見出し画像

出逢いの森 【前編】


◇あらすじ
ウルダハから来た剣術士テツと、東方から来た幻術士リールー。
やわらかな森の空気の中で出会った二人は、お互いに親交を深める。
まだ見ぬ世界を求め冒険者となったリールーと、守ることを己の使命とするテツ。
自由と守護、異なる願いを抱いた二人の出会いは、黒衣森に咲く野の花のように新たな物語を芽吹かせようとしていた。


穏やかな日差しが、森の奥からこぼれてくる。
ウルダハの鋭く乾いた陽光とは違い、肌をやさしく撫でる光だ。
大木が幾重にも枝を広げるグリダニアの森は、どこか幽玄で、精霊が潜んでいてもおかしくない気配を漂わせている。
これまでも暁の血盟の依頼で何度かグリダニアに立ち寄ることはあったが、いつ訪れてもその認識は変わらない。

旧市街へ足を踏み入れると、冒険者たちの姿は実に多彩だった。

まだ少年の面影を残す血気盛んそうなサンシーカーのミコッテの男、その顔とむきだしの肌に歴戦の傷を刻んだハイランダー、すらりとしたエレゼンの男女、旅慣れて堂々とした趣のララフェル…。
ウルダハで過ごしていた頃とはまた異なった、様々な種族と文化が入り混じっている。
ここが首都のひとつであることを、改めて思い知らされる光景だった。

──その中で、ふと視線が止まった。
こげ茶色の髪に、翡翠湖のような夢見がちな深い青の瞳。
雲一つない青空と同じ色の瞳の神秘的な縁取りが、彼女を一段階"冴えた"存在として際立たせていた。

乳白色の角と鱗は、陽の光をやわらかく反射している。華奢な肢体に、細い手首。
簡素な服装からして冒険者になりたてのようだが、どこか良家の子女がお忍びで旅に出ているような上品な雰囲気をまとっていた。
そんな森の花を思わせる容姿にグリダニアの柔らかな日差しがとても似合っていた。ウルダハでは見たこともない種族の女。そして…胸の奥が、不意にざわめいた。

──この女は…誰だ。

女はしばらくテツと目を合わせた後、どこかに向かった。
まさか追いかけるわけにもいかない…目的が一致していない限りは。

テツは少し残念に感じたが、縁があればまたどこかで出逢えるだろう、と思い目的地に向かった。


幻術士ギルドの扉を押し開けると、深い樹木の香りと静かなざわめきがテツを出迎えた。

薄暗い室内で受付を済ませ、エス・ミ・ヤンのもとへ向かう。
その奥──青い光がほんの少しだけ差し込む部屋の中で、あのこげ茶色の髪が揺れた。
彼女もこちらに気づき、わずかに目を見開く。青く澄んだ瞳が光を受けてきらめく。一瞬、時が止まったように感じた。

テツは自然に、ほほえんでいた。

「……はじめまして。いやまた会った、かな」
「ええ…そうみたいね」

女はテツにやわらかな笑みを返した。
そのほほえみは、自分が今まで見たどんな花よりも美しく、やさしいものに見えた。どこかで見た何かの花に似ている―テツはそう感じたが、思い出せなかった。

ギルドでの用事を終えた二人は外に向けて歩いた。テツが右、女が左側で。

「名前はなんというんだ」
「リールー」
「リールー…」
聞き覚えのない名前だと思った。おそらく西方地域の出身ではない気がする。
「きみはどこから来たんだ?」
「クガネ」
「クガネ…随分と遠くから来たんだな」
「知ってるの?」
「おれの父方の祖父はクガネ出身らしい。でも行ったことがないし、生まれ育ったのはウルダハなんだ」
疑問が晴れる。
「そう。それで…名前が」
「少し変わってる、だろ?」
そう話してテツは微笑んだ。名前が変わっているのは自分も同じだった。

「変わってるのはわたしもそうかも。アウラっぽくないってよく言われるもの」
「由来はなんなんだ?」
「お父さんが小さい頃に好きだったおとぎ話の女の子の名前なんですって。後はお母さんの名前からも一文字取られているみたいだけど」
「そうか…親御さんとは仲がいいんだな」
「そうかもしれないわ」リールーは微笑む。形よく整ったモーヴピンクの唇から白く生えそろった歯がのぞく。その笑みは、黒衣森に咲いているやさしい野の花や、街の庭園に咲いているオールドローズの花を思わせた。

しばらく沈黙が二人を支配する。足音と、遠くから聞こえる冒険者たちの静かなざわめきだけが響いていた。


いつのまにか二人はアプカル滝の近くにたどり着いていた。
わずかに湿った空気が心地よく感じられる。
「座ろう」
テツはそう話してすぐ傍にあった木のベンチに座り、そこで帯剣していた剣と盾を下した。
「重そうね」
「おれは守り手―剣術士だからな。しかたないんだ」
剣と盾を外したテツは小さく息をついた。
「剣術士なのに、どうしてグリダニアに来ているの?」
「……まあ、理由はいくつかある」
そう言って、テツは視線を東部森林の奥に向けた。面と向かって話すのは少し恥ずかしい理由だった。
「言いたくないならいいのよ、みんなそれぞれ、秘密があるものね」
少し含みを感じる口調だった。

