ヨコハマアリガト。
※タイトルは敬愛する作家の藤原新也さんの短編集のタイトルから着想を得ています。
前置き
明日で今の職場が最終出社日となった。約8か月。家庭のこと、自分のこととの両立が難しく体力(体調)的にもやはり難しさを感じたための退職となるが、とりあえずそこまで頑張って勤務した自分を褒めたい。
実は、この8か月の間ずっと支えてもらっていたな、と思えるお店があった。
固有名詞を伝えるのは控えるが、横浜ベイクォーターに入っている、あるアパレルブランドのショップのことだ。
現職場は制服というものがなく、ほぼ私服に近い形のオフィスカジュアルの職場だった。そのため私は入社早々「仕事に着ていける服がない!」というかなり差し迫った悩みに直面していた。いただくお給料も、デザイナーズブランドの服を頻繁に買えるような金額ではなかったし、そもそも服に大金をはたきすぎるのは抵抗がある…という切実な悩みがあった。関東に来てから、しばらくフルタイムの仕事から遠ざかっていたために、数年単位で服を購入しておらず、現在のトレンドもわからなかった。
仕事帰りに立ち寄れる範囲で、いくつか服屋に寄り、何回か試着を試し、ああでもない、こうでもない、といつも悩んでは失敗し、どうしてこんな服を買ってしまったのか…と悩むこともあった。
今思うと、久しぶりの社会復帰で外に出かけるようになり、様々なルックスの人と接する中で、私は新たな自分を発見しようとしていたのだと思う。新卒で就職したときのような戸惑いと、でもあの頃とはまた違う自分の雰囲気の中で、最適解を見つけようとしていた。
運命のショップ
そのベイクォーターのショップは、私が好きな古着屋や、昔神戸のハーバーランド(umieじゃない方)にあったヴィレッジヴァンガードの雰囲気にどこか似ていた。海外をテーマにした謎の雑貨が売っていたり、これ誰が着るの?!というようなめちゃくちゃ大胆な原色デザインの服が売っていたり。なんというかとても…遊び心があったのだ。それでいてクール。素材も好き。オフィスカジュアルにも着ていけそうな比較的綺麗めのラインの服もいくつかあり、この店に売っている服を組み合わせれば、かなり自分の思うようなコーディネートができる、そう確信した。私はしばらくこの店に通い詰めることにした。
定時で仕事を上がった後、店に立ち寄る。帰宅時間のことがあるのでなるべく30~45分以内に試着含めて買い物が終わるよう、ワードローブの中のアイテムと照らし合わせて、必要な服を考える。マネキンや、周りの服装を参考にしながら、今度はこういう組み合わせをやってみよう、差し色はこういう風にしてみよう…大変だけど、考えるのはとても楽しい作業だった。
それまで持っていた服は就業時に全て処分したので、ほぼ空になっていたワードローブが、どんどんそのブランドの服で埋まっていった。同時に自分の心の防御力も上がるのも感じた。不思議なことに自分の服が整っていると、心も整うのか、行き帰りの電車でもあまり嫌な思いをしないことに気がついた。だからファッションは人の心の防御力を上げる、と本気で思う。
オアシス
気が付くと、ほぼ毎日通い詰めていたので、さすがに店員さんも「この人良く来るな」とすっかり顔を覚えられていたのか、会計の時に「いつもありがとうございます」と声をかけられる比率が増えてきた。しかしそのショップの店員さんは私がそこで服を見ていても「これがおススメですよ!」などとうるさく薦めてくるようなことはなく、常に一定の距離感を保ってくれていた。今どき自分の顔を覚えられるなんて鬱陶しい、という意見も多々あると思うが私はそういうのは素直に嬉しいタイプで、大型店舗のため日々様々なお客さんが訪れる中で、覚えていてくれた、という事実が嬉しかった。
職場での誰が何をしてるかわからない、言葉もない、人間関係の希薄な渇いた空間で過ごす中で、そのお店は私のオアシスのようなものだった。冗談抜きで、私の横浜通勤が続いていたのはそのお店のおかげだと思っている。何か買うわけではなくても、そのお店にいる時だけは心がほっとした。
最後に
今後私が横浜に来ることは、何かの用事を除いてはないと思う。電車で一時間の距離は思っていたよりずっと遠くて、過酷だった。たった8か月だったけど、本当に濃厚な日々を過ごしたと思っている。後悔も否定もしない。ただ、あのお店で働いていた人たちのおかげで、私は以前よりほんの少し自分を好きになることができた。神戸と似た港町で、おしゃれな人をたくさん見かけて、ファッションを通じ新たな自分になることができた。そんな楽しみをがあって、良かった。ありがとう、横浜。また来る日まで。
