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【クマ】 なぜ私たちは共存できないのか?

こんにちは、kiyoです。
連日クマのニュースが途絶えることなく垂れ流されています。
今テレビ局にとっては最高に視聴率を稼げるコンテンツなのでしょう。
自然や野生動物の素晴らしさをインスタグラムで発信している私の投稿には、「バカ」だの「死ね」だのときどきコメントがつきます。
それはサルよりクマの方が過熱します。

ネットニュースではクマのニュースが出るたびに、自称クマの専門家や猟師がたくさん湧いてきて、クマを殺せ、と大合唱です。

「クマに殺された遺族の身になってみろ」
というのも常套文句です。
私は少なくともそんなことを書いてくる人たちよりよっぽど遺族の思いに触れ、真剣に考えていると思いますが、そういうことを書いてくる人は一体どれほどクマと人間の関係を真剣に考えているのでしょうね?

私は何が何でも殺処分に反対するわけではありません。
生態が狂ってしまって町に出てくるようになってしまったクマは、私たちは私たちの身を守るために殺処分はやむを得ないと考えます。
ただクマが町に出てくるのは絶対に原因があるんです。
そこを突き詰めていかない限り、ひたすらクマを殺し続けなければならなくなります。

下の動画は、私がサルの群れに同行中、藪の中からいきなりクマが現れたときの動画です。

若いオスザルが群れに危険事態を知らせる警戒声をあげています。
群れが避難するまでこのオスザルは群れとクマとの間に立って群れを守ります。
これはサルの群れが外敵と遭遇したときの標準的なフォーメーションです。

私はさらにサルたちとクマの中間にいます。 
サルの甲高い警戒声にクマが興奮して、私に襲いかかってくるかもしれない、と、私もクマスプレーを構えながらの撮影です。

しかしクマはまったくサルたちに無反応でした。

私はこのように、ニホンザルの群れとクマが鉢合わせになったシーンを何度も見ています。
クマの大好物のブナやネマガリタケはサルも大好物です。
しかし私はクマがサルを襲ったシーンを見たことがありません。
また、明らかにクマに襲われただろうと思われるような重傷を負ったサルや遺体も見たことがありません。

例えばネマガリタケ。
ニホンザルの群れが50頭で、片っ端からネマガリタケを食べ始めてもクマは怒ってサルを襲ったりはしないのです。
なのに人間がたった独りでタケノコを採取していても、クマは怒って襲いかかり、殺されてしまうのです。

何故人間はダメなのか?

何故サルたちは人間よりはるかに多い数でネマガリタケを食べ漁るのにクマに襲われないのか?

ここに「共存」の問題の本質があるのだ、と私は考えるのです。

サルはクマと共存できるのに、何故私たち人間はできないのか?

「何をバカなことを言っているのか?当たり前のことだろう」
と鼻で笑う人も多いでしょう。

しかし私は真剣にそれを考えなければいけないと思っています。
サルたちがそのヒントを私に投げかけてくれている、と感じるのです。

同じ地球に存在する生き物として、私たちは共存しなければいけない。

悲惨な獣害事故は無いほうがいいに決まってます。
共存のためには獣害事故も致し方ない、などとは私は絶対に思っていません。 

しかし、共存をあきらめてはいけないのです。

何故こうしてサルたちはクマと共存できているに、私たち人間は共存できないのか?

それを真剣に考えなければいけないと思うのです。

* ヘッダー画像、及び本文中の画像、動画は、注釈が無い限りは私本人の撮影 によるものです。

* 各野生動物ごとの記事をマガジンにまとめてあります。
過去ログもぜひお読みください。


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