滝の水音が静かに響く。
おれはなぜ出会ったばかりの女にこんな話をしてしまっているんだろう、とテツは思う。

「リールー。きみはしばらくグリダニアにいるのか?」
「そうね、私白魔道士になろうと思っているから」
「そうか…じゃあ、おれも似たようなもんだな」
「それじゃあなたもしばらくグリダニアに」
「ああ。だから…おれがここにいる間は、いつでも会えるよ」
自分でも驚くくらい、優しい声が出た。テツが、それは彼女への好意のあらわれだと気が付くのに時間はかからなかった。


翌朝、またアプカルの滝で会おうと約束し、テツは滝に向かった。
滝の白い飛沫が陽光を受けてきらめき、涼やかな霧がテツの頬を撫でる。
そこには昨日と同じようにリールーが待っていた。

「おはよう」
リールーがテツに笑いかける。
「…おはよう」
テツもはにかんだ笑みをリールーに返す。

「待ったか?」
「ぜんぜん。今来たところよ」
そう話すリールーは白いローブの裾を直している。
その仕草が朝の光にやわらかく映る。

たぶん少し前に来たか、本当にさっき来たか、それよりもかなり前に来たか…テツはリールーがいつ起きてここに来たのかを考えていた。昨日と同じように滝の静かな水音が、二人の間に穏やかな間を作っている。

「今日も天気がいいな」
「そうね」
テツが話す通り、グリダニアには昨日と同じ穏やかな陽光が差し込んでいた。
「ここは本当にいいところだな。ウルダハとはやっぱり全然違う」
「そうなの?」
「ああ」
「そう…わたし、まだウルダハには行ったことがないから」
「いいところだ。おれからすれば、だけどな。とにかく賑やかで肉料理がうまくて、あと酒なんかも美味しい」
テツは無意識に自分の故郷の良い所を並べてしまっているのは、おそらく自分が思っている以上に彼女に惹かれているからだろう、と感じていた。

故郷の話になったせいか、リールーもテツに質問を返してきた。
「テツはどうして冒険者になったの?」
「そうだな…広い世界を見てみたかったから、かな」
「それはわたしと同じなのね」
「きみもそうなのか?」
テツは意外そうにリールーを見つめる。冴えた碧色の瞳が丸くなり、なんとも言えない柔らかみを帯びた。
「うん。わたしもクガネ以外の世界を見てみたかったの。でも家族には反対されちゃったから、無断でここまで来たんだけどね」
リールーは悪戯っぽく微笑んだ。

「そうだったのか…きっと親御さんは心配しているだろうな」
「たぶんね。でもそれよりも世界を見たい、っていう気持ちのほうが勝っちゃったの。よくないのはわかってるんだけどね」
テツは苦笑いした。

「おれも、まあ似たようなもんだろうな。そのまま黙って同じことを続けていれば父親と似たような立場になれたけど、やらなかった」
本当は別の理由があった。

「そうなの?」リールーは意外そうにテツを見る。
このいかにも実直そうで、およそ家族を裏切って何かをしそうに見えない男が一体なにをしたというのだろう、という顔で。
「ああ。おれの親父は政府の高官だったんだ。おれは学問を修めた後、文官ではなく軍属の兵士になった。つまりほとんど親と同じ職業に就いたんだ。でもそう過ごしてるうちに、本当にこれでいいのかと思ってしまって。それで何を思ったかいい年して冒険者になってしまった。おかげで苦労だらけだよ」
テツはまた苦笑した。しかしその笑みはどことなく親しみがあり、今の状況を受け入れている笑みだった。
リールーそんなテツを見て微笑んだ。

「テツは…冒険者を続けたい?」
「おれは自分が必要とされている限りは続けるつもりだよ。それが特定の誰かでなくても」
「そう…テツは強いのね」
「どうだろう。人は安全でも、安楽を味わうだけで何も成し遂げない人生には耐えられないんじゃないか?おれもそうだというだけで、他の人と同じだよ」
正直なところ、テツは一般的な呪術師や幻術師やたちのように高等な魔法理論の追求とやらにはほとんど興味がなかった。
幻術もそれが必要であればやるだけ。
ただ目の前の物事を大切にして生きている。
今は、そこに別の理由もあるけれども…そのことが、リールーに伝わればいいと思った。


その数日後、テツは剣と盾を外し、おろしたての魔術帽とローブを身につけていた。

そもそもグリダニアに来たのは、幻術を覚えようと思ってここに来たのもある。理由は守り手としてさらに視野を広げてみたい、という自己啓発的な思いからだった。
さすがに転移魔法(テレポ)などの簡単なものは使えるにしても、今まで魔法というものに全く縁がなくここまで来てしまったため、ギルドでの修行は困難を極めた。
まず自然の力、というなんとも抽象的な概念がよくわからない。いままで現実そのものといっていい場所で過ごしてきたため、目に見えないものの力を借りるということをうまくイメージすることができない。

