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愛姫は、政宗を分かったふりをしない

「この人は、何に怒るのだろう」

愛姫が伊達へ入った時、最初に知る必要があったのは、政宗の優しさより、その境目だったのではないでしょうか。

何を黙って見過ごすのか。
誰の失敗を許さないのか。
自分の強さを、どのように使う人なのか。

夫になる人だからといって、最初から理解できるわけではありません。

むしろ夫になる人だからこそ、分かったふりは危うかったはずです。

正室になっても、信頼は完成しない

天正七年、一五七九年。

田村清顕の娘・愛姫は、伊達政宗に嫁ぎます。

年表にすれば、一行です。

田村と伊達が婚姻によって結ばれた。
愛姫が政宗の正室になった。

けれど、「正室になった」と書いた瞬間に、二人の関係まで完成したように見えてしまいます。

実際には、互いをまだ知らないところから始まったはずです。

政宗は、愛姫が何を恐れているのか知らない。
愛姫は、政宗が何を隠しているのか知らない。

婚姻によって立場は決められても、信頼までは命じられません。

愛姫は政宗の妻になりました。

けれど、それだけで政宗の言葉をすべて信じる人になったわけではありません。

分からないことを、急いで埋めない

物語では、強い女性を「何も恐れない人」として描きがちです。

知らない家へ入っても動じない。
政宗の気性にも臆さない。
伊達家中の視線にも怯まない。

けれど、愛姫の強さを、恐れないことだけに置きたくありません。

怖いものを、怖くないと言わない。
分からないものを、分かったと言わない。

それでも、自分の目で見る。

政宗が笑っているから、安心だと決めない。
強い言葉を使うから、迷いがないと決めない。
夫だから、正しいと決めない。

愛姫は、政宗の胸の内を何でも見抜く妻ではありません。

見抜いたふりをしない妻です。

理解したふりをすると、相手を作り替えてしまう

近い人ほど、「あなたのことは分かっています」と言いたくなります。

けれど、その言葉は、ときに相手を自分に都合のよい人物へ作り替えます。

政宗は本当は優しい。
政宗は孤独だから仕方がない。
政宗は伊達を守るために怒っている。

そう意味を与えれば、政宗の言葉や行動を理解したことにはできます。

けれど、本当にそうなのかは分かりません。

愛姫は、政宗を救うための意味を、急いで与えなくてよい。

政宗が何に怒ったのか。
その怒りで誰が傷ついたのか。
強さを使った後に、何を背負おうとしたのか。

分からないなら、分からないまま見る。

それは受け身ではありません。

相手の言葉に飲み込まれず、自分の目を失わないための距離です。

分からないまま、見失わない

夫婦は、分かり合ったところから始まるのではないと思います。

最初は、分からない。

政宗は、愛姫の沈黙の意味が分からない。
愛姫は、政宗の怒りの奥が分からない。

それでも、決めつけない。
自分に都合のよい人物へ作り替えない。
分からないという理由だけで、目を逸らさない。

愛姫は、政宗を理解できた人ではありません。

理解できない政宗を、見失わなかった人です。

だから政宗も、愛姫の前でだけは、完成した英雄のふりを続けられない。

二人のあいだに最初からあるのは、甘い理解ではなく、簡単には埋まらない距離です。

けれど、その距離を消さずに向き合うところからしか、信頼は始まらないのだと思います。


読んでくださってありがとうございます。

愛姫が政宗の強がりにすぐ拍手しなかった距離を読んだ、

「愛姫は、政宗の虚勢を褒めない」

も、あわせて読んでもらえるとうれしいです。

愛姫が最初に見たかったものを一つ置くなら、どちらでしょうか。

怒り/沈黙

理由はなくて大丈夫です。一語だけ置いてください。

次は、愛姫が政宗の軽口や強がりを、強さとして褒めなかった距離を読みます。

独眼竜になる前の政宗を、父・母・家臣・妻・敵・土地から追っています。夫婦を「最初から分かり合った二人」にしない読みを続けたい方は、フォローしておいてもらえるとうれしいです。

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