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覚えていますか 山の上の小さな「ディズニーランド」

覚えていますか。
稚内市民が“山”と呼ぶ海岸段丘の上に、小さな遊園地「こどものくに」があったことを。

当時、私は中学生でした。親と一緒に行ったり、友達と遊びに行ったりしていました。ゴーカートのエンジン音とオイルのにおい、びっくりハウスから聞こえる悲鳴、そして意外とスリルのあった小さなジェットコースター。。今でも鮮明に思い出せる、懐かしい記憶です。

当時あった遊戯施設は、「メリーカップ」「回転ボート」「パールスレー」「びっくりハウス」「ラッシングカー」「ゴーカート」「ガイドカー」「豆新幹線ローターウエーブ」「スカイジェット」と資料には記載されている。
しかし、名前を聞いても思い出せないものもある。
付属施設には、食堂、売店、テントハウス、ゲームコーナーなどがあった。

この度、鉄道写真や稚内の古い写真を発信されているNorisさんが、「こどものくに」の写真を公開されました。現在、観光ガイドの仕事をしている私にとって、非常に興味深く、心躍るものでした。

Norisさんのご厚意で、その写真を使用させていただけることになりました。当時の歓声や興奮を、少しでも呼び戻すことができたなら——それは私に
とって幸せなことだと思います。

「こどものくに」は、百年記念塔の麓、稚内霊苑の横にあった。アクセスは、稚内北門神社の石段80段を登り切った所に、当時、「日本一短いロープウエイ」と呼ばれた発着場(山麓駅)があった。山の上が山頂駅で目の前が「こどものくに」だった。
ロープウエイ内部。「タロ号」と「ジロ号」があった。資料をみると長さは、約130m、高低差は、約71m。山頂までの所要時間は、約2分。稚内港の眺望が素晴らしかった。残念ながら2006年に廃止されている(運行開始は、1975年)。
「スカイジェット」回転している途中で操縦桿を操作すると上下したと思うけど。Norisさんのコメントでは、操縦桿にミサイルボタンが付いていて、前に飛んでいる機体と高さが揃った時に押すと撃墜できる(相手が高度が一時的に下がる)仕組みだったとのこと。
かなりスリルがあったと思う。特に曲がる際は、振り落とされるように感じていた。遊具の中で一番、印象に残っている。
「豆新幹線」記憶はあるが、当時は、中学生だったので乗るには”少々気が引けた”。背後は、現在もある稚内霊苑。
「回転ボート」こちらは、乗りたくても年齢制限があったような。。。Norisさんのコメントのように船の帆がカラフルだったという記憶はあります。
ゴーカート一人デビューの時は、緊張したなあ。
写真のように親父と一緒に乗った記憶がある。
カラフルに塗られた古タイヤが印象深かった。でも、こんなにタイヤがあったんだ。
乗れなかった。。。
背後にあるのは、「びっくりハウス」。たしか、悲鳴が外にスピーカーで流されていたような気がします。女子と一緒に体験した思い出。
こちらも乗れなかった。。。「ガイドカー」?
この写真のようなアスレチック的な体験ができたとは知らなかった。当時、ここは、スキー場として使用されていたと思う。当時のリフトは、木製のT型バーを股に挟んで使用した。もしかすると、このワイヤーは、冬になるとリフト用に使用した?

高校を卒業して稚内を離れてから約20年後、再びこの地に戻ったときには、「こどものくに」はすでに姿を消しており、「日本一短いロープウェイ」はまだ健在だった。だが、それも数年後には廃止されてしまった。
中学生の頃、友達とゴーカートで競い合ったことや、びっくりハウスで大声を上げたことなど、薄れかけていた記憶が写真によって鮮やかによみがえる。これからも、可能な限り地域の記憶を継承していきたい。

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