229 ミュージカル クリスマス・キャロル全国ツアー2025:熊本公演
■Op: 熊本に来てくれてありがとう!
ミュージカル『クリスマス・キャロル』全国ツアー2025は、11月16日から12月24日まで全国各地で開催される。
主演は吉田栄作。共演には土屋アンナ、吉田要士が名を連ね、チャールズ・ディケンズ原作の名作が華やかな舞台で蘇る。
11月30日、いよいよ熊本公演当日を迎えた。早くからチケットを予約していたので期待は大きく、Audibleで予習していたこともあり、視覚障害のある私にも舞台の構成や展開が予想でき、安心して楽しめた。
熊本に舞台公演やミュージカルで私が好きな演目が訪れる機会は少ない。だからこそ、この一夜は特別で、見終えた後には自然と応援したい気持ちが湧き上がり、コラムを書かずにはいられなかった。
■01: あらすじ
冷酷で強欲な商人スクルージは、人とのつながりを拒み、金銭だけを信じて生きていた。
クリスマス・イヴの夜、亡き友人マーレイの亡霊が現れ、彼の未来に待つ孤独と破滅を警告する。
続いて「過去」「現在」「未来」の三人の精霊がスクルージを導き、彼の人生を振り返らせる。若き日の希望や愛を捨てた過去、周囲の人々が互いに支え合い喜びを分かち合う現在、そして誰にも惜しまれず孤独に死を迎える未来――その光景は彼の心を深く揺さぶる。
やがてスクルージは、自らの生き方を悔い改め、愛と慈しみを持って人々に接する決意を固める。
翌朝、彼はクリスマスの喜びを分かち合い、孤児や貧しい人々に手を差し伸べ、周囲の人々に驚きと感動を与える。守銭奴から心優しい人物へと変わったスクルージの姿は、クリスマスの奇跡と過ちを正せる人間の可能性を示す物語となる。
■02: キャストに思うこと(敬称略)
- スクルージ:吉田栄作(3年ぶり2度目の主演)
- 三人の女(イザベラ・イライザ・イボンヌ):土屋アンナ(1人3役に挑戦)
- マーレイ(幽霊):吉田要士(2013年初演から唯一のシングルキャスト)
- 精霊たち:植松恵理(過去)、真樹めぐみ(現在)、市川由希(未来)
- その他:菅原聡史、水沢ふう、松井純菜、堀葵寿/吉田歩夢(ティム役Wキャスト)、柿内アリマ ほか。
※今日の熊本公演でのティム役は堀葵寿。
■03: クリスマス映画
欧米ではクリスマスを題材にした映画が数多くつくられている。ジェームズ・スチュワート主演の『素晴らしき哉、人生!』(1946)は不朽の名作であり、ビング・クロスビー主演のミュージカル映画『ホワイト・クリスマス』(1954)は同名の名曲で知られる。
クリスマスに起こるドタバタ騒動を描いた『ホーム・アローン』(1990)は、主演マコーレー・カルキンの好演が人気となりシリーズ化した。他にも『ラブ・アクチュアリー』(2003)、『エルフ ~サンタの国からやってきた~』(2003)なども楽しい作品だ。
少し毛色は違うが、『ダイ・ハード』(1988)はクリスマスイブのロサンゼルスを舞台にしたアクション映画として知られる。ラストシーンで流れるクリスマスソング ヴォーン・モンローによる「Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow!」のチョイスが最高に素晴らしかった。
『クリスマス・キャロル』は実写もアニメも数多く映画化されているが、私の一押しは『三人のゴースト』(1988)。ビル・マーレイの秀逸な演技が光るスタイリッシュな現代版で、ウィットに富んだ展開が自然に物語へと導いてくれる。
■04: 過ぎ去りし日の想い
スクルージ(吉田)とイライザ(土屋)のふたりは恋に落ちて夫婦となった。お互いに信頼に満ちて思い浮かぶのは幸せの未来だけ。
スクルージはイライザと幸せになるために仕事に励んだ。仕事が金貸しだったために非情にならなければならなかった。守銭奴的な発想に染まっていくスクルージの姿を見た傷心のイライザは彼のもとを離れていく。
そしてこのクリスマスに改心したスクルージと、再び出会い、彼の改心と気付きによって、人としての成長を遂げた姿を見て喜び合うのだが、すでに二人は別々の道を歩いている。
現代社会の縮図ともいうべきこのラブストーリーは、この物語の根幹なのかもしれない。
誰もが幸せを求めて努力をしている。その努力が本当に価値のあるものなのか、何のために努力しているのかを見失い迷走している人のなんと多いことだろう。どんな人にも平等にクリスマスは訪れるのにもと来た道には戻れない。だが取り返しのつかないことはない。ここからやり直し新しい未来を切り開くのだ。
■05: 年末休暇事情
欧米のキリスト教圏ではクリスマス休暇があり、家族が集まって祝い喜び合う。新年はその休暇中に訪れるイベントに過ぎない。だからこそ、クリスマスが人生の転機として描かれる物語が多いのだ。キリスト教最大の祭りを家族で迎える風習は、家族愛や奇跡の象徴であり、この日に家族全員が集まって、プレゼントを贈り、七面鳥を食べ、ワインを飲むことで特別な一日を形づくる。
一方、日本では年末年始に休暇を取り、家族が集まって年越しを迎える習慣である。年越しそばを食べて、お屠蘇や酒を飲んで、お年玉を渡して、おせちを楽しみ、初詣に行って、家族で新年を迎えることを喜ぶのだ。儀礼的な違いに過ぎないとも言えるが、日本には正月をテーマにした物語は意外と少ない。かつて日本映画の隆盛期には、正月といえば映画館で、「若大将」「男はつらいよ」「トラック野郎」「釣りバカ日誌」などを家族や友人と観に行ったものだ。映画館で過ごす正月は、家族や仲間との絆を確かめる時間でもあった。
■06: クリスマスの奇跡
なぜクリスマスの劇や映画には奇跡が必ず描かれるのか、私は昔から不思議だった。イエスの誕生日だからだろうか。
『クリスマス・キャロル』で起きる奇跡も、幽霊や精霊が起こしてくれるものだと思っていた。しかし今回の舞台を観て、別の理由に気付いた。
自分の本質に気付かず、かたくなに生きるスクルージは、イライザと分かり合えない気持ちに執着するあまり人生をゆがめてしまっていた。人間は自分を変えることはできても、他人を変えることはできない。だから、誰の忠告も非難も耳に入らない。そんなスクルージに、幽霊となったマーレイが気付きを与え、考えを改めさせた。これこそが奇跡なのだ。奇跡とは、超自然的な出来事ではなく、変わるはずのない自分の心が変わる瞬間である。クリスマスの夜に訪れるその奇跡は、人間の可能性を示している。
■Ep: もっと熊本にエンタメを!
今日の公演で夫婦で涙したシーンは、前半に描かれたボブの家のクリスマスの食卓だった。息子ティムが「来年はスクルージさんをお招きしよう」と言うセリフが胸に突き刺さる。貧しい家庭に生まれ、病気を抱えているのに「スクルージさんはひとりではかわいそうだよ」と、さも当然のように言うのだ。ええ子やん!今年一番の感涙シーンとなった。
フィナーレで吉田要士から「最終日は12月24日の大分公演です」とアナウンスを聞いたとき、妻と顔を見合わせた。
今年のクリスマスイブにぴったりで、そのうえ千秋楽とくればスペシャル感は満載。うらやましい限りだ。
熊本にも、もっとこうしたエンタメが根付いてほしい――そう強く願った。
