞いていました。
インフルエンザで学校を休んだときは、授業に遅れてしまうことをとても心配していたそうです。
「理科だけ分かんない」
そう言って入塾してきたので、最初の頃はずっと理科をみていました。
一度、宿題をやれなかったことがありました。
怒られると思ったのか、お母さんと一緒に塾へ来ました。
理由を聞くと、学校の行事や宿題で忙しくて手に負えなかったそうです。
少しずつ塾にも慣れてきましたが、授業中は勉強のことになると話しません。
分からないところはちゃんと伝えてくれます。
ただ、言葉にはしません。
シャーペンで問題を指し示します。
私は少しだけ迷うこともありました。
不安が先に立ってしまっているのか。
それとも、本当に苦しんでいるのか。
でも、そんなことを考えても、その子の本当の気持ちは分かりません。
分かるのは、塾ではいつも一生懸命取り組んでいたことでした。
テストのたびに振り返るのですが、その子は自分の考えを話してくれます。
「ここまでは分かった」
「この問題はこう考えた」
普段は大人しいけれど、自分の考えはちゃんと持っていました。
受験生になると、その子は少しずつ変わっていきました。
授業時間より早く来て勉強するようになりました。
授業が終わった後も残って勉強していました。
その子が自分で決めて行動していたようです。
本格的に受験勉強が始まると、その子は自分で勉強を進めていました。
授業中は相変わらず、「分からなかったところはない?」と聞くと、シャーペンで問題を指し示します。
それからは、授業以外でよく話すようになりました。
友達に辛辣なツッコミを入れることもしばしばありました。
「あなた、そんなこと言うの?」
と思わず笑ってしまったこともあります。
そして受験当日。
試験が終わった後、その子は塾に来てくれました。
「試験どうだった?」
そう聞くと、
「事件がありました」
と言います。
しかも少し笑っています。
良いことなのか。
悪いことなのか。
深く聞いていいやつなのか。
「それ深掘りしていいの?」
と聞くと、
「聞いてください」
と言うので聞いてみました。
すると、筆箱を忘れたらしいのです。
その子は、忘れた原因から、その後どう対処したのかまで詳しく話してくれました。
私は少し驚きました。
その子なら焦ってしまうと思っていたからです。
パニックになっても不思議ではありません。
それでも落ち着いて試験を受けてきました。
その話を聞きながら、すごく頼もしく感じました。
受験後も、その子は塾に通い続けてくれました。
一緒に受験勉強をしていた友達は卒塾しましたが、よく話すのは変わりませんでした。
今思うと、成長したというより、もともとそういう子だったのかもしれません。
不安が先に出てしまっていただけ。
自分を出せるようになるまで、少し時間が必要だっただけなのだと思います。
あの日、筆箱事件を笑って話す姿を見て、私は少し安心しました。
