今日の一滴「Circle of Life」
我が家の桜の下に、落ち葉が静かに積もっている。
長男の七味が、初任給で買って植えてくれた桜の木である。

シンプルにいうと、「落ち葉」。
落ち葉は腐葉土となる。
腐葉土は、落ち葉が長い時間をかけて“命の土台”に変わる過程。
微生物が少しずつ葉をほどき、
・土をふかふかにし
・水もちをよくし
・根が呼吸しやすくなり
・春の芽吹きを助ける

目には見えない場所で、
次の命をそっと押し上げているもの。
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今日、家族の納骨を終えた。
きれいな思い出ばかりではない人だった。
理不尽や重たい感情を周囲の人達に背負わせてきた存在でもあった。
そうは言っても
あんな人でも、いなければ今の命はここに繋がらなかった。
善いも悪いも関係なく、
命の流れはすべてを丸ごと抱えながら次へ進んでいく。
人の人生も、そんな複雑さの上に立っている。
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これは、
きのこ(末娘)の人生にも言えることなのかもしれない。
あの子を傷つけた人たち。
理不尽にいじめた人たち。
泣かされた出来事。
心が折れそうになった時間。
綺麗事にするつもりもない。
でも——
今のきのこの強さ、
歌に宿る深さ、
誰かの痛みに寄り添える柔らかさは、
あの頃の経験と“無関係ではない”と思っている。
嫌だったことも、
見たくなかった記憶も、
長い時間をかければ、
その人の生きる力の一部になることがある。
それは、腐葉土と似ている気がする。
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落ち葉はすぐに栄養にはならない。
湿って、重くて、
しばらくはただそこに横たわっているだけだ。
でも時間の経過のとともに
気づかないうちに土を豊かにし、
根を支え、
春の光を押し上げてくれる。
人生の中の「嫌だった人」や「つらかった出来事」も、
そのままでは痛みだけかもしれない。
けれど、
いつかどこかで、
自分の力に変わる日が来ることがあると私は思う。いや、信じたいのかもしれない。
時間を味方にしながら、
ゆっくりと命の循環の一部になっていくもなのではないだろうか。
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きっと誰の人生にも、
腐葉土のような出来事が積もっている。
いつかゆっくり、
その人自身の“根っこ”を支える栄養になる日が来るかもしれない。
いや、そうであって欲しい。
