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教室の住人たち|ただ晩飯を聞いていただけ

生徒の母親が、栄養士らしい。 だから、家でのご飯はさぞ美味しかろう。うらやましいなぁと常々思っていた。

私は仕事の終わりにご飯を食べるので、授業中は、お腹が空いてくるときがある。

そんなとき、その子の母親が栄養士だったことを思い出し、

「今日の晩飯、何食べたの?」

と、思わず聞いてしまっていた。

その子は、 「え、肉じゃがを食べましたけど。」

唐突すぎて、彼は一瞬戸惑っていたが、私は気にせず会話を続ける。

「ああ、良いな煮物。」

「肉じゃが食べないんですか?」

「食べるけど、作る頻度少ないんだよ。ああ、肉じゃがか。」

そんな私を見て、勉強で真面目だった彼の表情が、ふっと緩んだ。

それから彼が来るたびに、「今日の晩飯」を聞くようになった。

「今日の晩飯は?」

「今日は、魚です。」

「焼いたの?」

「野菜と和えてありました。」

「魚か、良いな。」

晩飯の話を振ると、彼はいつもニコニコして答えてくれる。

ついには、彼の晩飯のメニューが、その日の私の晩飯を決めるようにさえなっていた。

やがて、「今日の晩飯」は他の子にも聞くようになった。

普段あまり話してくれない無口な子には、YESかNOかで答える「クイズ形式」で迫ってみた。

「今日、晩飯は食ったんか?」 (コクンと、うなずく)

「肉か?」 (首を振る)

「魚か?」 (うーん、と微妙な反応。魚ではないけど、魚の成分が入っている料理なのか?)

「麺か?」 (首を振る)

「エビチリ?」 (首を振る。)

「ごはん系?」 (うなずく)

「ピラフか?」 (首を振る)

「んー……おにぎり?」 (コクコクとうなずく)

「あ、おにぎりか! 中身はツナマヨ?」 (ぱっと顔を輝かせて、うなずく)

「ツナマヨのおにぎり、好きなんか」 (嬉しそうに、うなずく)

ただ、受験が近づくにつれて、その子が来るたびにいつもしていた晩飯の話をする余裕は、お互いになくなっていきました。

そんなある日、保護者面談で「栄養士の母を持つ彼」の母親と話す機会があった。

そこで母親から、意外な言葉を掛けられた。

「先生、最近うちの子、晩ご飯の話を聞かれなくなったって、すごく寂しがっているんですよ。先生と晩ご飯の話をするのがとても楽しいみたいです。」

ただ私がおなかすいて、今日の晩飯を聞いただけなのに。

これまで生徒とする雑談といえば、学校のことばかり。修学旅行はどうだったとか、文化祭は何をするのとか。

どこかで「講師と生徒」という適切な距離感を気にしながら、私自身が気を遣って話を振ることも多かった。

今思うと、「今日の晩飯」だけは違った。

あの時間だけは、勉強とは関係なく、一人の大人と一人の子どもとして話していたように思う。

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