25年目の夫婦が、慰安旅行と称して沖縄を満喫してきました
はじめに
慰安旅行。それは、私たち夫婦の結婚生活25周年において、お互いへの慰安、お互いよくもまぁ25 年も辛抱したよね、という労いをテーマにした旅行です。夫は沖縄に行ったことがないということなので、旅行先に選びました。
ルートは主に、豊見城・糸満などの南部エリア→伊計島→本部エメラルドビーチ・備瀬→ジャングリア沖縄→美ら海水族館→古宇利島→那覇市国際通りを三泊四日でレンタカーを借りて回りました。
楽しいに決まっていると信じて羽田空港を出ましたが、期待を上回るたのしさや発見と気づき、出会いとが相まって、思い出深い旅行になりました。
楽しいひとときをくれた沖縄への感謝を少しでもあらわせたら、ということで記録に残しております。

現地に身を置いて過去を知る(司令部壕跡・ひめゆりの塔)
やはりここを避けて通るわけにはいかないのは、旧日本軍の司令部壕跡とひめゆりの塔です。
大戦の遺構は日本全国にあり、私の住む神奈川県三浦半島にも点在しています。それらをみるたびに、勝てるはずのない戦争だったということや、そこに突き進んでしまった国民感情と組織風土の哀しさ危うさを感じざるを得ません。
この司令部壕跡も、しかりでした。
写真とキャプションをお読みください。


次に訪れたのは、ひめゆりの塔、第3外科壕跡です。
「ひめゆり」とは、かつて沖縄にあった「沖縄師範学校女子部」と「沖縄県立第一高等女学校」の二つの学校の愛称で、両校が校舎を共有する併設校となった際に、それぞれの校友会誌「乙姫」と「白百合」を統合し、「姫百合(ひめゆり)」と名付けられたのだそうです。

向学心にあふれ、学んだことを生かして社会に羽ばたくはずだった女子生徒たち。
戦争の無意味さも行き詰まり感も、賢い彼女たちの大半は早々に察していたのではないか。
その上で、抗えない運命に従うことを決め、役目を全うしようと奮闘したのだとしたら、切ないことこの上ない。資料館に残された授業の写真や書道などの作品、そして何よりひとりひとりの大きな笑顔を見ると、胸が締め付けられ、なんとも言えないむなしさ悔しさにかられます。
大戦末期、戦局がいよいよ悪化し、沖縄日本軍司令部の機能が失われると、解散命令が出され、彼女たちは敵軍のちらばる荒野に放り出されます。こんなただの洞穴で、およそ病院と呼べる設備も器具もない中で、苦しいとすがる兵士に最後まで寄り添い、亡くなる仲間を見送り、今を生きぬいておられる方々にはほんとうに頭が下がります。
沖縄を訪れる際には、このひめゆりの塔と第3外科壕跡、そして、当時の外科壕の再現模型、貴重な写真たちも並ぶ資料館にぜひ訪れて頂きたいと思います。
奇しくも旅行から帰宅した日の翌日、2025年10月21日は、日本初の女性首相誕生という歴史的な日でもありました。ひめゆり部隊で命を落とした方々や生き残った方々は、この瞬間をどう見ておられるだろうか。ひめゆりのみなさんが生き残っておられたら、もしかすると女性首相誕生はもっと早かったのかもしれません。
正しくお金を払って正しく体験する(ジャングリア沖縄)
さてさて、晴天に恵まれた翌日は朝から、2025年7月25日にグランドオープンし、話題沸騰、賛否両論な、ジャングリア沖縄に行ってきました!

結論から申しますと・・・めーーーっちゃ楽しかったです!! 仕事も休んで諸々調整してやっとせっかく行けるわけだし、もうここは覚悟して出費するぞ!と決めたこともあり、巷のいくつかの悪評をほとんど感じることなく、満喫することができました。
当日の流れはこんな感じでした。
事前予約した駐車場に駐車する
アーリーパークインチケットで15分早く入場
開門ダッシュで、事前予約なしの当日整理券のみのアトラクションの整理券をゲット!(ジップラインと気球に乗るアトラクションの2つ)
パノラマダイニングで、かの有名な鳥の巣席に座れてランチタイム
事前にプレミアムチケットで予約済のアトラクション含め、5つのアトラクションすべてを待ち時間約30分以内で堪能
遊びきったら専用バスでスパへ(スパ込みチケットを買っておいた)





写真のパイの中にビーフシチューが桜スモークとともに閉じ込めてあって、席に運ばれたときに小さな金のトンカチで、私がパイのてっぺんを砕きました。するともわ〜っと桜スモークが立ち上り、まさに活きている火山から噴煙が立ち昇るという食のイリュージョン!このスモークがずっとしっかり効いていて、ビーフシチューのお味のアクセントになっており、これまた美味なのでした。

