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自分ファーストでいるということ

前回の続きです。

今の心境


記事を書いてから二日ぐらい経ち、その間思いがけず色々な方にいいねを押していただき(ありがとうございます!)自分の気持ちも徐々に落ち着いてきた。そんな中で、夫と相談をした。彼曰く今の私は数学で言うと定数の部分で悩みすぎている、とのことだった。私は文系なので、突然数学用語が出てきてちょっと受け入れがたいところもあったのだが、要約すると「今自分が変えられないことで悩むことは無益である」ということだった。

確かに、現状すぐに関西に帰ることはできない。親が営む店を継いで手伝うこともできない。私だけ関西に帰るとなると、単身赴任など別の話になってきてしまう。私は夫と過ごす今の生活が好きだから。そして、親のお店の話は父がそうすると決めた以上、その行動に対する責任は自分自身で取ってもらうのが筋である…という要旨だった。また、父はお店以外にも稼ぐ技術と手段を持っているのだから、もし本当に困ってしまった時には稼ぐための手段を一緒に考えればいいのでは、とのことだった。

端的に言うと私はキャパ以上に色々なことを考えすぎていた。そして精神的に体調を崩している。現状私にできることはなにもないのはその通りだ。そして仮に父を助けたとして、共倒れになってしまってはさらに意味がない。冷静になった。文系の私の良くない部分は、情緒的と言えば聞こえがいいが、感情に飲み込まれてしまうところだ。理系の夫の強さを知った。

体調がよくなかったのは、自分でどうしようもできないことを考えすぎて心因性のものだということも改めて理解できた。私は考えてもどうしようもないことを考えすぎると、それ自体がストレスになって症状に出てしまうらしい。症状については、内科でもらった胃薬を飲んで少し解消できた。安心した。

自分ファーストとは

私はすぐ、自分よりも他人のことを考えてしまう。自分の意志がないわけではないけど、相手が困っているのに自分の意志を押し通すのは違うのではないか…という想いが昔からずっとあって、それは仕事でも家庭でも対人関係でいつも尾を引いていたような気がする。適切に自己主張するのもあまり得意ではない。限界まで我慢して無理になったら、心理的に決壊してしまうという傾向があったように思う。そしてそれはどうも親子関係にあるのかもしれない…と思うようになってきた。前回の日記にもある通り私の両親は、私が小さい頃から仲が良いとは言い難かった。それは父が店を始める以前からあった問題で、子供が独立していない時はうまくマスキングされていたが、全員独立したことで改めて夫婦としてお互いに向き合う必要があり、今まで地下にあった問題が改めて地表に出てきたものではないかと思えたのだった。私は無意識に両親の仲を取り持つよう仲裁役を果たしていたのかもしれない。それができないと自分を責めてしまうのは、子どもの頃からの無意識の癖であるような気がした。

直近まで自分が築いていた人間関係でもありがちな関係に思えた。人に「助けてください」と言うのをすごく躊躇してしまうし、なんでも自分でできないと駄目だと考え、自分を追い込んでしまう。抱え込みすぎてしまう。そのくせ平和であることを何よりもよしとしているので、出すこともできない。自分の悩みを相談するよりも、人の悩みを聞いてしまう。自分だっていっぱいいっぱいなのに、悩みを聞いてなんとか解決できないものかと真剣に悩んでしまう。…ここまで書いていて思うがこれはちっとも自分を優先していない。むしろ自分をないがしろにしている行動にも見える。

やりたくてやっているならまだしも、無理してやっているならやらなくてもいいのでは?

結婚するまで当たり前のように思っていた環境から離れて、客観的に見るからこそ、考えられることがあった。そして親の課題と自分の課題はまったく別であり、切り分けることが必要であることも。私は親から離れて始めて自立をしたのかもしれない。私は私で自分の課題に取り組み、親が本当の本当に困ったら具体的な手段で手助けできるよう日々を過ごす…考えすぎないように。キャパオーバーにならないように。自分の課題(今なら家庭と転職)に集中する。それが今自分ができる自分ファーストなのかな、と思った。私はもっと自分を大切にしよう、と感じた。とりあえず、今日はここまで。