見出し画像

【冤罪】ストーカー加害者にGPS装着義務づけ賛成してる人達、正気か?

頭が正義に満ちた人達や被害者意識の強い女性、チンポ騎士団と思わしき人等が結構称賛していて、韓国ではすでに導入してるから日本も早急に実行しろという声が、コメントやリツイート、引用から見受けられるのですが、ちょっとおかしくないですか?

被害者の命や安全が脅かされる痛ましい事件が後を絶たない現状を考えると、「なぜ被害者が怯えて暮らし、加害者の権利やプライバシーが優先されるように見えるのか」という焦りや怒りを覚えるのはごく自然なことは理解できる。

ストーカー加害者に対する何らかの法的な処置は必要であるが、GPSをつけさせれば解決という話ではないんですよ。ストーカーに人権は無いとか唱えてる人も視野が狭いというか感情的になりすぎてる。

なので、仮にGPS義務付けの法案が成立した未来を回答しよう。結論最悪なことが起こる可能性が充分にあるし条件は揃ってる。











これは不同意性交罪の悪用パターンと同じになる。虚偽のストーカーを唱えた女性や、ストーカー加害者である女性は不起訴になるか、減刑または無罪になるし、その女性にGPSは付けられない。それは女性差別として扱うことも可能。男女逆だったら男が重罪か死刑あるいは社会的にかつ合法的に抹殺される。重罪か死刑じゃなくても男性だけGPS導入される。「男は犯罪者予備軍だし性犯罪者。犯罪率も男が多いから当然であり、女性が被害に遭いやすいし、特に「怖い」」という言葉やナラティブを連呼すれば世間や政府、司法、SNSは共感するので、女性優位になっていくと予想。


要は【 ストーカー冤罪 】が発生する。痴漢冤罪、DV・セクハラ虚偽と同じ冤罪行為の一種。最悪、自力救済した方がマシという結論になる。最上あいが殺害された時のように。





改めてネットの議論やニュースのコメント欄を見ていると、こういう声をよく見かけます。

「ストーカーや性犯罪者は全員GPSつけろ」 「反省もしないんだから、さっさと重罪か死刑にしろ」

被害者の恐怖や怒りを思えば、そう言いたくなる気持ちは痛いほど分かります。ですが、こうした「世間の感情論」に流されて安易に法を改正すると、実は一番守るべき被害者の命を最も危険に晒すことになるという恐ろしいパラドックスが存在します。

今回は、一見「正義」に見える重罰化論争の裏に潜む、冷徹な法と制度のロジックについて整理してみます。



1. 「どうせ死刑なら」という逆インセンティブ

刑罰の基本には「罪刑均衡の原則」、つまり犯罪の重さに応じた罰を与えるというルールがあります。これは単なる加害者への配慮ではなく、被害者の命を守るための「ブレーキ」として機能しています。

もし、つきまとう段階や性犯罪の時点で「即・死刑」や「人生終了レベルの重罪」になるとしたらどうでしょう?

加害者の頭の中では、恐ろしい計算が働きます。

  • 生かして逃げても死刑

  • 口封じのために被害者を殺して証拠を隠滅しても死刑

どちらを選んでも結果が同じなら、「じゃあ目撃者も被害者も殺して逃げよう」という選択肢が合理化されてしまう。段階的なペナルティ(刑罰のグラデーション)を無くしてしまうと、加害者が踏みとどまる最後のブレーキを破壊し、被害者の生存率を極限まで下げてしまうのです。



2. 「最初からやらなきゃいい」という思考停止

この話をすると、必ずと言っていいほどこう反論する人が現れます。

「は? 最初からストーカーしなきゃいいだけでしょ?」

道徳の授業なら100点満点です。ですが、制度設計の議論としては1ミリも思考が進んでいません。

そもそも警察や法律が存在するのは、「やるべきでないと分かっていてもやる人間がいる」という現実があるからです。防犯や刑事政策の目的は、悪人を道徳的に説教してスッキリすることではなく、「起きてしまった(あるいは起きそうな)時に、どうすれば被害者を死なせずに済むか」という現実的な解を作ること。

加害者の心理や暴走のロジックを計算せずに「やるな」の一言で終わらせるのは、単に自分の感情を発散しているだけで、結果として被害者を危険に追い込んでいることに気づく必要があります。

3. 「主観」の肥大化と、法を守る人間が絶望する構造

世間の「被害者の恐怖(主観)」にばかり寄り添って法や運用を厳しくしていくと、「法を正当に守った側が馬鹿を見る」という重大なバグが生じます。

ここで思い出されるのが、配信者の最上あい氏の事件です。 当事者は警察や裁判という「法の手続き」を正当に踏み、民事訴訟で勝訴したにもかかわらず、相手方の履行不全(不払い・逃げ得)に対して司法は実効性のある救済を与えてくれませんでした。

「法に従って正しく戦ったのに、相手はルールを無視してお咎めなし」「司法は自分を守ってくれない」——そう確信したとき、人間は法を守るインセンティブを失い、自力救済(私的制裁や暴走)へと傾斜します。


