『閃光のハサウェイ キルケ―の魔女』2回目視聴メモ
【注】※少し前のレビューになるため、2026年2月21日現在、画像の特典は配布されていません。

序:2回目視聴で見えてきた“象徴”
『閃光のハサウェイ キルケ―の魔女』について、改めて2回目を視聴しました。初見では圧倒されて流れていった映像の細部、一つ一つが、再視聴によって一気に意味あるものとして、立ち上がってきました。矢継ぎ早にはなりますが、感想を記しておきたいと思います。
特に、執拗なほど強調されて描かれる肉体性の描写、ギギとケリア、ギギとメイスといった女性陣との対照的関係…。
「これはこういう意味だったのか」と改めて一本の線でつながりました。
第一章:肉体性と視線
テーマがテーマなので、キャラの顔というよりとにかく「身体」にスポットが当たっている気がします。もしかしなくても、これはハサウェイの視点なのかも…ジュリアの際どいシーンとか、でも本人は「女だからトップレスがダメとか、服着ろとか意味わかんない」的な発言が、また危うい。
たまたまマフティーは紳士的な人たち(?)の集まりだから危ないことが起こらないけど、場所が変わればオエンベリ部隊みたいになるんだぞ、っていう恐怖をあまり感じてない気はする。それともわかっててやってるのか。OPのシーンはあれオエンベリの虐殺だったんですよね…2回目でやっと意味わかりました…戦慄。
女性クルーはやたらかわいく描いてあるのに、ケリアは顔とかにしかスポットが当たってないのは、対照的でわざとな気はします。
・ケリアのせつなさ
どこかで見かけた考察で「ギギはクェスを消すかもしれない」というのが彼女なりの心配だった、というのを見て「そうだよな」と感じていました。
どうでもいい人のことなんてそんな心配しないしね。
マフティーの活動から離脱したことでヴァリアントから降りたため彼女自身は命拾いしたわけですが、一体何を想っていたのでしょう。
第二章:ギギと女性たち──“描かれ方”の差異
• ギギの魅力再発見、そして作画のリアルさ
特にアングル。ペディキュアや口紅の角度がリアルです。女性がペディキュア塗るときは実際こういう視点で足の指を見るし、口紅の塗り方も「そうそう」って感じ(特に塗った後、唇でならすところとか)。 研究心が半端ないというかリアルの女性目線をどこかで参考になさっているのかも?プロの仕事すぎる…。
ギギの魅力は他にもあって、最後ハサウェイ(マフティー)に人質交換で名目上「バウンデンウッデン縁の者」でハッタリ効かせてんの流石ですよね。強いわ。
• 衣装の意味

