教室の住人たち|止めなかった理由
小学生に算数を教えていた時のことだ。
その日の授業中、その子は少し疲れている様子だった。学校帰りの夕方、集中力が切れて、脳のエネルギーが完全に切れている感じ。
このままテキストを進めてもよかったのだが、私は仕切り直すように、途中で少しだけ「遊び」を入れてみることにした。
使ったのは、タングラム。三角形や四角形のパーツを組み合わせて、お題の形を作るシルエットパズルだ。
「今日はもう、これやろう」
勉強しなくていいと分かった瞬間、その子はやたらとテンションを上げた。調子のいいやつだなあ、と思わず苦笑しながらパズルを渡す。
最初のお題は、小手調べの「数字の8」。
「これかな?」「いや、違う」
カチャカチャと手を動かし、こちらは割とあっさりと完成させた。
本当の勝負は、ここからだった。
次に、少し難しいお題――「こうもり」を出した。
その瞬間、その子の目が変わった。
向きを変えて、並べ替えて、また崩す。
少し考えて、また置く。
カチャ。カチャカチャ。
少し形が合ったと思うと、また崩れる。
タングラムには向き不向きがある。できないと分かると、飽きてすぐに投げ出す子も多い。特に小学生なら、なおさらだ。
いつも問題を解くときは、「答え」を欲しがる。
でも今は違った。
崩しては考え、また組み直す。
今、この子は全然やめようとしない。本当の意味で、自分の頭をフル回転させて試行錯誤している。ただの小休憩のつもりだったし、気持ちが切り替わったらすぐに授業に戻るつもりだったけれど、あの凄まじい集中力を見ると、私はどうしても、もう少しやらせてみたくなった。
私は時計を見た。そろそろ授業の終わりが近い。
一度は、「今日はここまでにする?」と声をかけようとした。
でも、手が止まらないのだ。
カチャカチャ。
形を見て、首を傾げて、また並べ替える。
カチャ。また崩す。
気づけば、授業終了の時間になっていた。それでも終わらない。
カチャカチャ。カチャカチャ。
私は少し迷った。
保護者さんを外で待たせてしまうかもしれない。時間を区切って終わらせるべきかもしれない。
でも、あそこまで必死に試行錯誤している姿を見ると、どうしても止めたくなかった。たぶん、“あと少し”のところまで来ている。大人の都合で、この子の思考の流れを止めてはいけない。
だから私は、声をかけるのをやめた。
終わるまで、見守ろうと決めた。
授業時間を少し過ぎた頃。
――カチャ。
急に音が止まった。
顔を上げたその子は、私が今まで見たことがないくらい、満足そうな顔をしていた。「えびす顔」という言葉が、これほどぴったりな瞬間を私は知らない。
ああ、我慢してよかったな、と心の底から思った。
けれど、たぶん私がずっと覚えているのは、
「できた瞬間」の快感ではなく、あの泥臭く試行錯誤していた時間の方なのだと思う。
