相馬は、ただ負けたくなくて退かなかったのではない|家臣と領地を守る戦
相馬を「伊達の敵」と呼ぶことはできます。
間違いではありません。
けれど、敵という言葉は便利すぎます。
敵と呼んだ瞬間、なぜ退かないのか、ここで退けば何が崩れるのかが見えにくくなります。
相馬は、ただ意地を張って伊達の前に立っていたのではありません。
退くことにも、値段がつく場所に立っていました。
土地を失うだけでは終わらない
伊達から見れば、伊具郡は取り戻したい土地です。
父祖の代から続く因縁があり、丸森や金山などの城をめぐる争いがありました。
では、相馬から見ればどうだったのか。
一度支配下に置いた土地には、城があります。
城を預けた家臣がいます。
兵や荷が通る道があります。
田畑があり、そこで暮らす人がいます。
土地を手放すとは、地図の色が変わるだけではありません。
城を守ってきた家臣に、なぜ退くのかを示さなければならない。
周囲の国衆から、相馬は押せば退く家だと見られる。
次の争いや交渉で、以前と同じ重さを保てなくなる。
退けば兵を救えることもあります。
その戦を避けられることもあります。
けれど、代わりに失うものがあります。
面目。
家臣からの信頼。
領地をまとめる力。
周囲に対する交渉力。
戦国では、退くことにも値段がつきます。
家臣が見ている
当主は、敵だけを見て戦っているのではありません。
自分の家臣からも見られています。
城を預けられた者が命を懸けて守っているのに、当主が簡単に土地を手放せば、次に誰がその家のために踏みとどまるのか。
一つの城を失うことが、すぐに家そのものの滅亡へつながるとは限りません。
しかし、
「この家は、押されれば退く」
という記憶は残ります。
その記憶は、次の戦だけでなく、味方を集める時、周囲の家と話をつける時、家臣へ命を懸けろと命じる時にも働きます。
だから相馬は退けなかった。
負けたくないという気持ちだけではありません。
退けば、自分たちが守ってきた秩序が揺らぐからです。
相馬を正しい家にする必要はない
相馬に退けない理由があったからといって、相馬を正しい家にする必要はありません。
伊達を悪い家にする必要もありません。
伊達には「取り戻す」という理由がある。
相馬には「守る」という理由がある。
同じ土地で、二つの理由がぶつかります。
どちらかを愚かにすれば、戦は分かりやすくなります。
けれど、奥羽戦国の境目は、それほど簡単ではありません。
相馬が守ろうとしたのは、土地の広さだけではありませんでした。
城を預けた家臣。
領地をまとめる秩序。
次の交渉でも退かない家だと思われるための面目。
相馬は、ただ負けたくなくて退かなかったのではない。
退いたあとに、自分たちの家が以前と同じ形では立てなくなることを恐れていたのだと思います。
戦場から兵を退かせても、
「相馬は退いた」
という記憶までは、退かせることができません。
【関連記事】
「政宗の初陣を、相馬側から読む|敵にも守る城と面目があった」
相馬が退けなかった政治的な理由を置いたあとで、相馬側から政宗の初陣を読み直します。
相馬が最も失えなかったものを一つ置くなら、
城/家臣/領地
どれですか。理由は要りません。
敵方にも家と秩序がある奥羽戦国を読みたい方は、フォローして続きを読んでください。
