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ワールドカップ

 
 ワールドカップが近づくと、俄ファンが急増する。
 ご多分に漏れず、僕にもそんな時期があった。雑誌を読んで仕入れた情報を以て、知ったかぶりを振りまいていたものである。

 確かに、サッカーというスポーツは面白い。人類にとって一番発達しているはずの「手」を使ってはいけない……ということは、偏に「獣に戻って闘え」ということだろう。
 興奮するな、という方が無理な話だ。

 実は、このサッカーの面白さを最初に僕に教えてくれたのは、叔父2なのだ。
まだプロのチームもない実業団時代のことだから、ずいぶんと昔の話ではあるが、ヤンマーの釜本がすばらしいと、僕にテレビの中継を見るよう勧めていたはず。確か、教育テレビあたりで放映していたように記憶しているが……
 と言ってもガキの時代とあって、こんなマイナーなスポーツには興味もなく、その面白みを悟ることもなかった。

 たぶん、野球あたりの方が、……元来スポーツファンではなかったが……まだマシという認識だったのだろう。

 それでも、やがてサッカーもプロの時代に入り、キングカズのようなスターに煽られ、僕も俄ファンの列に加わったらしい。

 とにかく、僕が最初に、かなり興奮して観戦したゲームは何かと言うと、今でこそ伝説扱いの「ドーハの悲劇」という奴なのだ。
 そう。イラクとの対戦で、ロスタイムにゴールを決められワールドカップ出場を逸し、日本中が嗟嘆の声をあげた日のことである。
 あの日……イラクがゴールを決めた時、「やった!」と歓声を上げたのは、日本中で僕一人ではないかとも思ったものである。

 なぜ日本人でありながら、イラクを応援していたのか?

 なんのことはない、当時の噂で……イラクの選手は負けると「鞭打ち」の刑に処せられると、まことしやかに囁かれていたのだ。間違っても、日本の選手に鞭打ちはないだろう。
 僕がイラクを応援した理由である。

 異論はあるだろうが、これが当時からの僕の価値観なのだ。

 まあ「鞭打ち」は論外としても、僕はサッカーのみならず、スポーツを観戦する時、必ずしも「日本人」を応援するとは限らない。要は、自分の見立てに於て、「魅力ある」選手を国籍を問わず応援したいのだ。
 もちろん、それが同国人だと応援のし甲斐もあるし、現にゾノや中田、俊介などはかなり贔屓にもしていたはず。

 そして時は流れ、すっかりとサッカーからも遠ざかってしまった。
サッカーのみならず、去年の野球の優勝チームすら定かではない。

 所詮スポーツには無縁だったのだろうが、やはり僕の価値観はオリンピックを始め国家単位で優劣を競うという思想が好きにはなれないらしい。
 特に、オリンピックなどの競技の基本は「兵士育成」にあったはずである。
 確かに、人が獣に戻っての闘いは、本能の深部を揺るがす見ごたえのある快楽かも知れない。
 しかし、世界では、正しく獣に戻っての……鞭打ちを遙かに超えた殺し合いが続いているのだ。
 再びの俄ファンに戻って、サッカーを楽しみたいとも思うのだが……、やはり僕はワールドカップを観ることはないだろう。

 本当の殺し合いの勝鬨と、ゲームの勝鬨が……僕にはどうしても重なってしまうのだ……

 
 

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