見出し画像

本気で天守閣を学ぶ 1

1、私の城巡り進捗

 私の趣味は、読書とバードウォッチングと城(天守閣)巡りです。読書は家で、バードウォッチングは近場で楽しめます。しかし、城巡りは現地に赴かなければなりません。これが理由と高価な交通費を必要です。
 神奈川県人にとって、城巡りに費用がかかるかかります。交通費や宿泊費です。天守閣のある城の所在地から説明します。城の所在地を日本の東西(愛知は東として)で分けてみます。東に40城・西50城です。さらに、現存に絞ると東に4城・8城です。
 東から、その所在地を示します。弘前城(青森)・松本城(長野)・犬山城(愛知)・丸岡城(福井)です。西は彦根城(滋賀)・姫路城(兵庫)・松江城(島根)・備中松山城(岡山)・丸亀城(香川)・高知城(高知)・宇和島城(愛媛)松山城(愛媛県)です。つまり最低でも新幹線の日帰りで、複数の城を見るならば宿泊をしなければなりません。
 幸いにも、国宝5城(太字)は行きました。また、高知城と松山城にも行きました。その他の弘前城・備中松山城・丸岡城・宇和島城・丸亀城へは行っていません。神奈川⇆上記5城へはなかなか出掛けられません。

2、現存天守閣と国宝など

 次に現存天守閣は重要文化財です。その中に、国宝が含まれています。重要文化財と国宝の関係を明らかにします。
「有形文化財のうち,重要なものを「重要文化財」に指定し,さらに世界文化の見地から特に価値の高いものを「国宝」に指定して保護を図っています。」(文化庁HPより)

 つまり、現存する城の中で重要の城が国宝となっています。以前は、松江城が含まれておらず、2015年になりました。1950年から2015年まで重要文化財でした。さらに1935年から1950年までは国宝でした。踏み込みます。松江城が国宝にカンバックした理由をWikipediaより探しました。引用します。

「国宝」という語の指す意味は文化財保護法施行(1950年)以前と以後とでは異なっている。文化財保護法施行以前の旧法では「国宝」と「重要文化財」の区別はなく、国指定の有形文化財(美術工芸品および建造物)はすべて「国宝」と称されていた。
「国宝」(national treasures, 国民/民族の宝物)の概念はアーネスト・フェノロサが考えたものだが、法令上、「国宝」の語が初めて使用されたのは1897年(明治30年)の古社寺保存法制定時である。同法の規定に基づき、同年12月28日付けで初の国宝指定が行われた[14]。その後1929年(昭和4年)には古社寺保存法に代わって国宝保存法が制定され[15]、同法は文化財保護法が施行される1950年(昭和25年)まで存続した。古社寺保存法および国宝保存法の下で指定された「国宝」は1950年時点で宝物類(美術工芸品)5,824件、建造物1,059件に及んだ。これらの指定物件(いわゆる「旧国宝」)は文化財保護法施行の日である同年8月29日付けをもってすべて「重要文化財」に指定されたものと見なされ、その「重要文化財」の中から「世界文化の見地から価値の高いもの」で「たぐいない国民の宝」たるものがあらためて「国宝」に指定されることとなった[16]。混同を避けるため旧法上の国宝を「旧国宝」、文化財保護法上の国宝を「新国宝」と通称することがある。文化財保護法による、いわゆる「新国宝」の初の指定は1951年(昭和26年)6月9日付けで実施された。
以上のように「旧国宝」「新国宝」「重要文化財」の関係が錯綜しているため、「第二次世界大戦以前には国宝だったものが、戦後は重要文化財に格下げされた」と誤って理解されることが多い。旧法(古社寺保存法、国宝保存法)における「国宝」(旧国宝)と新法(文化財保護法)における「重要文化財」は国が指定した有形文化財という点で同等のものであり、「格下げ」されたのではない。また、文化財保護法によって国宝(新国宝)に指定された物件のうち、重要文化財に「格下げ」された例は1件もない。ただし、2023年に雪舟の四季山水図の附だった雲谷等益の四季山水図が分離されて重要文化財に、金峯山経塚出土品の附だった紺紙金字経が分離されて重要文化財になるなど、国宝の附が分離されて重要文化財となる例がある[17]。

Wikipediaより引用

 というわけで、これから学問対象となる現存天守閣の文化的位置付けを明らかにしました。確かに、大阪城や名古屋城も巨大な天守閣ですし、岡山城なども個性的なので含めたいところです。しかし、躯体が鉄筋であったりエレベーターなど近代設備などがあるので外すことにしました。今後、城の堀や櫓などを研究する機会があったら、ぜひとも重要な研究対象にさせていただきたいと思います。

3、天守閣への研究態度

 私は時代で天守閣を括ることに疑問を感じています。天守閣の変容した様式として括る方が良いと思っています。そのために、時系列に並べ諸要素を分析します。
 ただし、この研究は建築学を学ぶものではない。確かに、学問対象は建築です。それでも、現地視察と貴重な文献学び、人文学的視点まとめる予定です。(予定です😅)
 そのために、以下の項目を中心に分析を始めます。
①築城年の書き出しと時系列の並べ直し
②立地の地形
③何層何階か
④形式(望楼型・層塔型など)
⑤石垣の積み方
⑥壁の材料(下見板・漆喰白壁など)
⑦屋根の種類
⑧城に関する法令
・築城者
・所在地
【主な参考文献】
・井上宗和著「日本の城の基礎知識」
・内藤昌著「城の日本史」
・太田博太郎著「日本建築史序説」
・藤岡通夫著「建築史 増補改訂版」など

まとめ

 小学5年生の時、突然お城に興味を持ちました。そして、西ケ谷恭弘著「神奈川の城 上下」を買いました。今も、手元にあります。しかし神奈川には、小田原城にだけ天守閣(復元)があることを知りました。全国の城を取り扱った書籍を買いました。
 いちばん驚いたのは姫路城でした。その他、大小・壁の違い・立地条件の違いなどに興味を持ちました。それは、今回の取り組みのルーツです。そして、大学院の修士論文への基礎研究とします。

かわせみ💎

【付録】

いいなと思ったら応援しよう!