教室の住人たち|先生、バッタがいるよ
受験が本格的に始まる頃、その子は入塾してくれました。
入塾して間もない頃、数学で満点を取ったことがあります。
初めてだったみたいで、その子はすごく喜んでいました。
私も嬉しかったのを覚えています。
模試の成績も少しずつ上がっていきました。
模試の成績が上がるたび、
素直に喜んでいて、
それを見て私もうれしくなっていました。
コロナの時期で、対面になったり、オンラインになったり。
落ち着かない環境の中でも、文句ひとつ言わず頑張る子でした。
入試の結果もちゃんとついてきました。
結果報告の日、塾に来たその子がミスタードーナツをくれました。
受験の雑談の中で、私がドーナツ好きだと言ったのを覚えてくれていたみたいです。
ただ、一度だけ忘れられない表情があります。
授業終わり、その子が帰ろうとした時でした。
「先生、バッタがいるよ」
秋口だったかな。
女の子の言う“バッタ”だから、私は勝手にコオロギくらいを想像していました。
外に逃がそうと思って、ティッシュを持って近づいた瞬間。
そいつが、ちょうど私に向かって跳んできました。
緑のデカいやつでした。
「ギャー!」と声を出して、私は逃げました。
そのせいで、緑のデカいやつも見失いました。
「どこ行った?」
そう聞いて顔を向けると、その子はなんとも言えない顔をしていました。
「・・・そこの影に隠れました。」
やけに冷静な声でした。
ありがとう、と言いながら、ちょっと引かれてる気がしていました。
あなた、そんな悲しそうな顔するんだね。