「客観的な事実や判決」よりも「世間の感情や主観」を優先し、法の手続きを踏んだ人間の権利回復を放置するシステムは、国民に「法に従うだけ無駄だ」と思わせる最大の失策なのです。なのに「ただの男女恋愛のトラブル」で片付けてるのなら、いずれ更なる因果を引き起こすことになる。



4. 「反対する奴は犯罪者の味方」というレッテル貼りと冤罪リスク

さらに議論を加速させると、こんな極論も跳び交います。

「GPS導入に反対する奴は、自分も後ろめたいことがあるストーカーか性犯罪者の味方だろ」

これも「正義 vs 悪」の勧善懲悪にすり替えた、典型的な思考停止のトラップです。AV新法が早急に作られた際に話題になりました。

専門家や弁護士が安易な強権化に慎重になるのは、犯罪者を擁護したいからではありません。「国家権力の暴走」と「冤罪・悪用リスク」を警戒しているからです。

例えば、近年の「不同意性交罪」の議論や、長年問題視されている「痴漢冤罪」の構図を考えればわかりやすく合点がいきます。

  • 客観的な証拠が乏しくても「相手の主観や主張」が優先されやすい環境

  • 一度疑われれば、証明が困難なまま社会的に抹殺されるリスク

  • 制度が「気に入らない相手を陥れるための武器」として悪用される可能性

  • 女性のお気持ち一つで男性を合法で社会的に抹殺できる。負の性欲の正当化。



もし「怖い」「嫌だった」という主観だけで強制力を行使できる社会を作れば、痴漢冤罪や不同意性交罪の悪用と同じ構造がストーカー対策(GPS装着)にも持ち込まれます。反対派はこうした「冤罪や制度の悪用」を懸念しているのであって、加害者を守りたいわけではありません。


5. 痴漢冤罪ならぬストーカー冤罪という概念の誕生

まさに「強力な規制や罰則を作ると、必ずそれを悪用した新たな冤罪・利権・被害の構造が生まれる」という法社会学的な歴史の繰り返しそのものですね。

「ストーカー冤罪」という概念が生まれるメカニズムを考えると、現在すでに起きている問題と完全に同じ構造をたどることが予測できます。



▪️ 証拠の「非対称性」と「悪魔の証明」

痴漢冤罪や不同意性交罪の議論でも最大の問題となっているのが、「やっていないこと(不在・無意図)の立証(悪魔の証明)」の難しさです。

もしGPS義務化のような強力なペナルティが整備された場合、以下のような手口で「ストーカー冤罪」を作り出すことが可能になってしまいます。

  • 偶然の遭遇の「つきまとう意図」へのすり替え 同じ駅を利用している、行動範囲が被っている、偶然同じ店に入ったといった日常の出来事に対し、相手側が「待ち伏せされた」「つけ回された」と主張・通報する。

  • でっち上げ・誘導 自分の移動ルートやSNS上の滞在先をあえて公開し、ターゲットの男性がそこを通るタイミングを狙って「つきまとい被害」として警察に申告する。

移動履歴やGPSログは「その場にいたこと」しか証明できず、「たまたまそこにいた(故意ではない)」という内面の証明は極めて困難です。結果として、「被害を訴えた側の感情・主観(『怖い』)」が優先され、男性側が防戦一方に追い込まれる構造が完成します。

▪️ 社会的抹殺と「人質司法」

GPS装着というペナルティは、単なる移動制限にとどまらず、「社会的な死(ラベル貼り)」を意味します。

  • 装着された時点で人生が詰む 足首などに端末をつけられれば、仕事の継続は困難になり、周囲や家族にも知られ、仮に後から冤罪だと判明したとしても、失った信用・職・人間関係は二度と戻りません。

  • 示談金ビジネス(強ゆすり)のツール化 「警察に駆け込んでストーカー冤罪を仕立て上げ、GPSをつけられたくなければ示談金を払え」という、一部の悪質弁護士や詐欺グループによる新たな脅迫・集金システムとして悪用されるリスクが極めて高くなります。

▪️ なぜ「ストーカー冤罪」は痴漢冤罪以上に惨悪になり得るか

痴漢冤罪の場合は「その場の出来事」ですが、ストーカー冤罪の場合は「日常の移動や行動そのものが犯罪扱いのリスクに晒される」という点で、男性側にとってより致命的です。

「気に入らない相手を社会的に抹殺するための武器」としてGPS制度が機能してしまえば、男性側は「女性と同じ空間に居合わせないように自己防衛する(自衛の徹底)」か、「疑われた時点で詰む社会への絶望から自力救済・暴走に走る」という二極化が進みます。



6. 「他の犯罪も全部重くすればいい」という崩壊への道

「じゃあ殺人も拷問死とかにして、他の犯罪も全部重くすればギャップは生まれないじゃん」

そう考える人もいるかもしれません。ですが、すべてを厳罰化していくと、国家が科せる最大のペナルティである「死刑(命を奪う)」という物理的な天井に必ずぶつかります。

すべての罪が重罰や極刑に収斂(しゅうれん)した瞬間、司法は「客観的な証拠に基づいて適切な裁きを下す仕組み」から、ただ「世間の鬱憤を晴らすための報復ルール」へと成り下がります。