2回目視聴で、ギギの衣装が“状況と相手に合わせた戦略”であることがより明確になっているように感じました。
一応愛人なので文字通り「色」を売る職業の彼女ではあるのですが、服装自体はパンツスーツや動きやすいものが多く、メイスもそうですが、あからさまに女=スカートだよね!という記号的な感じで描かれていないのに好感が持てました。
爪も服に合わせて色を変えていたり、ここら辺はかなり繊細なセンスを持った女の子だと思います。物語終盤、観光とは名ばかりの「いまからハサウェイ(好きな男)とデートします」感満載のイエローのドレスは全力でハサウェイにアピールする感満載で「めっちゃ女子!」と思いました。
そういえば伯爵の帰りを待つ時は「黒」ですね。
階級の高い女であることをアピールできるドレスコードを身にまとう。
黒は高級感を演出できるので、ギギが伯爵の傍にいるときはこの色なのは納得です。やはり相手から見た自分を意識した服を着こなせるのがギギのセンスの良さであり、さすがって思いました。
第三章:ヴァリアント沈没──象徴としての“豊穣の喪失”
この作品で重要な場所として、ハサウェイたちが拠点としていたヴァリアントという船の沈没があります。本当にサラッと描かれてるので初見ではわかりませんでした。
流れとしては、ヴァリアント沈む(魚雷で)→船長ぉぉ〜😭 幸運という名前の猫がいなくなった瞬間、お亡くなりかよ~😭 女の子たちもクルーもチョイ役の当然妊婦さんも全員皆等しくお亡くなり~😭…早すぎませんか!?!?
ということで結構心が削られました。
小説だとたぶん具体的に「ヴァリアントはいつ沈みました」みたいな記述はなかった気がします。私の見落としかもしれませんが。このあっけなく人命が失われる感じが、まじで原作準拠すぎてつらい。
象徴的には→豊穣の象徴が消える→補給も断たれる の暗喩かなと。 妊婦のようないわゆる戦力になれない人も生きていけるような平和な世界線はマフティー達の中にはなくなってしまった、小ネタではあるけれども今後の行く末について、救いのなさが描かれている。
第四章:ハサウェイの危うさと“肉体と精神の裂け目”
前半はまだそうでもないのに、後半からほんとうに危うくなってきている。
特にヴァリアントを失ってからが顕著で「あれにくらべたらケリアなんて」って強がっているのに、一人になって…からの~ギギの幻!
女の子の素足を見て正気を失う辺りとかリアル…。この辺りは異性のことなのでよくわかりかねるのですが、 ハサウェイって脚が好きそうですね。クエスのスカートのアングルとか、ギギの短いスカートのアングル…しかしこれらが「下品」じゃないのがすごいです。今作は「脚」もポイントになっている気がします。二回目視聴で今更気が付きました…。
精神的に大分キてるな…と思うのは座ってるクエスの幻を見てるときは平常心なのに(※もう見慣れてるから) 、ギギの幻は真に迫って心かき乱されているのがリアルすぎる… 。これはハサウェイが肉体と精神の間で引き裂かれていることの象徴なのかも。
第五章:カメラワークの異常なリアリティ
• 360度視界戦闘の恐怖
全身を取り囲む360度視点の戦闘ってこんなんなんだろうな…でもおもしろすぎる&リアリティすぎる!と感じる、怖いぐらいヌルヌル動くカメラアングル。ふだんやってるどんなゲームよりも見ているのがおもしろかったです。
一体、どうやったらこんな映像が作れるのでしょう?驚異的すぎます。
第六章:レーン・エイムという清涼剤
・シリーズ変われば(きっと)主人公
やっぱりかわいい。レーンくんが好き!!

ハサウェイと年そんな変わらないはずのに、マフ活とクェスとギギでがんじがらめのハサウェイに比べるとほんとに純粋(ほめてます)。多分別のガンダムシリーズであれば優秀な兵士として即主人公になれそうな感じのポテンシャルなのに、今作は「君のそういう青臭さは必要ないんで」ってバッサリ、当て馬感満載になってるところまで含めやっぱり好ましい。
大人の汚さに毒づくところも若くてかわいいですが、ただ大人の世界って忖度と言うか「うまくいっているように見せかける」ことが大事だったりする辺りはやっぱりケネスのほうがよくわかってるよなーっていう印象。これが年の功か…。今作は救われなさが強調されるキャラが多い中で、唯一の清涼剤的なキャラだといえます。
第七章:ガンダムという“終わらない構造”
・ラスト10分
特にハサウェイがアムロに相対して、その後覚醒(ふっきれて)からの殺し方がエグくて、もうなんか容赦なく「おまえを殺す」っていう感じの、冷酷で正確無比なモーションで、ハサウェイのほうが悪役に見えてくる不思議…(話の構図的にはまあそうなのですが)
レーンくんがんばれ!!って結末知ってるのに応援してしまった。
ヘルメットで顔を隠す演出がすっごい上手い
心を隠す=表情を隠す=ヘルメットを被る
でもそれをあっさりギギに看破され、素直にヘルメットを外す辺り
「あ、もうこれはあかん」
「完全に女に頭やられてるやつ」
ってなりました。
最後のキスのところもよく見ると
これは…間違いなく“あきらめた”男の顔。
たぶんハサウェイは「もうどうにでもな~れ🌟」って思ってた(かもしれない)。
なのでやっぱりこの映画は青春映画です。
・最終作に向けて…
夫くんとこの映画について話し、そこで裏で糸をひいているクワック・サルヴァ―の話になったときに私は「連邦軍のお偉いさんに騙されたハサウェイもブライトさんもミライさんもみんなかわいそう」とコメント。
しかし、夫くんいわく
「ハサウェイが処されてもクワック・サルヴァ―がまた第二のハサウェイを見出してマフティーを継続していくだけ」
と言われシンプルに「終わってる」と思いました。
でもそういう切なさ含めてこの作品の良さなんだろうなあ…と実感しています。改めて、とても上質な大人向けアニメを作ってくださった村瀬監督、スタッフのみなさま、そしてガンダムの生みの親である富野監督に感謝です。
次回作、見届けるのを楽しみにしています!
…以上、長くなりましたがお読みいただきありがとうございました!