ミッドランダーは比較的魔法が得意な種族…と言われてはいるものの、自分にはどうやらそういった抽象的な事物について深く考えこむような資質が少ないのかもしれない。
テツは慣れない作業に疲労を感じた。不得意な分野に取り組む時は、かっこ悪い姿をさらしてしまうものだ。それがリールーには話せない「恥ずかしい理由」だった。

しばらく修行はやめるべきかもしれない。
ふとそんな弱気に自分の心が覆われそうになっているのを感じる。
そう感じつつも、剣の感触とはまったく異なる木でできた杖―クルークを握った。ここで辞めれば元も子もない。そう自分に言い聞かせて。


リールーは、テツと逢瀬を重ねるうちに彼が少しずつ癒し手として慣れてきているのを感じていた。
前までは呪文を唱える様もおぼつかなかったのに、だんだんとうまくなっていると感じたのだ。

今日もお互いに鍛錬を終えたら滝で会おう―そんな約束をしていた。
リールーが可能な限り気配を消して滝に近づく。テツは滝に顔を向けて、精神統一をしていた。

テツがリールーの気配に気がつき、急いでクルークをしまう。
リールーは、そんなテツの様子がとてもほほえましく感じられたが、彼が自分と会う前にロッドを懐にしまったことは誰にも言わないでおいてあげようと思った。
あなたがロッドを片付けたのは知っているけど、見なかったふりをしたのよ…そんな体でリールーはテツに話しかけた。

「おはよう。テツ」
テツが驚きに満ちた表情をした。その後すぐに、何かを打ち消すように「おはよう」と話す。
おそらく見られてしまった。誰にも見られないよう注意深く周りにも気を配っていたはずなのに…。
テツの落ち着きのない雰囲気を読み取ったかのように、リールーがかすかに笑いながら言った。
「ミッドランダーは魔法の素養があると聞いたことがあるけど、本当だったのね」
「実は、小難しい魔法は好きじゃないんだ」
「食わず嫌いはよくないわ」
「人は好きなものを食べる自由がある」
テツは獰猛に笑った。
その笑みは戦場の後方で魔術を唱えるというよりは、最前線に出て部隊を率いていく者の表情だった。

リールーはそんなテツを見て、さらに続ける。
「…魔法はただの慣れよ。あなただってすぐ使いこなすことができるようになれるわ。冒険者なら」
「おれは誰かと競うために幻術を鍛錬しているわけじゃない。それに…手慣れた人間はいつもそう言うんだ」
少し言い方がぶっきらぼうになってしまったかもしれない。彼女もまだ見習いであることには変わりがないのに、一度口に出してしまった言葉は容易に取り消すことができない。

リールーが困ったような顔をした。その顔も、可愛かった。

「…言い過ぎた。すまない」
「テツは頑なね」
リールーがまるで、言うことの聞かないかわいい弟を眺めるような表情になっている。テツは自分の方が年上なのにとても恥ずかしかった。

「角尊になりたいのなら、テツの言うとおり確かに生まれつきの才能が要りそうね。でも日常で戦闘に必要な魔法を使うぐらいのことなら、別にそこまで突出した才能はいらないと思うわ。ましてや癒し手であれば人を傷つけるためにその能力を使うわけじゃないもの…」
リールーはそう話して目を伏せた。長い睫毛だった。

「テツは…これからどうなりたいの?」
「どういうことだ?」不思議な質問だった。
「エオルゼアの冒険者はみんな自分の誇りに思う職業を持っているそうよ。わたしは癒し手…白魔道士になってみたい。テツは何になりたいの?」

「…おれは、守りたいな」
「守る?何を?」
「…大事な人を」
そう話してテツはリールーを見つめ、真面目な顔になった。
リールーは突然強いまなざしを向けられ、テツの表情の変化に戸惑う。

本当に守りたい人は目の前にいて、おれの話を聞いている。
おれはただナイトになりたいのではなく、大切な人間を守りたい。
そう言えればどんなに心が満たされただろう。そう話す勇気は、テツにはまだなかった。

確かテツの父親は軍人だったはず。影響を受けているのかもしれない。リールーはそのように頭の中で考える。

「癒し手がいるように、守り手もエオルゼアにはいるものね。テツにはそっちの方が似合ってるのかしら」
「わからないな」
テツはリールーから目をそらした。何か秘めた思いがあるような、そんな風にも見える。

テツにも一応理由はあったが、積極的に彼女に話したいような類のものではなかった。
また困らせてしまったかもしれない。
なぜ、自分はこう色々とうまくないのだろう。テツはすこしだけ眉をひそめた。

「やりたいことをすればいいと思うの」
リールーは話す。
「せっかく冒険者になって、自分の思うように、自由に生きることができて…それは危険と隣り合わせかもしれないけど、自由とはそういうもののはずだから」
リールーはどこか遠くを見つめながら、そう話した。
「それに、自分が得意なことで誰かの役に立てることは、とても幸せなことだと思うの」
リールーは微笑んだ。
「そうだな」
テツは、そう答えるのが精いっぱいだった。

※後編へつづく


画像 : © SQUARE ENIX