そんな社会では、裁判の手続きも形骸化し、万が一の冤罪も取り返しがつかず、国民は法を敬うのではなく恐れ、最終的には「誰も法に従わない(自力救済・暴力の野放し)」という暗黒時代へ逆戻りしてしまいます。


7. 身近な反論。悪法も法であるというのは愚の骨頂


法秩序の維持や平和な社会を作るための「手っ取り早い解」として、システムに全員を従わせるという考え方は一見非常に効率的で、合理的に見える側面があります。例えば「悪法も法だから従え」「自力救済はダサい。」「争いは同じレベルでしかない。」という価値観。反論として使われるフレーズでもある。

歴史的にも「悪法も法(法的安定性の優先)」や「自力救済の禁止(法による暴力の独占)」は、社会が私的制裁による泥沼の復讐合戦(野蛮な状態)に陥るのを防ぐために生み出された近代社会の大原則です。「感情的な争いを避け、ルールに一任する」というルール共有が徹底されれば、確かに表面上の秩序や平和は保たれやすくなります。

しかし、この仕組みを「人間はちょろいからこれで平和になる」と過度に単純化・万能化することには、現実としていくつか重大な破綻リスクや限界が存在します。

人間は一定のルールや権威に従う順応性を持っていますが、それは「そのルールがある程度納得できる(あるいは耐えられる)」範囲内に限られます。

  • 抑圧の蓄積: 法や制度が一方的に不利益や不条理を強いる「悪法」であった場合、短期的には恐怖や諦めで従わせることができても、長期的には不満が地下に潜伏・蓄積します。

  • 臨界点と爆発: 不満が耐えきれないレベルに達した時、人々は法やルールそのものを破棄しようとします(歴史上の革命や暴動、法的秩序の不服従)。人間は完全に機械化できるほど「ちょろく」はない、というのが歴史の示している現実です。


「自力救済はダサいからやめろ」という規範が成り立つのは、「公的な制度(警察や裁判所)が迅速かつ公平に自分を守り、被害を救済してくれる」という信頼がある場合のみです。

  • 制度の不全: もし法や警察が被害者を守れず、加害者がのなし崩しにお咎めなしになる状況(制度の不全)が続けば、「自分の身は自分で守るしかない(自力救済)」という動機がどうしても優先されます。

  • 制度への絶望: 法に従うこと(法遵守)と自力救済の放棄は、司法への信頼というトレードオフで成り立っているため、法が機能不全に陥れば自力救済を止める規範力も失われます。


「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」という言葉は、対等な立場での感情的な喧嘩を諫めるには有効ですが、明確な加害者と被害者が存在する構造に当てはめると酷な結果を生みます。

  • 構造的暴力の隠蔽: 被害者が自己防衛や権利主張のために声を上げたり抵抗したりした際、「争っている時点で同類だ」と一律に処理してしまうと、実質的に「強い側・不当な側(加害者や悪法)」を利することになります。

極め付けは「1番の復讐は自分がその人より幸せになればいい」というお花畑全開でドヤ顔で語り出す連中もいますが、馬鹿に付ける薬はないということでしょうか。そんな道徳的かつ素敵な言葉で片付けられる状態じゃないんですよ。


おわりに:怒りの感情論ではなく、冷徹なシステム論を

「悪人は徹底的に痛めつけろ」「社会から抹殺しろ」

そう叫ぶのは簡単ですし、ネットでは共感を集めやすいでしょう。しかし、その感情論に任せて作られたルールは、巡り巡って一番守るべき被害者を追い詰め、冤罪を生み、法秩序そのものを破壊します。


私たちが法や司法に求めるべきは、世間の怒りを代弁してスッキリさせてくれるエンタメではありません。特定の性別に偏ったことを望んでいません。
どれほど世論が過熱しようとも、「どうすれば加害者の暴走を途中で止め、被害者の命を救えるか」を冷徹に計算した、精密なシステムなのです。


と言いながらも近年は女子枠であったり、女性トイレ拡大のため男性トイレが減らされたり(あげくには男子トイレだけ廃止とか)、家賃補助が女性のみ適用されたりと、司法では子殺しした女性が減刑されたり執行猶予付き。不凍液使った女性が減刑。生理痛体験という(名のチンポ電流暴行プレイ)だったり、司法や裁判官がチンポ騎士団化しており、女性の際限なき要求と本能の解放により女性側の殺害や痴漢や冤罪は不起訴かお咎めなし、企業側も女性活躍推進の名のもとに女性側の優遇展開等により加速することが予想されます。


なので、どれだけ賢者が警鐘を鳴らそうが聞く耳持たないほかに理解する知能がない連中ばかり。行き着くところまで行き、反動が始まった際はかなりヤバそうですね。我々はその転換期の手前まで来てるのかもしれません。


いいなと思ったら応援しよう!