遊び終えたら、スパへ。バークから行く人は専用バスに乗って行くのですが、公道を通らずにバックヤード経由で行きます、たぶん。その際、夢を壊さぬようにという配慮が徹底しており、乗客に外界を一切見せない作りになっていました。そこにも感動を覚えました。
ジャングリア沖縄は、USJやディズニーリゾートと並べて比較されることが多いと思いますが、全然違うジャンルじゃないかなと思いました。それは、沖縄・名護エリアの、気候や植生、地形をそのまんま生かしたエンターテインメントだからです。エメラルドの海を視界の端っこに感じながら森や谷を抜けるジップライン、風を感じながら森も山もサンゴ礁も独り占めできる気球トリップ…etc 遊び終わった後になって、癒やされたなぁ、と沁みてくる感覚も、ジャングリア沖縄ならではなのかもしれません。
ひなびた海岸と熱帯雨林、見上げたジンベエザメ、ポニョのように海面を渡る(備瀬フクギ林・美ら海水族館・古宇利島)
私達が泊まったのは、本部(もとぶ)と言われるエリアで、近くに、幸せを呼ぶ福木(フクギ)という大きな葉を携える木々が並ぶ、備瀬フクギの散歩道や、いい感じにひなびた備瀬崎海岸がありました。
エメラルドビーチという、映え度も透明度も満点なビーチへも行きましたが、私はどちらかというと、どこか懐かしい備瀬崎海岸に魅せられました。



風情ある南国の佳き街並み。


朝の散策を終えたあとは、ホテル近くの美ら海水族館へ。
ジンベエザメやマンタを太陽の光に透かして見上げてきました!
ここでもしっかり癒やされてきました。
水族館を出た後は、海中道路を通って古宇利島へ渡ってみました。





古宇利島への橋は、まるで海面を走っているかのような道路で、ポニョの気持ちがほんの少し理解できた気がしました。
この後私たちは、自然豊かな名護エリアを後にし、国際通りへと向かいました。
泡専門バー「あわ屋」は泡だけでなく沖縄愛に溢れていた(那覇・国際通り)
国際通りのホテルにチェックインし、とりあえず腹ごしらえ。夕飯は…ステーキにしました。沖縄のステーキは昔からリーズナブルで有名ですよね。沖縄に来たら必ずステーキ食べたい!ということで、88ステーキへ。

劇的に美味いです
お腹も心も落ち着いて、二軒目に選んだのは…ふらっと見つけた、シャンパン・スパークリング専門バー、あわ家さん。
ママさんは、もともと東京でお店をやっていたけれど沖縄好きが講じ、移住してお店をオープンしたのだそう。
お隣の席にいらした方は宮古島の生まれ。内地でしばらく働いたけれど結局戻ってきて、今は2拠点生活なのだとか。みんな沖縄が大好き。

そのお店で頂いたこのお料理がとても気に入ってしまいました!その名も「もずくイタリアン」!
太い沖縄のもずくを、トマトやオリーブオイルでアレンジしたもので、もずくと言えば酢の物しか知らない私たちには衝撃が走りました。

スッキリ濃厚な泡とともに沖縄愛をたくさん浴びて、宮古島も行きたいねーなどと言いながら、うきうきとお店を後にしました。
翌朝は、お土産を求めて牧志公設市場へ。魚売り場で魚を選んで2階のお店で調理してもらえる、あの市場です。私はというと、沖縄の肉類が気に入ってしまったのと日持ちするということで肉屋ばかり回っておりました。


完全復活まであと1年の首里城、完成したらまた来たい(首里城)
そして、沖縄滞在の締めくくりには、復活間近の首里城を訪れました。残念な火災で大きく損壊したものの、各所の様々な尽力により、あと1年後には完全復活だそうです。戦争含め何度か災難にあっていますが、そのたびに復活を遂げている首里城は、不死鳥そのもの。沖縄の人々の思いがここに何層も積み重なっているのですね。

まさに絶賛修復作業中にも関わらず、首里城には普通に入館でき、カバーに覆われた御殿を垣間見ることができます。カバーに覆われているとは言え、かなり広めに公開されており、鮮やかな朱色と龍などの装飾もはっきりと見えました。完全復活したらまた見に来ないとね、と話しております笑。



さいごに
遊び尽くした私達は、飛行機の時間までまだだいぶありましたがレンタカーを返却し空港へ。
そう言えば、泊まったホテルの眼下に広がるエメラルドビーチは、25年前の新婚旅行先、モルディブの海の青さとシンクロしていたなぁ。期せずして原点回帰。いろんな意味で良い旅でした。
とりとめない長い文章を最後までお読み頂きまして、どうもありがとうございました!
楽しいとわかっていたけれど、あたらしい学びと気付きもあって、想像を超える楽しさと、思い出深い旅になりました。
中でも印象深かったのは『その土地その場に行ってみないと、本当のことは分からないし、楽しさを味わえない』ということ。
そして。我々消費者も正しくマーケティングを知り、売る側の意図を汲もうとすることで、購買体験がより素晴らしいものになるのだと実感したこと。
またやーたい✋️ ありがとう!
