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教室の住人たち|生徒を変えようとするのを、やめた。

塾に求められているものは何だろう。

保護者は、「成績が上がること」を望んでいる。

生徒は、「分かるようになりたい」「できるようになりたい」「安心して勉強したい」と思っている。

私は、そのすべてをひとくくりにすると、「変化」なのだと思っている。

塾とは、生徒の変化に対価をいただく仕事なのだと思っている。

でも、この仕事をしてきて、一つ分かったことがある。

変化を与えることと、変化が生まれることは違うということだ。


以前の私は、生徒を変えようとしていた。

だから、叱った。
注意した。
「やりなさい」と伝え続けた。

もちろん、良かれと思ってのことだった。

でも、その結果、生徒が見せてくれたのは、「自分で考えて行動する姿」ではなかった。

私に言われたからやる。
怒られたくないからやる。

そんな「やらされる行動」だった。

一見すると、真面目に勉強しているように見える。宿題もやる。指示にも従う。でも、その中身は、「学びたい」ではなく、「怒られたくない」という気持ちでいっぱいだった。

そんな教室では、生徒は質問をしなくなる。雑談も減る。コミュニケーションも少なくなる。

教室は静かになる。

でも、その静けさは、安心して学べる静けさではない。
失敗を恐れ、間違えることを恐れ、私の顔色をうかがって生まれた静けさだった。

あの頃の私は、生徒を変えようとするあまり、生徒が自分らしく学べる環境を失わせていたのかもしれない。


ただ、人を変えるということは、とても難しい。

人間関係について書かれた本を読むと、「人を変えようとするより、自分が変わったほうがいい」という考え方によく出会う。

私も、その考え方には何度も助けられた。

一方で、その考え方を履き違えると、「面倒見の良さ」と「責任の境界線」が曖昧になることもある。譲らなくていいところまで譲ってしまう。生徒が負うべき責任まで、大人が抱え込んでしまう。

人は、最後は自分の意思でしか変われない。

そう考えると、この仕事は少し残酷だ。私たちは、生徒の変化を求められる。でも、その変化は、本人の意思に委ねられている。

だから私は、生徒を変えようとすることをやめた。

そして、自分でコントロールできないことに熱意を注ぎ続けることも、やめた。

宿題を例に挙げたのも、そのためだ。

授業には私も責任を持つ。でも、宿題は教室を出たあとの、自分自身との約束だ。私は、宿題を「やってきた」「やってこなかった」だけでは見ない。

答えを写して終わらせるのか。
分からなくても考えようとするのか。
途中まででも向き合ったのか。
あるいは、やらないという選択をするのか。

宿題は、その子が自分の学びを、自分のものとして引き受け始めているかを見る一つの指標だと思っている。

受験を目指すなら、もちろん頑張ってほしい。でも、勉強しなかった時間だけは、誰にも返すことができない。

お金は返せても、時間は返せない。
最後にその結果を引き受けるのは、生徒自身だ。

ある人には、冷たく聞こえるかもしれない。でも、生徒が引き受けるべき結果の責任まで、大人が一緒に背負ってしまうと、講師も保護者も苦しくなる。そして何より、子ども自身が、自分で責任を持つ機会を失ってしまう。


もちろん、私は叱らなくなったわけではない。ただ、叱る目的が変わった。

以前は、生徒を変えようとして叱っていた。
今は、生徒自身が「変わらなければ」と気づくきっかけをつくるために言葉を選ぶ。

問いかける。考えてもらう。待つ。
生徒が自分で答えを出せるように関わる。

もちろん、いつまでも待てるわけではない。受験には期限がある。だからこそ、タイミングを見極める。

教室の空気をつくり、言葉を選び、生徒自身が「ここで変わらないと」と思えた瞬間に伝える。

私が変えようとするのではない。生徒自身が「変わろう」と思える、その瞬間を待ち、その瞬間を逃さない。

責任の境界線を見極めるようになってから、私は自分でコントロールできることだけに心血を注げるようになった。

授業を工夫すること。
教材を考えること。
教室の空気をつくること。
生徒が一歩を踏み出しやすい環境を整えること。

そこに全力を尽くし、その先の選択は生徒に委ねる。

その考え方は、生徒のためだけではなかった。講師である私自身の心を守ることにもつながっていた。

生徒の人生まで背負おうとしない。でも、自分にできることからは決して逃げない。

責任の境界線がはっきりしてから、私は以前より穏やかに、そして本気で生徒と向き合えるようになった。


その違いは、卒業したあとにはっきりと表れた。

生徒を変えようとしていた頃に教えていた子たちは、塾を卒業すると、ほとんど遊びに来ることはなかった。

今なら、その理由が分かる。怒られるかもしれない場所に、わざわざ足を運びたいと思う人はいない。あの頃の教室は、勉強する場所ではあっても、安心して帰ってこられる場所ではなかったのだと思う。

一方で、生徒が自ら変わることを信じ、環境を整えることを大切にするようになってから教えた子たちは、卒業したあとも、よく顔を見せてくれる。

「先生、聞いてください。」

そう言って、高校生活のことや部活のこと、友達のことを、嬉しそうに話してくれる。あの頃と変わらない笑顔で。

もちろん、それがすべて私の関わり方のおかげだとは思わない。でも、「また会いに行こう」と思ってもらえる教室になれたことは、私にとって何よりもうれしかった。

生徒を変えようとしていた頃には見られなかった景色だった。

あの日から変わったのは、生徒だけではない。

一番変わったのは、生徒ではなく、私のほうだったのかもしれない。

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