影が、前にあった
歩いていた。
いつからかは覚えていない。
もう随分前に、何かが終わって、それでも足だけは前に進み続けていた。
この足音だけが、世界と繋がってる感覚やった。毎日足音をきくことで安心してた。
振り返る理由がなかった。
というより、振り返った先に何があったか思い出せへんかった。
忘れたんじゃない。思い出したくなかっただけや。
前だけを見ていた。
というより、“前しか残ってなかった”。
その先に、光があった。
夕陽のようでもあり、朝焼けのようでもあり、
形は曖昧で、けど確かに“向かう理由”になっていた。
誰かが立っているようにも見えた。
あれが、俺やったんかもしれん。
それとも、まだ会ったことのない“ちゃんとした俺”か。
そんなことを思いながら、ひたすら歩いた。
もう何時間も、何日も。暑かった。光が大きかったから。
で、気づいたんや。
足元をみると、前に影があった。
一瞬、自分とは別の誰かの影かと思った。
でも形は俺と同じで、動きも一緒やった。
何歩進んでも、その影は俺の“少し先”にいた。
おかしかった。
光は前にあるはずやのに、
なんで影が前に伸びてるんや。
しかも、ずっと、先導するように。
まるで、俺より先に、俺が歩いてるみたいやった。
話しかけたこともある。
「お前、誰や」
「なあ、返事せえや」
「俺の真似すんな」
もちろん、何も返ってこない。
音もない。ただ存在してるだけ。
でも、そいつが立ち止まると、俺も止まってしまう。
なんやろな。追いつくのが怖かったんかもしれん。
同時に、置いていかれるのも怖かった。
ある日、ふと思った。
あの影、光に触れてきてるように見える。
前に進んで光に近づくほど、光と影の境界が曖昧になって、混ざって見えてきた。
俺はどっちを見てるんや?
光か?影か?
よりいっそう悩みが増した。考える時間も増えた。
考えて、
考えて、
考えて。
止まらんようになった。足も動かんくなってきて。
前に進んでないのになんだか光も影もどんどん大きくなる。
もしかしてこのままじゃ自分まで飲み込まれるかもしれないと感じた。
寝ても、夢の中で影が前を歩いてた。
朝起きても、光と影の位置が変わってへんことに安堵したり絶望したりしてた。
で、ある時ふと思ったんや。
もう、ええわ。どうでもええわ。なんか考えすぎて、アホらしくなった。
「てゆうか、おしっこずっと我慢してたわ。ずっとしたかったのに。」
久しぶりに独り言吐いた。
そして、なんとなくおもしろそうやから影におしっこをかけた。
風もなかったのに、少しだけ跳ね返った。
それが肌に当たって、ちょっとだけ冷たかった。
なぜやったのか、自分でも分からん。
その瞬間、光が消えて、影も消えた。てか、溶けた。
静かやった。
音もなくて、重力だけが残ってる感じ。
世界が空っぽになる音が、逆に聞こえた気がした。俺の足音も聞こえなくなった。
なにか感じた。
あつい。いや、あついというよりあたたかい。おしっこしたせいか?
なんか恥ずかしい気持ちもある。
でも、背中に、あたたかさがあった。
いや、“あたたかさの理由”があった。
顔を上げた。
前にも、横にも、小さな影がいくつかあった。
どれも、俺に向いてた。
何も言わんけど、何かを待ってる感じやった。
ようやく分かった。
あのとき見えてた“光”は、
多分、誰かが背負ってたんや。
──そして今、それは、
俺の番やった。........はず。
たぶん、きっと、そういうことやと思う。
